蒼炎燃ゆる ⑧
ひび割れた繭から生えたのは蝶の羽などではなく、酷く骨ばった腕が4本。
それぞれが地に掌をつき、四つん這いのような姿になって繭をスカイツリーから引き剥がす。
足……いや、手の本数こそ違うがさながら巨大なクモに似た様相だ、見た目の不快感は段違いだが。
《うっへぇ気持ち悪い……第二形態って事ですかねぇ?》
「変わったのは見た目だけじゃないだろうな、来るぞ」
『――――ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』
繭の内部から響く特大の絶叫に大気が震える。
だがその絶叫は耳が痛いだけでは収まらない、音圧に合わせて全身に与えられるのは猛烈な斥力。
それはヴィーラが振るっていたものと同じ、“拒絶”の力だ。
「見た目通り手癖が悪ぃなァ! いい加減にしろッ!!」
斥力に逆らい宙を蹴り出す、行く手を遮る拒絶の壁は蒼い炎で焼き払いながら歩を進めれば距離を詰めるのは難しいことではない。
ああそうだ、難しいことじゃない。 あいつの魔法はこんなものじゃなかった。
いくら形だけ真似ようと、心が伴わない魔法が本物より強いわけなどあるはずがない。
《頭に血昇らせないでくださいよマスター、相手も今のが奥の手って訳じゃないでしょう!》
「分かってるよ!」
ハクの言葉を裏付けるかのように、繭がまた新しいアクションを見せる。
ひび割れた繭の内側から零れだす体液が徐々に粘性を増し、したたり落ちたそばから独りでに形を変えていく。
それは一つ一つが繭と同じ四本足のクモのような姿になる、一匹ごとに多少の差異こそあるが、その複製能力は彼女のものに違いない。
《パニオットちゃんの複製魔法ですか! まったくもぉー、何個魔法を使えるんですかあいつは!》
「おそらく“全部”だろ、ローレルを完全に取り込んだことでタガが外れたんだ。 あいつは全ての魔女が扱う魔法をコピーできる」
自分で言いながらも思わず舌打ちが漏れる、あの時に斬り落としたローレルを見逃してしまったのは不覚だ。
完全にとどめを刺すつもりなら情を捨てて焼き払うべきだった、なのになぜ自分はあんなタイミングで呆けて……
「……違うな、反省は後だ。 相手が何だろうとこっちがやる事は一つだけだ、やるぞハク!」
《あいあーい! ……とは言っても、何人分の魔女を相手することになるんですかねえ私達は》
「何人だろうと関係あるか、こっちだって一人じゃないだろ」
今だからわかる、この姿には今ラピリスの魔力も織り込まれているんだ。
それも単純な足し算ではなく、俺とラピリスの魔力が互いに互いを高めあい相乗的に力を引き出している。
今なら相手が魔女の魔法を何人分引き出そうが関係ない、こっちもようやくエンジンがかかってきたところだ。
《マスター、下から来ますよ!》
宙に浮かぶ俺たちの足元に、繭が産み落とした体液クモたちがわらわらと集まる。
そしてこちらの姿を射程内に収めるやいなや、自らの身体を伸縮させてすさまじい跳躍を見せる。
あっという間に空中の俺たちと同じ高度まで飛びあがると、すぐさまその身を爆発させた。
「ぐっ、自爆特攻かよ!」
《気を付けてくださいよ、爆発は小さいですが数が多いです!》
「ああ、分かっ……ガハッ!?」
煙となった爆発した残滓が顔に被さった途端、目と喉に鋭い痛みが走る。
すぐさま炎で煙を振り払うが、掠んだ視界はすぐには戻らない。 爆発は囮、本命はこの催涙性の煙幕か。
《マスター、大丈夫ですか!?》
「問題な゛い゛……! 嫌な知恵付けやがって!」
繭を中心として放射状に放たれる拒絶の力により、目の前で爆発されるとこちらに煙が押し付けられる。
始めに煙を浴びた肌や粘膜がピリピリ痛む、煙でこれだけの被害なら爆発や液体そのものに振れるのは更に危険だ。 いうなれば「毒の魔法」か。
「だが種さえわかれば脅威じゃない……!」
丁度良く俺に目掛けて飛んで来たクモを一匹掴み取る。 触れた掌に焼け付くような痛みが走るがそれは黒衣で通った道だ、慣れている。
そして爆発するより早く魔力を注ぎ込めば、クモはすぐに長刀へと形を変えた。
《目前、3秒後です。 分かってますね?》
「ああ、タイミングは合わせる」
身にまとった炎で煙に触れる事だけは避けているが、数えきれないほどの爆発で視界は煙に染まっている。
だがそれでも相手の狙いは読めている、たとえ視界が効かなかろうと大気中の魔力が全てを教えてくれる。
「俺はお前とローレルに対し、いくつか許せないことがある」
空中で姿勢を制御し、長刀を構えたまま体を大きく回転させる。
ぼやけて利かない瞳は頼らず、迫る脅威も気に止めぬまま。
「ラピリスを傷つけたこと、多くの魔女を生み出したこと……そして彼女達の魔法すらも私利私欲のためだけに愚弄したこと」
長刀に込められた魔力は今にも爆発しそうなほどだ、刃先からこぼれ落ちた魔力が火の粉となって軌跡をなぞっている。
――――3秒かけてゆっくりと一回転した目の前には、煙幕を突き破って俺を握りつぶさんとする巨大な掌が迫っていた。
「俺はお前が許せない、だから決めたよ」
勢いそのままに振り下ろした長刀が、蒼い閃光となって迫る掌ごと視界一杯の空間ごと断ち切る。
一瞬空間が“ズレた”ようにも見えたが、それは目の錯覚か。 瞬きすれば元通りの空間の中、真っ二つに斬り裂かれた掌が地面へ落ちていった。
『ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!???』
「―――――お前は断頭だ。 喋る口があるならさっさと首を垂れろよ、引き籠り野郎」




