爪痕は深く、傷ましく ①
「お帰りダヨ……」
「随分と……くたびれたな……」
魔法局屋上のヘリポートへ着陸すると、疲労の色が濃いゴルドロスが出迎えてくれた。
片手に抱えた重火器は銃身が歪み、グリップの部分には鈍器として振り回した殴打痕が見受けられる。
弾すら尽きた壮絶な戦いの痕跡だ。 俺たちが東京に向かっていた間、ゴルドロスがこの街を守ってくれていたのだ。
「バンクのパワーを借りても魔石がないと追加の品物も取り出せないしネ……そっちも、大変だったみたいだネ……」
「うむ、盟友がいなければ危うかった……魔女たちは?」
「全員糸が切れたみたいに気絶、今は拘束して魔法局の息が掛かった病院に担ぎ込まれてるヨ」
「そうか、こっちがローレルを倒したからか……?」
「多分ネ、何人かは意識を取り戻しているみたいだヨ。 魔女の力を全部失った状態でネ」
魔女たちの魔法はすべてローレルから分け与えられたもの、本元が消滅したことで連鎖的に魔女の暴走も止まったわけだ。
まあこの辺りは当初の予想通りだ、問題はない。
「――――ゴルドロス、魔女たちの扱いは今後どうなる?」
「……立ち話もあれカナ、けが人も多いし中で話そうヨ」
ゴルドロスが背後の出入り口を指で指す。
確かに東京の激戦を得て俺たちは満身創痍だ、何はともあれ休息と治療が必要だ。
「た、立ち話というか……何人か寝たきりだけどねぇ」
「そういう事は言わなくていいんだヨ、カミソリガァール……」
――――――――…………
――――……
――…
「ああ、無事……ではないようだね、魔法少女諸君……」
「局長さん!? あんた大丈夫なのか……?」
屋上からエレベーターを下り、大きな部屋に案内されるとそこではゲッソリとした顔の局長が待っていた。
病院からそのまま運ばれてきたのか、彼もまたベッドの上で半身を起こした状態だ。 肉付きのいい腕にはいまだ点滴が繋がれている。
「問題ない、とは言い難いがね……体調が回復し始めた以上、寝てばかりもいられんよ」
「私は無理だって言ったんだけどネ、さっきまで死ぬ死ぬ五月蠅かったんだヨ?」
「そこはオフレコで頼むよゴルドロスクン!」
漫才のようなやり取りに重かった場の空気が少しだけ和らいだ。
……今回の事件、局長の働きがなければローレルの計略は水面下で動き続けていただろう。
手遅れになる前に敵の正体を暴き出したのはこの人の功績だ、それは間違いない。
「……結果を聞こう、ローレルは倒したのかね?」
「ローレルは俺が殺した。 ラピリスと花子ちゃんは別室で治療中、魔法少女及び魔女は全員生還したよ」
「う、む……そうか」
「殺した」という言葉に局長の顔には隠しきれない動揺がちらつく。
葛城 縁と一番交流が深いのは局長だ、裏切られた上に死んだとなったら冷静ではいられまい。
「ブルームスタークン……君には、辛い責を背負わせてしまったな。 申し訳ない」
「いや、誰かがやらなきゃローレルは止まらなかった。 お鉢が俺に回って来ただけの話だよ」
《嘘つきぃー……》
小声でハクがトゲを刺してくる。
まあ、初めからローレルを止められなかった場合、トドメを刺す仕事は俺が担うつもりだった。
誰かが手を汚す必要があるなら、それは野良であるブルームスターの方が何かと都合がいい。
「なんなら俺の独断って事で片付けても……いって、いてぇ! 何で殴るんだ!?」
「盟友はそういうとこだぞ、本当そういう所だぞ!」
「いやぁ……今のは殴るよねぇ」
「サムライガールが寝ていてよかったネ、起きていたら今頃血の雨だったヨ」
俺の背後に立っていた3人に代わる代わる頭を引っ叩かれる。
振り返ると全員に仏頂面で睨み返された、理不尽だと思う。
「というかブルームも怪我が酷いんだからネ、報告は2人から聞くから治療受けて来なヨ」
「いや、だって俺は野良で……」
「次はチョキで殴るヨ」
「行ってきます!!」
有無を言わさぬゴルドロスの迫力に従うしかなかった、断れば本当にチョキが飛びかねない。
さらなる暴力が繰り出される前に脱兎の如く自動開閉の扉を潜り抜け、俺はラピリスたちが運ばれた医務室へと向かった。
――――――――…………
――――……
――…
「……むぅ、痛い……死ぬぅ……」
「格好付けるからそうなるんだヨ、大人しく病院で寝ていたらよかったのにサ」
ブルームスターの退室を見届けた私は、そのままベッドに倒れ込み悶絶する。
私の体を蝕んだ植物の影響は未だ言えず、体を起こすだけでも激痛にさいなまれる。
だがしかしそれがどうしたというのだ、私よりもずっと年若い少女たちはさらなる死線を潜り抜けて来たというのに。
「大人は見栄を張るものだよ、ゴルドロスクン……! それに私は何もできなかったのだからこの程度の痛み……」
「それは違うと思うけどなぁ、少なくとも局長のお蔭で私はここにいる訳だしねぇ」
「うむ、局長は自らの仕事を果たしたのだ。 今は休むべきだと我は思う」
「そうも言っていられぬのだよ……ゴルドロスクン、例の件は?」
首だけ動かし、視線の先のゴルドロスクンに尋ねるが、彼女は黙って首を振る。
元からそれほど期待していたわけではないが、やはり返事は変わらなかったか。
「何度頼んでも無駄だと思うヨ、ブルームスターは魔法局には入らないカナ」
「ぬぅ……やはり難しいか」
病室で目を覚まし、状況を把握してから初めに頼んだ仕事が「これ」だ。
ブルームスターの魔法局への加入、それさえ叶えば色々と状況は変わるだろうに。
「……でもサ、何でそこまでブルームスターにこだわるのカナ? 正直今でも戦力としては頼りになるヨ?」
「それでも野良であるという事実は変わらないのだよ、彼女には後ろ盾が必要になるのだ……これからは余計に風当たりが強くなるだろうから、ね……」




