2周年記念:軽い気持ち、重い思い (前)
「……健康診断? ああ、そういえばそんな時期ですか」
刀に付着した血を拭いながら、溜息を吐く。
魔物の血ゆえ、放っておけば自然と消滅するが癖のようなものだ。
健康診断……そうか、今年もその時期が来てしまったのか。
「なんか憂鬱だネ、サムライガール。 採血が怖いのカナ?」
「はっ? 怖くないですが??? 第一毎日魔物を相手にしているんですよこちとら、今さらチンケな針を1つ2つ刺されたぐらいで恐怖を覚えるなんてありえない話ですよええ」
「急に口調が早くなったな……」
「HAHAHA。 そっとしといてあげようヨ、シルヴァーガール」
嘘じゃない、採血なんてまったくもってこれっぽっちも怖くない。
ただちょっと動悸や不整脈を発症して瞳が若干潤み命乞いをしたくなるだけだ。 ちっとも怖くない。
「えー、ゴホンッ。 そういえばシルヴァは今回が初の健康診断ですね、勝手は分かりますか?」
「話逸らしたヨこの人」
「け、健康診断は分かるが……メディカルチェックならいつもやっているのではないか?」
「ええ、今回の診断はいつもより大掛かりなものと思えばそれで問題ありません」
魔法少女の体調は常に魔法局により管理されている。 魔物との戦闘を終える度にどこか異常がないか検査に掛け、流行り病の際にも感染する前にワクチン接種が義務付けられているのだ。
おかげで魔法少女になってから風邪や病気は滅多にない、それでも毎日の簡易的なチェックでは見落としがあるかもしれない。
そのため、年に数回行われるのが大規模健康診断という訳だ。
「魔法局に戻ればカルテが用意されているはずですよ、その用紙の自己記入欄にサインと両親から捺印を貰えば手続きは終わりです」
「私は既にアメリカに書類送ってもらってOK貰ってるヨ、日本は手続きが面倒だよネー」
「わ、我は……」
「ご両親が不在の場合は代理の者か、最悪本人の同意で進められます。 何も難しく考える必要はないですよ」
そもそも健康診断を受けずに困るのは魔法局の方なのだからある程度のフォローはある。
公式の魔法少女達は滞りなく書類が通るはずだが、問題があるとすれば……
「……ゴルドロス、さっきの話は本当ですか? ブルームスターも診断の対象になっていると」
「ソダネ、ちなみにそれに関した書類ももらってるヨ」
ゴルドロスがぬいぐるみの腸からクリアファイルに収めされた紙束を取り出し、私に向けて放る。
受け取った書類をめくると、確かにそこにはブルームスターの名前とカルテが挟まっていた。
ただし定期的なメディカルチェックを受けていない彼女はほとんどの項目が空欄だ。
「“彼女は魔法局とも協力的な関係だからあわよくばいけそうじゃないかね”って局長が言ってサー、ブルームが大人しく受けてくれると思うカナ?」
「難しいでしょうね、しかし……この数値は予測値か何かですか?」
「ん、違う違う。 サムライガールなら知ってるデショ、メディカルチェック用に雇われてる魔法少女がいるってサ」
「無論です、しかしこれは……」
魔法少女に目覚めたものが全て戦闘に適した才能がある、ということはない。
本人の気質にそぐわない場合や、そもそもの魔法の形質が戦闘に不向きである場合は後方支援の任に就くこともある。
実際に顔を合わせた事はないが、魔法少女の身体情報を計測するために、数値問題に特化した魔法少女が数名いるという話だ。
プライバシーはどこに行ったというところだが、変身後の情報を収集するためには魔法の力に頼らざるを得ないのだ。
「これは、盟友の身長と体重か? それにしては……」
「なになに、なんか問題あったのカナ? ……は? 中身詰まってるカナこいつ?」
3人揃い、書類に記載されたブルームスターの身体情報を何度も読み直す。
もし計測された数値に間違いがないとすれば……ブルームスターの体重は少し、軽すぎる。
「ほおおぉおぉおぉぉぉぉん? 許せないネェ……私より【削除済み】kgも軽いなんてサ……?」
「いえ、張り合う所ではないと思いますが。 流石にこの体重はちゃんと食べているのか不安に……」
言い掛けたところで、気づいてしまった。 そもそもブルームスターはちゃんと食事をとっているのだろうか?
思えば彼女がまともに食事している姿をほとんど見たことがない。 出会う時は戦場か街をパトロールしている時ぐらいで、日常生活を垣間見る機会は皆無だった。
下手をしたら彼女はまともな衣食住が揃っていない可能性すらある。
「……ゴルドロス、シルヴァ。 少し事情が変わりました、協力してください」
――――――――…………
――――……
――…
「はぁー、疲れた。 やっぱり二手に分かれといて正解だったか」
《お疲れ様でーす、まさか双子の魔物とは驚きですね》
魔物が消滅した後に残った魔石を回収し、解けた緊張感が溜息となって口から漏れだす。
相手はモグラ型の魔物だった、土の中を移動するためこちらの攻撃が届かないのが厄介だったが、一度顔を出してしまえば一撃で頭を蹴り潰しておしまいだ。
問題はこいつらが2体1対の魔物だったことだ、ラピリス達と手分けして対処しなければ片方は取り逃していたことだろう。
「腹減ったなぁ、帰ったら何か拵えるか」
《早朝から大捕り物でしたからね、空きっ腹の運動は堪えますよー》
「って、お前は運動してないだろ」
ハクの言う通り、早朝5時から数時間かけて魔物を追いかけ回していたうえ、朝から何も腹に入れていない。
重ねて不運な事に本日は店も定休日だ、賄いになりそうな材料も何も用意していない。
パンでも焼いて余りもので何品か仕上げる事も出来るが、腹が空いた状態で手間のかかる作業を考えると気が重い。
《……っと。 マスター、コルトちゃんからメールです。 至急お店に戻ってきて欲しいと》
「ん、なんかトラブルか? まあ今から戻る気だったけど……」
《いえ、それが箒ちゃんモードのままで来て欲しいとのことで》
「…………うん?」




