断頭台の決着 ④
寒い。 ここはどこだ?
一寸先も見えぬ闇の中で、手先の感覚すら分からないほどの冷気が身を震わせる。
「……ハク? シルヴァ、オーキス! 誰もいないのか?」
闇に向かって呼び掛けても返事はない、手元を探るがハクが宿ったスマホもないようだ。
寒さだけが身に染みていく、声も響かない静寂に耳が痛い。
「クソ、どこなんだここ……?」
「どこでもないよ、お兄ちゃん」
――――虚空から声が響く。
シルヴァたちでもハクのものでもないその声に、俺は聞き覚えがある。
「ああ、でも死んだわけじゃないから安心してね? お兄ちゃんの身体は私がちゃんと――――」
言葉の続きを無視して繰り出した拳は寸でのところで躱された。
「……俺もまだまだ慣れねえな、妹を騙る奴は二度目だってのに」
「わあ、そうだよね……流石だよ、お兄ちゃん!」
出会い頭で紙一重の攻撃を仕掛けられたというのに、月夜に似た何かは満面の笑みを返す。
忘れるはずがない。 他の誰が忘れようとも俺だけは絶対に忘れない。
あの日と一切変わらない姿のまま、何も変わらない笑顔を浮かべている。
「でもちょっとぐらい躊躇してほしかったなぁ、悲しいや」
「うるさい、誰だお前は。 七篠 月夜は死んだんだ、二度と生き返ることはない」
「でも私は七篠 月夜だよ? 少なくとも私はそう在ろうとしているもの」
まるで疑いもせずに自分の事を月夜だとほざく目の前の何かに向かい、繰り出した蹴りが空中で停止する。
見えない何かに止められたかのように脚はそれ以上動かない。
「流石に傷つくなぁ、実の妹に対しても酷いんじゃないかな?」
「っ……ほざくなよ、ハクたちはどこだ! ここは一体何なんだ!?」
「ああ……あの女の名前を呼んじゃうの? まあ、癪だけどすぐに会わせるよ」
「なにを―――――」
するりと伸びてきた両手が俺の頬を掴む。
青白い指先は氷のように冷たく、生気が感じられない。
「今日はお祝いを言いに来たんだ、灼火体だっけ? おめでとう、格好良かったよ」
次第に周囲の暗闇が晴れ、辺りの景色が見えてくる。
暗闇が退いた後に段々と視界に飛び込んできたのは、鮮烈な「赤」だ。
「―――――“枷”はもういらないね、今のお兄ちゃんなら大丈夫だよ。 世界が滅びる前に出会いましょう、ワイズマン」
周囲に、広がっていたのは……俺たちの周りに散らばっていたのは。
荒廃した街並みと、血を流しながら横たわる数えきれないほどの魔法少女達の亡骸だった。
――――――――…………
――――……
――…
「…………っ!!」
「あっ、起きたぁ」
「お、オーキス……いっでぇ!?」
気が付いたら俺はベッドの上で目を覚まし、心配そうに俺の顔を覗き込むオーキスと目が合った。
起き上がろうとした途端、全身に激痛がほとばしる。 俺の身体はブルームスターのまま、包帯でぐるぐる巻きにされているようだ。
「気が付いたか盟友、起き上がっては駄目だぞ。 治癒は掛けたがその場しのぎだ」
「結構怪我が少なかったのは幸いだったよねぇ、気分はどうかな?」
「最悪だな……ここは?」
「輸送ヘリの中だ、ラピリスたちもいるぞ」
首だけ動かして横を見ると、同じように包帯に巻かれたラピリスが寝息を立てていた。
血が足りないのか血色は悪いが、呼吸も安定しているし包帯の量も俺より少ない。
あの場にいた魔法少女は全員この場にいる事を確認し、ひとまず安堵の息を零した。
「悔しいっす……最後の最後で何も出来なかった自分が……!」
「あれに割り込んでも邪魔になるだけだ、我は正解だと思うぞ」
「そだねぇ、ピーキーすぎる魔法だからちゃんと鍛え直した方がいいよぉ」
さらにラピリスの一つ隣には同じように寝かせられた花子ちゃんの姿もあった。
彼女は負傷よりも自身の魔法による代償が大きいらしく、俺たちよりもだいぶ雑に寝かせられている。
ヘリの中にベッドが3台と魔法少女が5名、大分スペースに無理があるようで庫内はギリギリだ。
「……他の魔女とローレルは?」
「別々で輸送中、ローレルは……死んだと思う、繭も欠片も残ってない」
「そうか、死―――――待てよ、何も残ってなかったのか?」
「うむ……我々が駆け付けた時にはラピリスと盟友が倒れていただけだ。 魔石すら残っていなかった」
魔物や魔法少女が死ねば魔石が残る、それは今まで例外はなかった。
繭が湛えていた魔力量は尋常ではなかったはずだ、それが消滅したのに魔石を欠片も残さないというのはあり得るのか?
「ごめんね、私達もあの魔力の中じゃ詳しく調べる事も出来なかった」
「いや……確かに仕留めた手ごたえはあったんだ、大丈夫だ」
ローレルを斬り裂いた感触がまだ掌に残っている。
魔人に身を堕としたとはいえ、人間を殺した。 それも見知った顔の人間を、だ。
覚悟はしていたが、心にのしかかる重みは魔物を殺したそれとは別格だ。
「……各地の魔女による暴走は沈静化していると報告があった、盟友がやったことは間違いではない」
「ああ、分かってる……終わったんだな」
すぐに元通りとはいかないが、きっとまた元の日常に戻って行くのだろう。
だけどその時にちゃんと笑えているのだろうか、ちゃんとアオたちの前で同じ顔が出来るだろうか。
……先ほどの悪夢が脳裏をよぎる。 夢で片付けるにはあまりにも鮮明すぎる記憶。
俺はちゃんと、皆と同じ日常に戻れるのだろうか。




