2周年記念:軽い気持ち、重い思い (後)
「おっ、来たネ。 さあ座った座った!」
「お、お邪魔してます……」
「……コルト、詩織ちゃん。 これは一体どういう事だ?」
カウベルを鳴らしながら表の扉を潜ると、定休日だというのに店内には魔法少女たちがたむろしていた。
コルトは中央のテーブルにだらけ切った状態で突っ伏しながら、詩織ちゃんはその横の椅子に申し訳なさそうに縮こまったまま座っている。
そして……アオは奥の調理場で何やら鍋をかきまわしているところだった。
「まあまあ、まずは座りなヨ。 話はそれからだネ」
「お、おいおい。 なんでアオが台所に立ってんだ?」
「大丈夫大丈夫、ちゃんとサムライガールのお母さんも監修についているヨ」
「馬鹿、そっちの方が危険だろ!!」
「…………大丈夫だヨ、調理には指一本触れてないから……!」
「二人とも……ちょっと、酷い……」
「なーにを姦しくしゃべり込んでるんですかそこの3人、全部こっちまで聞こえてますからね」
こちらの騒がしさを聞きつけて、調理場の奥からアオが顔を覗かせる。
片手にプラスチック製の包丁を携えながら、頭巾とエプロンもしっかりと装着して完全に調理体制だ。
「急にコルトに呼ばれたんだけど、どういう事だこれ? 何で調理場に立ってんだ?」
「決まってます、朝ご飯を作っているんですよ。 どうせあなたもまだ朝食を済ませていないでしょう?」
すると、タイミングを計ったかのように何も蓄えていない腹がきゅるると音を立てた。
あまりにもタイミングがいいもので、ハクがスマホを震わせて笑っている。
「体は正直ですね、少しコルトたちと待っていてください。 簡単なものですがすぐに拵えますから」
「葵、鍋が沸騰しそうだけど」
「分かってます分かってます、なので後生ですからお母さんは指一本触れなくて大丈夫ですよ」
「解せないわ……」
吹き零れそうな鍋に手を付けそうな優子さんを諫め、アオがまた調理場に頭を引っ込める。
少しすると、包丁がまな板を叩く規則的な音が聞こえて来た。
「……2人とも、いい加減説明が欲しい」
「そうだネ、はいこれ」
「ん、なんだこれ? 健康診断?」
コルトからぞんざいに渡された書類をめくると、学生時代に見覚えがあるような内容の診断書が出てくる。
ただしそこに書かれているのは七篠 陽彩のものではなく、ブルームスターとしての情報だ。
殆どは空欄だが、身長や体重といった数値は詳細に記載されている……かなり少なめに見積もられているようだが。
「うそ、俺の体重軽すぎ……?」
「魔法局お抱えの職人が計測したデータだから間違いはないと思うヨ、ただし私のデータは計測狂ってる気がするけどネー?」
「コルトちゃん……往生際が悪い……」
「シャラーップ! ビブリオガァール、ユーも私より体重軽いの覚えてるからネ……」
「人に当たんな、お前は間食多いからだろ」
「正論で人を殴っても誰も幸せになれないんだヨ……!」
席に座りながらコルトたちと何でもない話をしながら、ゆっくりとした時間が流れる。
思えばここ最近、ずっと気を張るような場面ばかりでこんなにリラックスした時間は随分久しい。
調理場からは香り高い出汁の匂いが漂い、空きっ腹を刺激する。
「……で、アオは俺の体重を心配してるってわけか」
「盟友は、私から見ても軽いと思う……」
「うーん、この書類の情報を信用するなら俺も同意見なんだけど」
「体重計ならあるヨ、計る?」
「なんでそんなもん持ち歩いてんだ」
コルトがぬいぐるみの腸に腕を突っ込み、デジタルタイプの体重計を引っ張り出す。
水筒や菓子ならまだわかるが何故体重計を仕舞っているのか、しかも体脂肪率なども計れるお高い機種じゃないか。
「人の店で何やってんですか、できましたよ」
「おっ、きたきた。 私は美食家だからネ、味にはちょっとうるさいヨ!」
「合成甘味料に麻痺したケミカルな舌の間違いでしょう、とりあえずはお先に箒からです」
「お、おお。 悪いな……って、量多くないか?」
「お残しは許しませんよ、今朝から食べていないなら十分入るでしょう?」
青が運んで来たお盆の上には味噌汁、青菜のお浸し、焼き鮭、卵焼きと和の朝食が一通りそろっている。
横の小皿にはたくあんと海苔まで添えられている、思わず顔がほころぶメニューだろう。
ともに盛られた山のようなどんぶり飯さえ除けば。
《愛されてますねー、マスターったら》
「まあ出された以上は食うけどさ……いただきます」
手を合わせ、まずは卵焼きに手を付ける。 葱を混ぜ込んでホクホクに仕上がったそれは全く抵抗なく箸で切り分けられ、口に運べば葱の触感と卵の優しい甘さが口の中に広がる。
青菜のお浸しもただ茹でられただけのものじゃない、しっかりと出汁のうまみが効いた一品だ。
さっぱりと口の中をリセットし、箸を進ませてくれる憎い副菜だ。
「……うん、美味い。鮭も炭火で焼いたのか? パリパリじゃないか」
「人に出すものですから手間は惜しむなと尊敬する人に教わりましたから。 口にあったようで何よりです」
塩味の効いた塩鮭を米と共に飲み込み、味噌汁を一口啜る。
大根と油揚げ、それに出汁は煮干しだろうか。 腸と頭を処理したすっきりとした出汁だ、文句なしに美味い。
この味噌汁だけでも白米が一合消えてしまいそうだ。
「ちょっとサムライガールー、私達の分はまだカナー?」
「詩織さんの分は今持ってきます、コルトは自分で取りに来なさい。 少しでも運動した方が見のためですよ」
「なんで私だけ扱いがぞんざいなのカナ!? 戦場じゃ背中に気を付ける事だヨ……!」
「わ、私も手伝うよ……?」
ぷりぷり文句を言いながらも自分の分の朝食を確保しに、コルトと詩織ちゃんが調理場の方に向かう。
自然とテーブルには俺とアオだけが残された。
「……で、どうです。 美味しいですか?」
「だから美味いって言ったろ、疑うのか?」
「いえ、そういうわけではありません。 ただ少し心配だったので」
アオは少し思案したように口ごもり、ゆっくりと次の台詞を吐き出す。
「……あなたはもう少し、重くなりなさい。 そのままだとどこかに吹き飛んでしまいそうで目を離せません」
「いくら軽いっつっても風船じゃないんだからなぁ……まあ、体重を増やせるように善処はするさ」
「ええ、ご飯に困ったらいつでもここに来なさい。 あなたに振る舞う賄いぐらいいつでも用意出来ますから」
「はは……覚えておくよ」
基本的にブルームスターの時は七篠 陽彩はこの店にいない事になる。
心配してくれるのはありがたい話だが、アオが望むほどの頻度でブルームスターがこの店を利用することはないだろう。
「……美味しいですか?」
「何度も言うけど美味いよ、嘘じゃない。 良い腕だ」
「教える人の腕がいいんですよ、ええ」
「そうか、その人もいい弟子を持ってきっと嬉しいだろうな」
「だと良いですね。 …………箒」
「ん、なんだ?」
「―――――急に私の前から消えないでくださいよ、お願いですから」
「…………ん」
それは魔法局としてか、個人としてのお願いか。 どのみち俺は「わかった」なんて軽々しく口には出せなかった。
その言葉に込められたアオの思いは、誤魔化すには重すぎた。
口籠る理由を作るために味噌汁を啜る。 味噌の香りが立ち、出汁の風味が引き出された逸品だ。
……少しだけ、昔の家族を思い出してしまった。
俺の「居場所」というのはまだあの過去に取り残されているのか、それともこの店にあるのか、それとも―――――
……その先の答えは、味噌汁と共に深く深く胃の腑の底へと飲み込んだ。




