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賢者は沈黙を囀る ⑥

手首を握り締めるローレルの腕が振り解けない、文字通り死力を尽くした腕力が俺を釘付けにする。

時間にして1秒あるかないかというその隙は、戦場においては致命的すぎた。

突然背後から感じた殺気に振り向いた時にはもう遅い、樹木で出来た杭が眼前まで迫っていた。


「ブルーム!!」


シルヴァの悲鳴が聞こえるが、回避は間に合わない。

やけにスローモーションで流れる景色の中、自然と杭の出所を目で追うと……繭の上に転がるローレルの腕から伸びたものだった。

この距離ではシルヴァもオーキスもフォローが出来ない、拘束された自分も同じく―――――



「―――――なるほど、このための自分だったんっすね」


「ああ、悪いな……出来れば出番がないのが一番だった」


稲光が走る。 それはまばゆいばかりの雷光を身にまとった魔法少女――――花子ちゃんの姿だ。

そうだ、花子ちゃんがこの短時間で回復した魔力はほんの少量。 とてもローレルとの決戦では持たないスタミナしかない。

()()()()()()()()()()()()()()()1()()()()()()()()()()()


「っ……!!」


「1秒――――最初から待っていたっす、あんたの意識から自分が完全に外れる瞬間を……!」


視認できないほどの速度で俺の頭を貫かんとする木槍が粉みじんに切り裂かれる。

1秒、いやきっとそれよりも短い一瞬に圧縮された魔力による亜音速で跳んで来た魔法少女の斬撃だ。 木製の槍などひとたまりもない。


「魔法少女ライナ、あんたが生み出した自業自得の魔法少女っス! ……それじゃ自分はこれで!」


「に、逃げるんだ!? 啖呵切って!」


「いいんだよオーキス、これ以上は花子ちゃんの魔力が持たない」


一仕事を終え、すぐさま繭の上から花子ちゃんが飛び降りる。

本人も歯がゆい思いだろうが、魔力が使えないほぼ無防備な状態をローレルにさらすのは危険だ。


「ブルーム、スター……抜け目のない子、ね……」


「ローレル、あんたを殺す俺を怨め。 あんたの目的は最初から破綻していたんだ」


「破綻? 冗談、ここまでどれだけの試行を重ねたと思って?」


「例え賢者の石とやらで命で作れたとしても、それはあんたの子供じゃない。 それは一番わかっているはずだろ!」


「だったら私のこの力は一体何!? 魔石に消えたあの子が遺してくれた、あの日から魔人となった私の力の意味はなんだというの!!」


……それは奇跡と呼ぶにはあまりにも残酷な置き土産だ。

母体の中で死亡した赤子が魔石となったことで、おそらく桂樹 縁に魔力の“毒”が影響した。

魔人ローレルが生まれてしまったのは完全な悲劇で、彼女はそれを仕方ないと納得できるほど愚かではなかったのだ。


「私は私のためにあの子をよみがえらせる、―――――それに、時間稼ぎももう限界ね」


「なにっ……!?」


突然、足元が揺れ始める。 地震などではない、それよりも直に揺さぶられる感触。

間違いない、俺たちが立っている繭が揺れ動いている。


「シルヴァ、オーキス! ラピリスの所に固まれ! 一体何をした!?」


「魔女たちから集めた魔力、始まりの10人から抽出した杖の結晶……それに核となる素材は揃ったわ」


腹を貫かれ、内部から肉を焼かれる痛みをこらえながらもローレルはなおも笑う。


「あなたの切り札は使わせた。 私の勝ちよ、ブルームスター」


《マスター、時間切れです! これ以上は……!》


ハクの宣告と共に、俺の全身を纏っていた黒衣が煙となって消えていく。

俺の変化を見届けたローレルは自身の勝ちを確信したのか、その身体からずるりと力が抜け落ちて行った。


「あなたには、殺されないわ……ブルーム。 賢者の石があれば、あの子と一緒に……」


「ローレル! お前は―――――」


「駄目だ盟友、下がれ!!」


いつの間に駆け寄って来たシルヴァにマフラーを掴まれ、引き戻される。

崩れ落ちるローレルを掴もうとした腕は宙を掠め、彼女の身体はひび割れる繭の裂け目へと落ちて行った。


「っ……! 悪い、助かった……」


「礼は後だぞ、今はラピリスの身が危ない!」


「なんだと――――?」


ラピリスの方へ振り返ると、その足元にはローレルと同じく巨大な裂け目が生まれている。

拘束されたまま、今まさにその裂け目に呑まれようとするラピリスを必死にオーキスが引っ張り上げようとしている。


「ラピリス! 踏ん張れオーキス、今行く!!」


「ぶ、ブルームぅ……ちょっとこれ、3人がかりでもきついかも……!」


シルヴァと共にすぐさまオーキスに加勢するが、ラピリスの身体はピクリとも持ち上がらない。

繭の中にある何かに引き寄せられるかのように、凄まじい力が彼女の身体を引きずり込もうとしている。


「め、盟友……! このままでは、我々ごと引きずり込まれるぞ……!」


「ぐっ……離して、ください! ここで全滅してしまえば元も子もありませんよ!」


「離すかバカ! お前ひとりを犠牲にしろってか!? クソ、あれは使えないのか!?」


《駄目ですー! さっきからずっとタップしていますけどまるで反応しません!》


今のままでは馬力が足りない、ずるずると裂け目に向かって引きずり込まれるばかりだ。

しかし頼みの綱である赤いアイコンはこの期に及んでも答えてくれないらしい。


「…………ブルーム!」


「なんだ、離せっていうなら意地でも断るぞ!!」


「私のペンダントは持っていますか!?」


「そうか! 待ってろ、今返す!」


3人で足りないならラピリスも協力してもらうしかない、二刀の状態で出力を上げればこの引力からも脱せる可能性はある。

胸元にしまい込んでいた彼女の強化媒体を取り出す……が。


「いえ、返す必要はありません。 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


「…………は?」


「ブルーム―――――信じてます」


それはあまりにも意味不明で、言葉足らずのメッセージだった。

伝える時間も余裕もなかったのかもしれない、ラピリスは最後にその言葉を残して―――――自ら手を離し、繭の底へと落ちて行ったのだ。

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