朽ちた弾丸 ④
痛みより先に来たのは混乱だった。
何故斬られたのか、いつ斬られたのか、どのようにして斬られたのか一切分からない。
そもそもこの攻撃は……いや、この魔法はラピリスの―――――――
《――――マスター!!》
「…………っ!!」
ハクの呼びかけで我に返り、と共に片足を失った激痛が蘇る。
羽箒の維持すら忘れた体は重量に惹かれながら絶賛墜落中、このままでは数秒と掛からず地表と激突するだろう。
その瞬間、地面をはい回る根たちがどういうリアクションを取るかは考えたくない。
「ハク……止血……!」
《ああもう……ああもう! あんの魔女、絶対許さねえですよ!!》
≪BURNING STAKE!!≫
膝から先を失った左足に赤い炎が灯る、それは本来ならば俺を傷つけない灯りだ。
しかし今この瞬間だけは傷口を塞ぐため、血と脂を焦がしながら俺の片足を焼いて行く。
「ギッ゛――――――…………!!」
《気絶しちゃ駄目です、そのまま死にますよ! 皆と一緒に帰るんでしょう!?》
「あ゛ぁ……ああ!!」
飛んでしまいそうな意識をつなぎ留めながら、袖口に残っていた最後の羽を箒に変える。
またがる足も無いので柄を掴んだまま浮力を働かせるが、落下の勢いを殺しきれずに減速が関の山だ。
それでも地表から襲い掛かる根の群れをなんとか掻い潜りながら飛び上がろうと試みるが、それよりも地表への到達が速い。
「――――ブルーム、そのまま落ちて来て!!」
「……ああ、サンキュー」
激突の寸前、聞こえてきた声と地面を切り裂くカミソリの音に安堵する。
ああ、無茶をする。 よくもまああの根の中から俺の元まで駆け付けて来てくれたな―――――
――――――――…………
――――……
――…
「う、ぁ……」
痛い、全身がバラバラになってしまいそうなほどに痛い。
しかし耐えがたい激痛のお蔭で意識を取り戻せたのも事実だ、軋む体を動かしながら現状を確認する。
ペンは無事だ、利き腕も所々肉を削がれているが我慢できないものではない。 本は……駄目だ、バラバラに引きちぎられて書き上げた術式も魔力が散っている。
「花、子は……いるか……?」
「なんとか、ここにいるっす……」
傍らには同じく満身創痍の花子が横たわっている、怪我は酷いが意識ははっきりしているようだ。
本の残骸の中からまだ使えそうな紙片を手繰り寄せ、治癒の術式を書き込む。
「気休め程度ではあるが、止血をするぞ。 しかしここは……?」
「やぁ、目が覚めたねぇ二人とも」
聞き覚えのある声に振り向くと、包帯で杖の柄を掌に巻き付けるオーキスがいた。
彼女の傍らにはボロ布を枕代わりにした盟友も横たわっている。
ただ、盟友の顔色は青ざめており……膝から先の左足を失っていた。
「盟友!?」
「静かにね、ローレルたちに気付かれる。 それに傷に障るよぉ」
「しかし……うぐっ!」
痛みに耐えかね、腕からすり抜けたペンがカラカラと床を転がる。
暗くてよく見えないが、床はコンクリではなく病院などでよく見るラバーシート敷のものだ。
天井には蛍光灯が砕けた照明が等間隔に吊るされている、随分と朽ち果ててはいるが、私はこの場所に見覚えがある。
「ここは……研究所、か?」
「そだねぇ、私と朱音ちゃんがシルヴァを連れて来たところ……皆を連れて逃げ込めるところなんてここしか浮かばなかった」
全ての元凶である10年前の大災害を起こした魔力研究施設、オーキスの魔法ならこの施設まで潜るのは難しくはないだろう。
以前はこの場所で流出する魔力の流れを止める様にスピネたちと協力したが、今となってはそれも懐かしい思い出だろうか。
……最終的に溢れる魔力の蓋を閉じた功績者は、もはやこの世にいないわけだが。
「2人とも、魔力は?」
「ま、まだいけるっす……!」
「無茶をするな、我を庇って底をついたであろう! ……それに、我も残りは1割も無い」
あわや根に貫かれる、という寸でのところで助かったのは花子のお蔭だ。
彼女の魔法による超反応がなければあの刺突を躱すことも、落下の半ばで襲い掛かる根の大軍を振り払う事も出来なかったはずだ。
ただし代償として少なくない魔力の前借と、私自身も先の術式に込めたなけなしの魔力をほとんど失ってしまった。
「そっか……この場所もローレルならすぐに勘付く、出口は作るからブルームを連れて逃げてほしいなぁ」
「逃げろって……お、オーキスはどうするのだ!?」
「殿は必要でしょ? 魔力に一番余裕があるのも私みたいだからねぇ」
――――嘘だ、彼女だってここまでの戦いで消耗した魔力は少なくない。
多少残量が多いと言っても五十歩百歩の差だ、ここにいる全員が等しく手は尽きている。
「……死ぬ気か、許さぬぞ。 スピネの後を追う気か!?」
「死ぬ気はないし頑張るよぉ……それに、友達を守るって一度やってみたかったんだよねぇ」
オーキスは手近な壁にカミソリを突き立て、己が魔法で異次元の裂け目を作り出す。
その一連の動作も平常時に比べて明らかに緩慢だ、残る魔力を絞り尽くすかのように。
「……5分は保てるかな、それまでに脱出して。 出ないとここで生き埋めになる」
「待て、待つのだオーキス……オーキス!」
「地上に出たら私の杖を落とすから、それを握って地上に戻ってきてね」
縋る声も振り切り、オーキスは裂け目の中へと消えていく。
遅れて私も裂け目に飛びつくが、斥力のようなものが侵入を阻害する。
「駄目だ、行っては駄目だオーキス……! なんで……!」
あの時もそうだった、結局私は一番重要な局面で役に立たない。
魔力は尽きた、盟友たちも満身創痍、そして敵は強大だ。 私はあまりにも無力が過ぎる。
『―――――キヒッ、なぁに湿気たツラしてんだよぉ親友』
「…………えっ?」
幻聴が、聞こえた気がした。




