朽ちた弾丸 ②
「ローレル……!!」
「あらあら、随分なご挨拶ね?」
下半身をピンク色の肉塊に埋めたまま、さきほどまでと変わらず薄い笑みを浮かべるローレル。
その接合部に境目は見えない。 接触したところから分解されないあたり、完全に繭の腕と一体化しているようだ。
「随分と間抜けな格好でかっこつけるじゃねえか……その姿は何の冗談だよ」
「分からない? 一緒になったのよ、我が子と」
「脳みそまでイカれちまったのかよ、ぞっとしねえな」
「ふふふ、そうね。 私はとっくの昔におかしくなっていたのかもしれないわ」
ふと、肩に熱い痛みが走る。
反射的にローレルに向けていた視線を肩口に落とすと――――そこはゴルフボールほどの穴があけられ、削がれた肉から多量の血が滲み始めていた。
「ぐっ――――!?」
《マスター!? ちょっ、今何が起きたんですか!?》
「ふふふ、見えなかったかしら? それじゃあもっとゆっくり行くわね」
突然の痛みに混乱する頭が、すさまじい悪寒で一気に底冷える。
考えるより早く箒を操れば、四半秒前まで俺がいた空間を何かが猛烈な速度で通り過ぎて行った。
「あらあら、今度は上手く避けたわね。 気を付けた方が良いわよ、幾ら魔法少女と言えど触れればただじゃすまないわ」
「何を……しやがった……!?」
「ここまで散々見せたでしょう、種子の弾丸よ? ただ、中身にこの子の身体の一部が混ざっているだけ」
つまりそれは触れた部分が消失する防御不能の銃弾ってわけだ。
しかも速度も今までと段違いに速い、肩を抉られた瞬間がまるで見えなかった。
「あなたたち、この子を殺すつもりでしょう? そんなことさせないわ、せっかくここまで来たんだもの」
「これを見てまだそんな事言ってんのか、あんたの子供がこのデカブツだって言うのかよ!」
「いいえ、そんなわけないじゃない」
「…………は?」
「これは私の子供じゃないわ、そんなはずがない。 でもいいの、手順は間違えなかった。 だから問題はここからだわ」
感情が高ぶっているのか、ローレルの周りの肉塊がボコボコと蠢く。
こちらの様子を意にも介さず、ローレルはよく分からない独り言を早口でぼやき続けるばかりだ。
「知らなかった、けど仕方ないじゃない、でもまだ大丈夫、まだ私ならできる……魔力なら幾らでも、例え賢者の石が―――――」
「何考えてるか知らないが……させると思ってるのかよ!」
≪BURNING STAKE!!≫
火炎を纏った脚で羽箒を蹴り付ける。
物質は触れた瞬間に消失するが、炎なら……と思ったが、残念ながら思惑もむなしくローレルに触れた瞬間に羽箒を包んだ業火ごと全てが無に消えた。
「ふふ、ごちそうさま。 そう、あなたはまだこの性質に気付いていないのね、それは好都合」
「何を言って……」
「ところで―――――シルヴァはどこかしら?」
「っ――――――シルヴァ、逃げろ!!!!」
届くはずもない声を上げても、もう遅い。
大地がうねる、コンクリートで覆われた地表を砕きながらその下に包まれていたものが露わになる。
それは巨大な根だった、直径だけで東京に立ち並んでいたビル群と頭を比べるほどの巨大な根。
まるで生きているかのように這いずる根が、繭を中心として放射状に東京全域へとその手を伸ばし始めた。
―――――無論、触れる障害物を全て虚空にかき消しながら。
――――――――…………
――――……
――…
「…………?」
「むっ、どうしたっすか?」
「いや、なんだか急に寒気がしたような気がしたのだが……」
背中に氷柱を突っ込まれたような怖気にペン先がぶれる。
幸いにも執筆に大きな影響はない程度だが、肝が冷える。 少し内容を修正しながらも描き続ける腕だけは止めない。
「確かになんか寒いっすねぇ、夏なのに……東京ってこんな、冷え……?」
≪……おい、銀髪の。 ちょっと顔上げろお前≫
「どうした、何かあったのか―――――」
花子の杖から聞こえる声に促され、顔を上げる。
空から見下ろす東京は実に見晴らしが良い、ただでさえ視界を遮るビルが消失したのだから余計にだ。
……そう、余計に見えてしまうのだ。 大地を這いずり、遮る瓦礫やわずかに残った建物を蹴散らしながらこちらと伸びる――――巨大な根の大群が。
「な、な、な……!?」
≪なんデスか、あれー!?≫
「お、驚いている暇もないっすよ! このままじゃ飲み込まれるっす!」
「防御……いや、無理だ! 高度を上げるぞ!!」
一度紙面からペンを離し、捲った次のページに異なる術式を書き込む。
現在我々に付与された空中浮遊に加え、飛行能力をより高めた上位互換の術。
火力に回すリソースを裂いてしまうが致し方ない、2人分書き上げたそれを本から引きちぎって花子と自分に付与する。
「盟友は……無事に決まっているな、信じているぞ!」
隠れていた我々に向けられたような出鱈目な規模の攻撃、至近で喰らったと思われる盟友とオーキスがどうなったかは定かではないが、黙って死ぬような2人ではない。
大丈夫だと自分に言い聞かせながら、死の濁流から逃れるために高く高く飛び上がる。
「花子よ、大丈夫か!? ついてきているか!?」
「だ、大丈夫っすよ! なんとか追いついて……」
十分な高度まで逃れた後、自分を追いかけて飛びあがって来る花子に向かって振り返る……が、それは私の慢心だった。
根は地を這いながらも、正確に空中に逃れていた我々を捉えていたのだ。
地を這いまわるものとは別に、枝分かれした細かい触手のような根が、正確に花子の背中まで迫って来ていた。
「花――――!」
「へっ……?」
反射的に彼女をかばうように伸びる根の前に飛び出るが、こんな短時間ではろくな防護策も用意出来ない。
ただ無意識で本を、軽々と貫きながら悪意の触手は我々へと襲い掛かって来たのだ。




