賢者は沈黙を囀る ⑦
「――――ブルーム!!」
声を荒げたオーキスに身体を引っ張り上げられ、俺の身体が繭の上に投げ捨てられる。
すぐさま繭の亀裂から中に飛び込もうと羽箒を構えるが、素の腕を今度はシルヴァに取り押さえられた。
「お、落ち着くのだ盟友よ! 無策で飛び込むつもりか!?」
「離せ、シルヴァ! ラピリスを放っておけってのか!?」
「そうは言ってないよぉ、ただローレルもこのまま死ぬ気じゃなかった。 ならまだ大丈夫だよ、ラピリスはきっと生きている」
きっと、今はその確証のない言葉に胸の内がかきむしられる。
あくまで予想の範囲でしかなく、ラピリスが危険な状況であることには変わりない。
《マスター、気持ちは分かりますが早まらないでください。 今あなたが飛び込んでも共倒れのリスクが高いんですから!》
「……クソ!」
≪――――BURNING STAKE!!≫
足元の繭に向け、全力で撃ち込んだ蹴りは繭の表面をわずかに焦がすだけだった。
魔力不足もあるだろうが、おそらく全力の状態でも焼き貫くのは難しい。 それほどまでにこの繭は強固だ。
『――――――――ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』
《うっわ!? 何したんですかマスター!?》
「さあな……!」
繭の中からラピリスでもローレルでもない声で耳をつんざくほどの絶叫がほとばしる。
……いや、それは叫び声というよりもどちらかと言えば……“産声”に近い。
「このままじゃ我々も飲み込まれる、一度離れようぞ!」
「ブルーム、辛いとは思うけど……」
「……分かってる」
後ろ髪惹かれる思いをどうにか理性でねじ伏せ、繭を飛び立つ。
羽箒の後ろに乗ったシルヴァは顔色が優れない、その理由は俺でもわかる。
あの繭が割れ始めてから、ここら一帯の強い魔力がより一層濃くなってきたのだから――――
――――――――…………
――――……
――…
繭の中に満たされた羊水のような液体の中でまどろむ意識を繋ぎとめる。 まだだ、まだ死ぬわけにはいかない。
腹に空いた穴は黒く焦げ付き、修復もままならない。 ブルームスターは容赦なくやってくれたものだ。
……修復、か。 人間であれば間違いなく絶命する負傷を修復などとは。
「……ああ、化け物ね……私」
『そうだね、あなたはとっくの昔に怪物だったよ』
―――――私の頭の中に聞き覚えのない声が響く。
それはあどけない少女のような声色だが、感情を一切感じさせない冷たさを感じさせる。
『はじまりは不幸だったけど、選んで賽を積み上げたのはあなた自身だ。 あなたの罪は自ら積み上げたものでしょう?』
何も見えない暗闇の水の中、白く細い手が私の頬を撫でる。
暖かい羊水の中で、その手だけが凍り付くほどに冷たかった。
『でも、驚いたなぁ。 ほとんど無意識だったでしょうけどあの子ったら私の言葉覚えてたんだ、まあすぐに忘れちゃうだろうけど』
「……あなた、は……私の……?」
『赤ちゃんじゃないし、あなたの赤ちゃんなんて生まれないよ。 でもありがとう、これで閉じた門がまた開く』
姿は見えない、ただ暗闇から伸びる腕と声だけが聞こえてくる。
だのに、私には見えないはずの彼女が――――嗤っているようにしか思えない。
『無駄な努力はたった今実ることでしょう、賢者の石を造り上げてくれてご苦労様』
『――――あんなもの、あなたが望み描いた結末なんて与えないでしょうに』
――――――――…………
――――……
――…
「着地、着地……っとぉ!」
へし折れたとはいえ、100mは超える高さから飛び降りるというのは中々肝が冷える。
不格好ながらも着地を決め、地面を転がった末に体を起こす。
≪おい花子、上見てみろ! 大変な事になってるぞ!≫
「なんすかセキさん……ってなんすかぁアレ!?」
言われて見上げると、先ほどまで純白だった繭がその光沢を徐々に失いながらひび割れていくではないか。
それに魔力感知が出来な私でもわかるほどの高密度の魔力があの一体に渦巻いている、上で何かがあったに違いない。
「や、やっぱり自分達も戻って加勢した方がいいんじゃ……」
≪待った待った、その必要はないみたいやで≫
携帯を開き、消費魔力を入力しようとした矢先、私のすぐそばに何かが着弾する。
土煙を払いのけながら現れたのは、羽箒に乗った3人の魔法少女達だった。
「さ、3人ともぉー! 無事だったんすね……ラピリスさんは?」
「……繭に飲み込まれた、救出作戦は失敗だ。 一度体勢を立て直す」
「そんな……!」
ブルーム師匠が苦々しい顔で救助の失敗を報告する。
立て直す、ということはまだ生存は望めるはずだ。 しかし問題は再度救助に向かうだけの時間的な余裕があるかどうか。
「じ、自分にできる事はないっすか!? “先払い”すればまだ戦えるッス……!」
「いや、そうなるとまた動けなくなるからねぇ……この状況で無防備な体を晒すのは危険かなぁ」
「う、うむ……それに、あれに対抗するとなるとどれだけの前借が必要となるのだ……?」
シルヴァさんが蒼い顔のまま、震える指先で繭を指さす。
完全に灰色に染まった繭にはその全体にひび割れが侵食し、内部からはなにやら半透明の液体が滲み出している。
『―――――ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!』
……そして、たった今。 この世全てを嘆く様な絶叫を上げながら――――繭を巨大な手が突き破って現れた。




