蒼炎燃ゆる ⑥
熱が滾る、炎が燃える。 血を流し過ぎて冷たくなった体の内側から煌々と力が湧き上がる。
水中の闇に灯るのは暖かい炎、その熱量にボコボコと周囲の水分が泡を吹きながら蒸発していく。
身体に流れる力に黒衣のような苦しさはない、痛みも代償もなく体の底から魔力が沸き上がって来るなんて変な感覚だ。
―――――水の中に燃える炎の色は、優しい蒼を灯していた。
――――――――…………
――――……
――…
「ブルーム……スタァー……!!」
噛み締めた唇の端から血が滲む。 ブルームスターを追いかけて空を切った掌を爪が食い込むほどに握りしめるが、もう遅い。
奴の身体は繭の中へと落ちて行った。 私は繭と繋がっている関係上、追いかける事は出来ない。
ツタや根に追跡させようかと迷ったが、あの中は高濃度の魔力が液体になって満ちるブラックボックスと化している。 指先一つでも触れればすべてが魔力に解けて繭の餌になるだけだ。
……そうだ、魔力と消えるだけなんだ。 何も心配することはない。
魔法少女があの中に飛び込んで無事で済むはずがない、ブルームスターの特攻はただ無駄死にだ。
そう願いたいのに、胸の内から拭いきれないこの不安は一体何なのだろか。
『ギイィィィィアァァァァ……』
次の獲物を求めてか、繭が物寂しそうな声を上げるが答える余裕はない。
ブルームスターの死を確認する手段が欲しい、焦燥感だけが胸中を駆け巡る。
『アアァァァギギギイイィィィ……!』
「静かにしてちょうだい、今はあなたの相手をしている暇が……?」
ふと繭から伸びる腕が身じろぎするように震え始める。
その振動は繭と一心同体である私の身体に伝わるため嫌でも理解できる、これはただの震えではない。
「痛み」、そして「恐怖」……この繭は自分を脅かす存在を察知し、苦しみもがいている。
しかし、この東京で私たちを脅かす存在などもはや一つしか心当たりはない。
「ああ、そう……そういうことなの……」
頬を汗が伝う、じっとりとした夏の湿気った大気を超え、肌をチリチリと熱波が焦がす。
目下の繭から漏れだす青い光は見間違いや錯覚などではない、私の疑問は最悪の形で答え合わせされることになる。
「――――よう、さっきぶりだなローレル」
繭から飛び出した何かが目の前を横切った途端、私の胸へ袈裟に斬り裂かれた傷跡が刻まれる。
遅れて感じたのは骨の髄まで灼けるような激痛、刻まれた太刀傷からあふれ出る蒼い炎が絶え間ない苦痛を私に与える。
「あ、ぐ……あ゛あァ――――!!?」
「そんな姿になってもまだ痛みは分かるようだな、少しだけ安心したよ」
「ブルーム……ブルームスタァー!!」
たなびく赤いマフラーに黒く擦り切れた外套、軍帽を目深にかぶり、宙にたたずむその姿は以前に肥大化したペストを退けた時に酷似している。
前回の記録と違う点はいつもの箒の代わりに片手で抱えた大長刀、それと全身からチロチロと溢れる蒼い火の粉だ。
姿が違う原因は不明だが、私からしてみればどうであろうと関係ない。 ブルームスターという悪夢が再び目の前に現れたという事実は変わらないのだから。
「随分と不愉快なイメチェンね、一体どうやってあの繭から脱出したのかしら……!」
「叩き斬った、流石に堅かったよ」
肩に気を失ったままのラピリスを担いだまま、涼しい顔のブルームスターが戯言をほざく、
化け物め、ラピリスを取り込んだあの繭は特別強固に形成されていたはずだ。 斬り裂いたのは片手で握る長刀か?
どうして箒から杖の形状が変わっている、一体あいつはなんなんだ。
『ギ、ギ――――――ギイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!』
「……いい加減その猿真似も不愉快だな」
金属音まじりの絶叫、ラピリスの魔法を模倣した繭の絶叫だ。
音速で跳ぶ魔力に込められた見えない刃、遮蔽物のないこの状況で回避や防御は不可能に等しい。
しかし、ブルームスターは顔色一つ変えずに掌を前に構えると、見えないはずの斬撃を受け止めて握りつぶした。
「――――……なにを、したのかしら……!?」
「見ての通りだよ、その魔法はもう効かない」
傷口がじくじくとうずく、荒い呼吸を繰り返すたびに喉が焼けるようだ。
分からない、何一つ理解が及ばない。 目の前の存在はあまりにも規格外すぎる。
衣装はまだしも、心を映すはずの杖や魔法すら大きく変質するなどありえない。 なにか、何か突破口は――――
「何か色々考えているようだが、無駄だよ」
――――灼熱に焼けるようなこの空気の中、底冷えするほどに冷たいブルームスターの声が私の思考に釘を刺す。
「ラピリスを奪ってまた人質にでもするか、それとも根を這わせて今度はオーキスたちを狙うか? あいにくとお前に余計な真似はさせない」
そうだ、彼女の言う通り他の魔法少女を人質にとればいい。 それだけでブルームスターは手出しができなくなる。
頭では分かっている、今の私には隙をついてそれを実行することも可能だ。
しかしそれでも、分かっていてもなぜか目の前にいるブルームスターから思考をそらすことができない。
「お前に余計な真似はさせない、他の連中には手出しをさせない。 お前たちの相手はこの俺一人だけだ」
ブルームスターが片手を振るう。 その動作と同時に、私の肩を何かが叩く。
反射的に自分の肩へ視線を移すと、そこには小さなナイフが垂直に突き刺さっていた。
私に振れても消滅しない、それはつまり高密度の魔力に覆われた刃物ということだ。 だがありえない、そんなものが一体どこから……
「お前たちは文字通り、ここで釘づけにさせてもらう」
ナイフの軌道を探し、遡るように見上げた頭上に幾千もの刃物が浮かび、そのすべての切っ先が私達へと向けられていた。




