朽ちた弾丸 ⑥
この世界はもう駄目だ。
魔力という異物を自浄することも出来ず、ただ延々と問題を先送りにしているだけに過ぎない。
いずれ魔物と戦う人材の方が先に底を突く、ただ誰も彼もが見知らぬふりをしているだけだ。
「……ふふ。 正常性バイアス、ね」
もし明日世界が滅びるとしても、大勢は信じもせぬ昨日と同じ今日を浪費するだろう。
そうして手遅れになった後で世界は滅ぶのだ、賢者の石と魔力に全てを侵されて。
ああそうだ、忌々しい賢者の石―――――これだけの魔力を捧げても、まだ足りないというのか。
「なら私はこの世界全てを捧げてもあの子を……」
「本末転倒だねぇ、たとえそれで生き返っても何もない世界で生きろって言うの?」
一人きりだった東京で、私に話しかけてくる生意気な声が聞こえてくる。
小生意気な子供の声、聞き違える訳もない。 一時期は手を組んだこともあるオーキスのものだ。
「あら、お早いお戻りね。 他の子たちは死んじゃったかしら?」
「全員逃がした、私が殿。 あんたを倒して皆でショッピングに行くんだぁ」
遮るものも囀るものも無いこの東京では人の声が良く響く、たとえそれが足元で喚く小鳥の声だとしてもだ。
高い視点から見下ろしたオーキスの姿は壮絶なものだ、ところどころ肉が削げて衣装にも赤黒いシミが広がっている。
私が地上に張り巡らせた根の包囲網を走り抜けたのなら納得の結果だ、五体満足で生きているだけ上出来と言える。
「それは素敵な冗談ね、あなたは生きて帰れないでしょうに」
「……帰るよ、この命は私だけの物じゃない。 朱音ちゃんに生きろって言われたんだ」
「そう、それじゃその約束は果たせないわ」
オーキスに足元まで伸ばした極小の根が地中から飛び出す。
迷いなく心臓に飛び込んだそれは、彼女の身体を貫く―――――寸前、横凪に振るわれたカミソリによって打ち払われる。
「―――――!?」
「何度も何度も馬鹿の一つ覚えで不意打ち、私に効くと思ってるのかな?」
……確かに触れたはずだ、しかしオーキスの杖は消滅するどころか刃こぼれ一つ起こしていない。
幾ら魔法少女の杖とは言え、この力の前では等しく無力のはずだ。 もし例外があるとすれば1つしかない。
「その消滅には魔力があれば抵抗できるってのはブルームが教えてくれた、もうその攻撃は効かないよ」
「随分と簡単に言ってくれるのね、まったくこれだから魔法少女は……」
ブルームスターが見せたように、確かに大量の魔力さえあれば消滅には抵抗できる。
だが今のオーキスたちはほぼ魔力が底を突いているはず、それでも絞り尽くせば根の刺突を防ぐ程度は抽出できるだろうが、それがいったいどれだけ精密な操作を求められるか。
正確に刃と根が衝突する点に魔力を集中し、打ち振るうなど神業と言ってもいい。
「伊達に10年生き延びてないんだよねぇ……私はあなたの天敵だよ、ローレル」
「天敵? ふふふ、そういう言葉はね……勝てる相手にほざく言葉よ」
今度はオーキスの全方位を囲むように無数の根で襲い掛かる、不意打ちが効かないなら数で強引に押し通すまでだ。
例え弾かれたところで相手の魔力も体力も枯渇寸前なのは間違いない、こちらはただ1回だけ攻撃が通ればいい。
……そう、ただの一度でも相手が間違いを起こせばその時点でお終いのはずだ。
「数も、位置も、タイミングも、なにもかも――――甘ったるいったらありゃしない」
その悉くが全て一本の刃で迎撃されるのは何の悪夢だろうか。
いくら根を、種を、葉を、幹を、叩きつけても掠りすらしない。
これが魔法少女オーキスの本来の実力、魔法に頼らなくとも10年間磨き続けたセンスは今なお死んではいない。
『―――――ギイイイイイイイ!!!!』
「……!!」
繭の咆哮に対し、即座にカミソリを構えて不可視の刃すら防いで見せる。
初撃をブルームスターに当てたのは間違いだったか、先に削るべきはオーキスだった。
「それ、ラピリスの技だよね……音に乗せて飛んでくる斬撃。 どうしてあなたが使えるのかな?」
「さあ、どうしてかしらね?」
「いいよ、そこで高みの見物を決める気ならこちらか……ら……っ!?」
突然オーキスが膝から崩れ落ちる。 だがそれは私にとって想定外の出来事ではない。
やっと効いて来たというだけの話だ。
「く、は……! なにを、した……!?」
「私は何もしてないわよ、オーキス。 ただ随分と時間がかかったみたいだからヒヤッとしたわ、あなたの身体が魔力に耐えられなくなっただけよ」
魔力は本来ならば人体に有害な物、魔法少女が例外で魔力に汚染されないというのが通説だ。
だが、より正確に言えば魔法少女は魔力への耐性値が特別高いだけで無敵ではない。
個人差もあるが耐えられる濃度には限界がある、自己の魔力量が枯渇した今ならなおさら耐性は下がっている。
「このまま致死量の魔力を浴びせて死ぬのを待つのもいいけど、時間を与えてしまうのが怖いわね。 苦しむ前にその首は跳ねてあげる」
「っ゛……誰が、そうやすやすと……!」
ビシャビシャと血反吐を吐きながら、それでもオーキスは杖を握る。
死に体のはずだがその眼は未だ死んでいない、放っておけば何かしでかしてくるという不安を確信させるほどに。
だから1秒でも早く仕留めようとしたその瞬間――――――今までそこにいなかったはずの人影が、オーキスの前に立ちふさがる。
「――――悪い、オーキス。 下がっててくれ」
「なんで、来ちゃうかなぁ……ブルーム……!」
膝をついたオーキスを庇うように仁王立ちで立ちふさがったのは……忌々しい、ブルームスターに他ならない。




