片割れのU/限りなくクロに近い赤 ①
【Tips:魔法少女たちの身長順】
変身時
コルト>シルヴァ>ブルームスター≧ラピリス>ヴァイオレット
変身前
陽彩>>>コルト>葵>詩織>咲
※シルヴァは上げ底ブーツ込み
「あ゛ー……暇」
打ち捨てられた廃墟の中、飲み干した空き缶が投げ捨てられた音が反響する。
今にも崩れてしまいそうな朽ちた部屋、そこには2人の少女の姿があった。
「お姉ちゃんさー、もう大丈夫だって言ってんじゃん。 そろそろアタシに暴れさせてよー」
「だ、だだだ駄目だよ朱音ちゃん! けけけ怪我はななな、治りかけが大事なんだから」
「もう大丈夫っつってんじゃーん、早く“これ”を試したくてうずうずしてんだからさー」
そういって我が創造主は私をバシバシと乱暴に叩く、別に痛みは無いのだが出来れば止めてもらいたい。
私の兵装で万が一その御手が傷つきでもすれば申し訳が立たない。
「朱音ちゃん、めっ!だよ、そそそその子も困ってるし」
「はぁーん? 別にいいっしょー、お前困ってんの?」
否定する、我が創造主の申す事は全て絶対遵守。
もしその御手を煩わすことがあればそれは自分に落ち度があるのだ。
「だってさー、おねーちゃーん私お腹すいたー、焼きそばパン買ってきてー」
「う、うううぅぅぅ……わわわ悪い子だわ……」
「まーまー、すっかり治ったんだから後は美味いものでも食えば完全復活だってー」
「……本当? わ、分かったわ……おおおお姉ちゃん頑張っておいしいもの作るから!」
「…………やっべ、変なスイッチ入れちゃった」
学習、我が創造主には少々迂闊な所がある。
ただこの身に進言するための口がない事が口惜しい。
――――――――…………
――――……
――…
「あ゛ー……暇」
《この前の緊張感はどこへやらですねー……》
閑古鳥が大繁殖している店内、試作のシャーベットを齧りながらハクとともに昼のニュース番組を眺める。
花粉事件で負傷した身体はまだ本調子ではない、正直今のうちはこの不況が助かる状態だ。
「ちっと酸味キツいなー、けど砂糖あまり足したくないし……」
《いーなーマスター、私も食べたいなー》
「……お前食えるの?」
《無理ですねー、魔石なら食べられるんですけど最近ご無沙汰ですしー……》
そういえばこいつが飲食している所を見た事が無い、飲まず食わずで生きていけるって事は食事は嗜好品ぐらいの感覚なのだろうか?
狛犬戦はゴルドロスが、花粉事件ではヴァイオレットが回収したせいでここしばらく魔石が手に入っていない。 負傷からすぐに回復できるから出来れば何個か確保しておきたいが……。
「……そもそもさ、今更だけど魔石ってなんだ?」
《んー……魔力生命体が死ぬときに遺す魔力の塊だと私は認識しています。 手のひらサイズでも魔力がぎゅぎゅっと濃縮されているので、様々な利用方法があるんですよ》
「ブルームスターなら回復材、ゴルドロスは通貨、ヴァイオレットは……なんだろな」
《わかんねです、まあ魔物が出てこないのが一番なんですけどねー》
傍らのハクが言う通り、この前の騒動からピタリと魔物に関する事件は鳴りを潜めている。
今テレビの中で流れる魔法少女の報道も事故現場の救助や慈善活動などがメインで、どこそこの誰がなにそれの魔物を倒しましたという内容は見かけない。
東京を超えた向こうはまた事情は変わるのかもしれないが東北はいたって平和、しかしこれだけ何もないと嵐の前の静けさの様で少し落ち着かなくなる。
「溜めた分だけ今にもドーン!と来るかもしれねえなー……」
《かもしれんですねぇ、ほら次の瞬間にでもズバーンと……》
「ハァイドーン!! コルトちゃんが金を落としに来たヨー!! ……って、どーしたノおにーさん?」
「タイミングが悪いんだよお前……!」
ドアベルを激しく打ち鳴らしてやってきたコルトを、椅子から転げ落ちた格好で出迎える。
しばらく入院して大人しいと思ったらコイツ……
「あっ、シャーベット! いいナー、私にも頂戴!」
「はいはい、試作だから好きなだけ味見してけ」
たしかまだ冷蔵庫にシャーベットの残りがあるはずだ。
コルトはというと既に満面の笑みでテーブルへ着いていた、現金な奴め。
「はいオレンジシャーベットお待ち。 しかしお前本当良く来るよな、魔物が出なくて暇なのか?」
「いやー、それもあるけどドクターに釘を刺されているんだよネ。 ……んー、私としてはもうちょっと甘い方がいいカナ? でもyumyum♪」
「やっぱりか、もう少し熟せば丁度良くなると思うんだけどなぁ」
もうじき春の盛り、桜も咲き乱れる時期となる。
そうなればこのシャーベットに使っている品種も旬の極みを迎え、品のある甘みが引き立つはずだ。
「桜が満開になれば丁度いいな……」
「サクラ? いいネ、お花見とか一緒にどうカナ!」
つい口からこぼれた言葉を耳聡く聞きつけ、コルトがキラキラとした視線をこちらに向ける。
花見か、駅前近くの公園にいい花見スポットがあるし場所さえ取れれば悪くない。
「……つってもお前弁当食いたいだけだろ、違うか?」
「あはは、バレタカー」
まさに花より団子か、仕出し弁当なら作れないわけじゃないがこの時期は毎年他所からも弁当の注文が入る。
注文の数によっては珍しく忙しくなる時期だ、場合にもよるが俺が花見を楽しむ余裕はないかもしれない。
「……いいじゃない、花見。 日にちはどうする?」
「あっ、テンチョー! ゴチになってるヨ!」
俺たちの会話を聞いていたのか、優子さんが二階から降りてくる。
不味い、優子さんが乗り気だと他の注文を押しのけて休みを取ることになるぞ。
「優子さん、言っておきますけど……」
「分かってるわよ、当日の配達ぐらい私でも出来るわ。 前日に仕込みを終えておけば問題ないでしょ」
確かに殆どは前日の仕込みで終えられる、米などは当日の盛り付けになるが早めに終わらせれば時間の余裕も十分空くはずだ。
言ってることに間違いはないが優子さんがまさか真面目に仕事の事を考えるとは、なにか変なものでも食ったのだろうか。
「んー……今思い付きで言ったから日にちはまだ、サムライガール達にも聞いてみないとネ」
「それじゃ詳しい日程が決まったらまたおいで、私達は参加するから」
「ラジャー!」
勝手に参加を決められた、まあ別に構わないけども。
でも花見か、そうなると今年は弁当の内容も気合い入れて考えないといけないな。
「優子さん、俺ちょっと買い出しに行ってきますわ。 どうせ今日は客も来ないだろうし」
「そう、なら表の看板準備中に変えておいて。 万が一客が来たら私は碌な料理が作れないわ」
「それは何年も前から知ってますよ、この前のお粥の件は死んでも忘れません」
「何があったノおにーさん……?」
世の中ね、知らないほうが良い事もあるんだよ。
――――――――…………
――――……
――…
商店街を歩きながら弁当の中身を考える。
花見に食べるものなら色合いが大事だ、重箱を数段重ねてそれぞれ彩りがダブらないように気を付けないといけない。
揚げ物や卵焼きは鉄板としてあとはスモークサーモンに……一段はまるごとちらし寿司にして全員で取り分けられるようにしてもいいかもしれない。
《いやー楽しみですねお花見! 今からワクワクが止まりませんよ!》
「そうかぁ? ……というかお前って花見楽しめるのか?」
《こういうのは気分ですよ気分、分かってないなーマスターは!》
掌に納まる魔人は待ち切れないとばかりに画面いっぱいを飛び回る。
気が早いもんだ、満開を待つならまだ一ヶ月以上時間があるというのに。
「嬉しいのは分かったからメモ帳開いてくれ、買い物書き出すから」
《あいあーい、あらよいしょーっと》
ハクが画面端から引っ張り出してきたメモに買うべきものをタイピングしていく。
そういえば柔軟剤ってまだ残ってたっけ? まあ多くて困るものでもないし、帰る時にスーパーに寄って……
「……あ、あああああのぅ……!」
「…………ん?」
すると背中から声を掛けられる。
しかし声のする方へ振り向いても誰もいない、気のせいか?
「あ、あああのう、こっちです……下です……!」
「下?」
そのままグイっと視線を下げてみると、今にも泣きそうな少女がこちらを見上げていた。
明るい色の茶髪に片目を隠し、肩から下げたポーチの紐をぎゅっと握りしめた腕は細かく震えている。
そして寒がりなのか、もう暖かい季節だというのに彼女は分厚い冬服を身に纏っていた。
「よっと、どうしたお嬢ちゃん。 俺に何か用かな?」
「こ、こここここのあたりで、財布を見ませんでしたかぁ……!?」
「……財布?」
なるべく威圧感を与えないように、しゃがんで少女の話を聞くとどうやら財布を落としたらしい。
肩に掛けたポーチを見ると底の方がほつれて穴が開いてしまっている、なるほど事情は大体わかった。
「いや、見なかったな。 もしかしたら交番に届けられているかもしれないし良かったら……」
「…………ふ、ふえぇ」
「あっ」
《あっ》
少女の瞳がジワリと滲みだす。 うん、これはいつものあれだ。
しばらくコルトやアオたちばかりと接していたせいで忘れていた、俺の顔は子供にとって刺激が強すぎる。
「ふえええええぇぇぇぇええぇぇぇん!!! ごめんねぇ、駄目なお姉ちゃんでごめんねえええええええええええ!!!!」
ああ、今回も駄目だったよ。
願わくば彼女がなるべく早く泣き止み、そして誰も通報しないで見守っていてほしい――――