爪痕は深く、傷ましく ④
「あぁー、やっと“返済”が終わったっす!」
「難儀な魔法ですね、超短期決戦型というかなんというか……」
私の隣に寝かされていた花子さん……もとい、新たな魔法少女であるライナが両手を振り上げて歓喜する。
自身の実力以上の出力を“前借り”する魔法、使い所を間違えなければ強力だが、使用後に全く動けなくなるのは無視できない欠点だ。
「時間に干渉するってのは強力な魔法なんだけどネ、訓練は必要カナ?」
「訓練……自分が、魔法少女にっすか?」
「はい、もちろんあなたには拒否権がありますよ。 魔物との戦闘は常に危険が伴います」
魔法少女としての才能が本人の気質と合致するかは別問題だ。
たとえ変身することができたとしても戦う事を拒むものも多い、まして彼女の魔法はリスクが大きすぎる。
正直戦える魔法少女は1人でも多い方が助かるが、無理も言えない。
「いや、やるっすよ? 自分に魔法少女が務まるかは少し不安っすけど……それでも力になれるなら自分だって戦うっす!」
「おっ、言ったネェ? 声が震えてるけど聞き逃してやるヨ」
「そ、そんな事ないっす! こんなことで怯えていたらお姉ちゃんに……あー!!」
突然、彼女がベッドから跳ね起きて顔を蒼く染める。
そしてわたわたと慌てだしたかと思えば今にも腕の点滴を引き剥がして飛び出してしまいそうだ。
「ゴルドロスよ、痛み止めを貰ってきたぞ……と、これはどういう状況なのだ?」
「シルヴァーガール、良い所に。 よく分からないけどその子止めてヨ」
「お、お姉ちゃん! そうっすよ、魔女になってた皆はどうなったんすか!?」
「「「…………あっ」」」
そうだ、立て続けに色々と起こりすぎて大事な事を忘れていた。
ローレルの被害者たちが目覚めたという事は―――――ドクターもまた目を覚ましているはずだ。
「……ゴルドロス、シルヴァ。 少し頼みごとがあります」
「良いヨ、行ってきて。 」
――――――――…………
――――……
――…
建付けの悪い窓を開くと、折角の月を遮る無粋な鉄格子が行く手を遮る。
幼気な少女を捕まえて監禁とは良い趣味だ、とは軽口でも言える立場ではないか。
何せ魔法局を裏切り、ラピリスを手に掛けようとした悪逆の魔法少女だ。 むしろ寛大な処置というほかない。
「まあ、手足を拘束されていないのは甘いと思うけどね」
長時間寝ぼけていた身体をゆっくりと伸ばしながら、改めて室内を見渡す。
室内はごく一般的な病室と言えるだろう、部屋の扉は当たり前のように施錠されている。
流石にチェンジャーは取り上げられているようだが、ベッド脇の卓上には直前まで身に着けていた貴重品が並べられていた。
「……うげぇ、何で起きて初めに見るのがお前の顔だし」
「おや、おはよう。 随分と速い目覚めだね、藤崎 美蘭」
「本名で呼ぶなバーカ!! ヤブ医者!!」
ある程度鈍った体をほぐしたころ、丁度隣のベッドで眠っていた少女が目を覚ますと同時に悪態をつく。
魔女ヴィーラ、自分に次いでこの魔女騒動に関与した実質的な魔女のリーダー格だ。
しかし気絶しているとはいえ危険人物を2人纏めて同じ病室に放り込むとは、月桂 縁がいなくなった途端にお粗末な対応をするものだ。
「あ゛ー、あったまいったぁ……思い出してきたわ。 ちっくしょうブルームめ、容赦なく殴りやがったなぁ……?」
「その割には憑き物が落ちたように見えるけどね、何かいいことがあったのかい?」
「そういうあんたもね、喉に詰まった骨でも取れた?」
……自分の顔に触れる、その口角は意図せず上がっていたようだ。
「ああ、確かに長年詰まっていたものが少しだけ解けたんだ」
「そっか、良かったじゃん。 あんたの事はあんま好きじゃないけどおめでとう、ところであんたのスマホブルってるけどいいの?」
美蘭に指差された卓上では、自分の携帯がマナーモードのまま震えていた。
画面に表示されているのは、この裏切り者を未だ友達と呼んでくれた大馬鹿者の名だ。
「驚いた、君にそこまで人を気遣える心持ちがあったとはね」
「おっ、なんだ大安売りか買ってやろうか喧嘩をさァ?」
わめきながらもベッドから体を起こせないほど消耗している美蘭を無視し、少しだけ躊躇って携帯を手に取る。
聞こえて来たのは意識が沈む前と変わらない彼女の声だ。
『……ドクター? 起きているようですね、携帯を置いて正解でした』
「おはようラピリス、君の仕業か。 随分と塩を送ってくれるね、手荷物ぐらい没収したらどうだ?」
『あなたを信じていますから……それでその、調子はどうですか?』
自分から掛けて来た割には歯切れが悪い、似合わない腹芸に思わずふっと笑いが零れてしまった
ラピリス……いや、魔法少女が聞きたい事はもっと他にあるはずだ。
「“ボクが魔法局に戻るかどうか”だろう? それを答える前にこちらからもひとつ聞きたい事がある」
『…………なんでしょうか』
「ラピリス、君は最後にあの東京で何を見た?」
――――電話越しに彼女が息を飲む声が聞こえた気がした。
「他の魔女よりボクはローレルとのリンクが深かった、そのせいか眠っている間に変な夢を見てね。 彼女が最期に見たものをぼんやりと記憶している」
『…………夢で見たものは何でしたか?』
「細部は曖昧だが、君と見知らぬ少女が立っていたことだけは覚えている。 ローレルへのトドメは彼女が?」
自分の問いかけに対し、数秒流れた沈黙は肯定と受け取っていいだろう。
だとすればボクからの答えは一つだ。
「すまない、ラピリス。 僕は魔法局には戻れない、それでも君達と敵対する気はないことだけは伝えておきたい」
『……理由を聞いてもよろしいですか?』
「あの謎の少女について調べたい、魔法局に戻ったとしてもボクの動向に大きい制限が掛かるだろう。 だから魔法局に縛られない野良として動こうと思う」
「野良ぁ? ちょっと待つし、あんたここからどうやって逃げ……」
無粋にも通話を盗み聞きしていた美蘭を無視し、ラピリスとの会話を続けながらも格子付きの窓を開閉する。
その数5回、そして6回目の窓が締まるタイミングでベッドシーツを窓の隙間に挟み込みながら素早く真横に引くとベッドシーツがコリジョンの隙間に侵入し、壁へとめり込んだ。
「………………へぁ!?」
「なに、ボクはもともと魔法局の人間だぞ? こういった状況で搬送される場所などあらかた検討が付いている」
なんてことはない裏技、そしてバグ技だ。
搬送先の病室さえ予測できているならば、前々から仕込みは済ませることができる。
「ラピリス、これから先はボクも確証がないがまだ波乱は終わらない。 ローレルがいなくなろうとも、彼女が遺した爪痕はあまりにも大きい」
壁にめり込んだシーツを千切れないように慎重に引き抜く、明らかに異常な挙動にシーツの輪郭がガクガクと荒ぶるが慌ててはいけない。
「……君達に迷惑をかける事を許してほしい、僕は少し身を隠す。 あの少女について情報を集めるために」
そして完全に引き抜いたシーツの先端には、1本のゲームカセットが巻き付いていた。




