断頭台の決着 ①
『ブル゛ームゥ……ス゛タ゛ァ゛……!!』
ここに来て初めて繭が意味のある台詞を口にする。
相変わらずどこから喋っているのかは定かではないが、明らかに知能が向上している。 しかし変化はそれだけではない。
『イイイイイイイイイダアアアアアアアアアアイイイイイイイイイイイイイ!!!!』
繭の亀裂から絶えず零れ出る体液の中に、白い球体のようなものが混じり始める。
子供の頭ほどのサイズはあるだろうそれは、すべて人間の眼球だ。
数えきれないほどの眼球が体液と共に溢れ出し、そのすべてが憎悪を込めて俺を見つめている。
「腕の次は目玉か、今度は足でも生やすか?」
《やめてくださいよマスター、あり得そうで怖いです》
あり得る、どころか実際にできるだろう。
移動するために増やした腕で事足りているだけ、必要とあらば足も生やすはずだ。
それだけの知能と学習能力はある……というより、ローレルを取り込んでから急速に発達してきたという言い方が正しいか。
「……なら目玉は俺を観察するためか? だったらよぉーく見る事だな」
『ギイイイイイアアアアアアアアアアアシ゛ネエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!』
「――――追いつけると思っているならな」
激昂しているせいか、繭との間を遮る拒絶の力はない。 今なら距離を詰められる。
音を超えた速度で踏み抜いた一歩は、繭との間に開けられた数十mの距離を詰めるのも一瞬だ。
勢いに合わせて長刀を振るえば、繭を貫いて反対側まで飛び出した。
『ギイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!?!?!』
「触れたよ、お前の腹の中」
身体に付着した僅かな体液を焼き払いながら指を鳴らす。
するとそれを合図にして繭の中から多種多様の刃物が貫き、飛び出した。
『ブル、ムゥ……ブルームゥ、ス゛タァー……!!』
「そうだ、覚えて行きな。 お前を殺すやつの名だ」
刃物に食い破られた裂け目から溢れる体液の流出はすぐに止まる、代わりに生まれて来たのは“口”だ。
繭の表面に走った裂け目に乱杭歯が生え、鋭利な牙を何度も噛み合わせてこちらを威嚇する。
なるほど、「次に飛び込めばお前は口の中だぞ」とでも言いたいのか。
『ギイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!』
次に繭が見せたアクションはまるで子供の駄々だ。
4本の腕をそれぞれ地面にたたきつけ、あるいはアスファルトを掴んでめくりあげて投げつける。
たかが石礫、だがサイズがサイズだ。 ご丁寧に魔力のコーティングまで加えてあるため喰らえばミンチ間違いなし。
しかもそれが次から次に投げつけられるのだから質量の暴力に他ならない。
「……だけどそれは“ブルームスター”に対しては悪手だろ」
飛んで来た瓦礫の1つに手を当て、瞬時に長刀へと変える。 元の質量を反映してか、身の丈の数倍はある長さだが振り回すのに支障はない。
そして手元に得物さえあれば残りはすべて斬り裂き、叩き伏せ、弾き飛ばして迎撃できる。
武器がダメになればまた次の瓦礫を使えばいい、そうしている間にも繭の周囲からは投げつけられるような瓦礫はすべて消えさった。
『ギ、ギ……!!』
「次は何だ? トワイライトの魔法でも借りて足止めしてみるか、それともローレルを真似て植物でも操ってみるか? ああ、また毒や複製人形を使うのもいいな」
繭が四本の腕を器用に使い、後ずさる。 俺に対して初めて見せる「恐怖」からくる行動。
「やってみろよ、お前の全部をねじ伏せてやる。 お前が何をしようと俺が必ずお前を殺す」
魔女たちの魔法は脅威だ、本来ならばもっとうまい立ち回りもあったかもしれない。
しかしそれは子供には過ぎた玩具だったのだ、与えられた選択肢が多すぎてあいつは何もうまく使えない。
『ギ、ギ……ギ、ライ……オマエギライイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!』
癇癪を起こした繭が次に生やしたパーツは――――「羽」だった。
この廃れ切った戦場に似つかわしくない純白の羽、それがひとたび大きく羽ばたくと、浮力を得た繭がふわりと宙に浮かび上がった。
《げっ、あれも誰かの魔法ですか!? というか不味いですよマスター、あいつ逃げる気です!》
「ふざけんな、逃がすかよ……!」
飛び上がった繭が目指すのははるか上空、東京を追い尽くす壁も届かぬ空の先だ。
今のままでは敵わないと見て即座に撤退、いい判断だ。 憎たらしいほどに。
絶対に逃がすわけにはいかない、もし東京の外に出てしまえば大惨事だ。
『ギライ、ギライ……オマエハ゛、シネェ!!』
空を目指す繭を追いかける――――それは自然と繭を見上げて追う形になる。
その繭の内部で複雑に魔力が練りあげられる気配を感じた、表面の亀裂から漏れだす燐光は目の錯覚などではない。
《マスター……ちょっと私嫌な予感がするんですけど、もしかしてあれってアレですか?》
「俺も見るのは初めてだが、アレか?」
それは魔法少女というファンタジーな肩書から安易に想像し、そして今までろくに見る事はなかった代物だ。
純粋な魔力を練り上げ、ただそのままに素材の味をぶつける。 非常にシンプルで分かりやすくい攻撃方法。
《――――ビームってやつですか?》
光線、実物こそ見たことはないが存在は知っていると人が殆どだろう。
漫画やアニメの世界では当たり前のように飛び交う空想上の産物、魔法少女でも実際に扱うような人材はまずいない。
魔力を纏めて放出する、というのは実にシンプルながら非効率的なのだ。 実用できるほどの魔力を個人で有する魔法少女がまずいない。
だが、ひとたび実現できたのならどうなるか――――その結果が今目の前にある。
《マスター、回避!!》
「無理だ、間に合わねえ!!」
魔力は万能の代替エネルギーだ、その塊ともなれば身体を突っ込んで無事でいられるはずがない。
目の前に迫る光の本流の中身には熱、運動、電気、音、位置、重力、あらゆるエネルギーが渦巻いているのが見える。
実体もなく、これだけデカイとこちらの干渉より直撃する方が早い。
「……だが、この程度で仕留めた気になってんなら大間違いだ!!」
迫るビームに迷わず片腕を突っ込む、片腕がズタズタになるが必要経費だ。
俺には見える、この乱気流のように渦巻く中にもどこかに必ず“切れ目”があるんだ。
その隙間に指を差し込めば引き剥がせる、絡み合った魔力の一端でも引き剥がせば――――
「――――まあ、あとはなんとかなるさ」
掴み取った魔力の一端を引き剥がし、その隙間へ強引に身体をねじ込む。
身体の両端をすさまじい魔力の本流が掠めていき、肉と骨を削いでいくがそれがどうした。
こんなもんか、俺はこうして生きているぞ。
『ナ、ン、デ――――――!!』
「答えは地獄で聞いて来な」
開いた片手に構えた長刀を――――振るわない。
むしろ納刀するかのように、腰に差すように、刃先を収める。
お前はこの所作を知っているだろう?
「今のでお前の核は見えた、だから十分だ。 この距離なら届く」
『ゾレ、ハ゛……!!』
「何したって遅い、もう斬った」
瞬間、繭の表面を蒼い閃光が走り―――――真っ二つに叩き斬る。
羽に釣られて飛び上がる上半身と斬り裂かれた下半身が分かれ、その隙間からは夥しいほどの眼球が張り付いた、巨大な赤子のような首が現れた。
「言ったろ、お前は断頭だってな」
憎々しく俺を睨みつける瞳が、落下と共に次第に色を失っていく。
繭から放たれていた魔力が、殺気が、腕が、体液が、全てが粒子と変わって解けていく。
往生際の悪い魔女の執念に、一つの決着が穿たれた。
 




