Hack on STAGE ①
「大変お世話になりました」
「はい、退院おめでとう。 今度は大怪我しちゃ駄目よ?」
お世話になったナースさんたちに挨拶を済ませ、病院を後にする。
完治はしていないが無茶を言ってしまった、それでも1週間もかかってしまうとは一生の不覚。
焦る気持ちを押さえて既に用意されたタクシーへと乗り込む、お兄さんがいるとしても店の事が心配だ。
「HEY! 退院おめでとうだヨサムライガール!」
「お、おめでとー……!」
「……コルト、詩織さん。 何故ここに?」
扉が開くと、タクシーの後部座席には見知った顔が並んでいた。
はて、と運転席を見てみればこちらもまた見覚えがある。
ハンドルを握っていたのは人間ではなく、アンドロイドのロイさんだ。
「おっひさしぶりー! 魔法少女ドレッドハート、仲間の退院と聞いて駆け付けたわ!」
「ドレッドハートまで……何か新しい事件がありましたか?」
「近くまで来たから寄っただけ、局長さんからも気に掛けてほしいって言われていたしね。 まだ怪我も治りきってないのに無理言って退院したらしいじゃない?」
「いいえ、気合いで治しました」
「はいはい怪我人は皆そう言うからサ、良いから早く乗りなヨ」
「い、痛かったら私が治すよ……!」
コルトに車内へ引っ張り込まれ、詩織さんとの両脇を2人で抑えられる。
シートベルトもしっかり取り付けられて逃れるような隙間もない、気分はまるで護送される容疑者だ。
≪そんでお嬢さん方よ、行先はどこだ?≫
「私の家までお願いします、くれぐれも安全運転で頼みますよ」
「ソダネ、荒っぽいとサムライガールの傷も開いちゃうしサ」
「オッケー! ロイ、ルートは分かるわね。 紅茶が飲めるぐらい快適な運転を頼むわ!」
≪…………チッ≫
「今……舌打ち、した……!」
運転手の不満とは裏腹に、タクシーは常識的な速度で発進する。
なんにせよ助かった、いくら本人のドライビングテクニックが優れていてもいつもの運転は生きた心地がしない。
「しかしドレッドハートがこちらに来ていたとは驚きましたよ、車種まで偽装して……」
「ふふん、モンタージュ機能よ。 いつもの外装で走り回ったら悪目立ちするからね、特にこんな時期じゃね」
窓の外に広がるのは以前と変わらぬ日常……に差し込まれた非日常的の痕跡。
魔女の暴動によって破壊された建物やめくれ上がったアスファルトや集積された瓦礫の山、1週間では到底修復しきれない事件の残滓がそこら中に見受けられる。
「今回の事件で魔法少女たちが受けた打撃は大きいわね、私なんてあっちこっち駆り出されて大変だわー。 オーキスの護送だって私とロイでやったんだから」
「あー、ずるずる連行されていったよネ」
「す、少し可哀想だった……」
今でも東京事変の重要参考人であるオーキスはローレル討滅後、手当てを終え次第速やかに京都本部へ引き渡された。
ストレッチャーに拘束された彼女の泣きべそは忘れられない、本人にとっても久々の外出だったはずだ。
「今回の功績が認められれば少しは処置も緩くなるかもね、正確にはオーキスの手すらも借りたい状況ってことだけど」
「そうですね、今は人手が圧倒的に足りない。 全国的に魔法局への打撃は大きく、魔法少女も負傷者が続出している」
「治癒魔法が使える魔法少女は希少、立て直すには時間がかかるカナ」
魔女の暴動による余波で魔物も共に倒されたのは不幸中の幸いか、ともあれ時間の問題でしかない。
魔物が再び蔓延るようになるまで魔法少女たちの復帰やライフラインの整備が整うかどうか、厳しい所だ。
…この鼬ごっこは魔力が尽きない以上、永遠に続いてしまうのだろうか。
「っと、確かあのお店よね。 それでは乗車賃1480円でございまーす」
「うわ、よく見たらメーターまであるのかヨ! そこまでモンタージュしなくて良いんじゃないカナ!?」
「あはは、冗談冗談。 何か困ったことがあったらいつでも呼んでねー」
「ありがとうございます、それではまた!」
停車し、開いた扉の隙間から滑り抜けるように車から飛び出す。
1週間ぶりの自宅……もといお兄さんとの再会だ、私はお兄さん成分に飢えている。
傷の痛みも忘れて店の扉に手を掛け、ドアベルを鳴らしながら盛大に開くと―――――
「――――いらっしゃいませー! ……ってあれ、葵ちゃん?」
「……………………はい?」
……お兄さんではなく、見知らぬウェイトレスがまばゆいばかりの笑顔で私を出迎えてくれた。
――――――――…………
――――……
――…
時刻を確かめる、事件から4日目の朝で間違いない。
頬をつねってみる、痛みは目の前の出来事が夢ではないと如実に語ってくれた。
「ハク……何でお前、ここにいるんだ?」
「私が聞きたいですよ! 起きたらマスターが横で寝ているんですから心臓飛び出るかと……私心臓ありますかね?」
「とりあえず降りてくれ、少し状況を整理させてくれ」
「あっ、はい」
恐る恐るといった様子でベッドから降り、ハクが体育座りの格好で床の上に待機する。
……どこからどう見てもスマホの画面にプカプカ浮かんでいたハクに間違いはない。
改めてスマホのホーム画面を確認するが、ハクらしい影はどこにもなかった。
「……お前本当にハクだよな、偽物って訳ではないか?」
「失礼ですねマスターは! 正真正銘あなたの相棒のハイパープリティーガールハクちゃんですよ!」
「あー、うん。 そのノリはハクだな、今納得した」
納得はしたが疑問は消えない、なぜハクが実体化したのか。
ハクの髪に触れ、頬を撫で、腕を握ってみるが感触は生身の人間のそれだ。
「ちょ、ちょっとマスター? 大胆ですね、いきなりそんなところ触っちゃ……ぎゃふんっ!」
「うん、痛覚もあるようで安心したよ。 お前は間違いなくハクだ」
デコを指ではじくと気持ちのいい音を立ててハクの頭がのけ反る。
言動と言いリアクションと言い、やはり目の前にいるのは俺の相棒で間違いない
「ひ、酷いじゃないですかマスタァ……優子さんも見てるのに……」
「やかましい、お前が変な事言い出すから……優子、さん?」
ハクが指し示した人差し指の行き先にゆっくりと首を向けると……部屋の扉を開き、仁王立ちのままこちらを見下ろす優子さんと目が合った。
「……お、おはようございます」
「おはよう、まずは弁明を聞こうかしら」
背中に流れる汗はきっと暑さだけのせいではない。
ここから俺はどんな弁明を述べれば優子さんは納得してくれるのだろうか。




