賢者は沈黙を囀る ②
「―――――っと、なんとか戻って来たな」
《はーい、周囲に敵影なし。 魔女の襲撃も植物も無いですよ》
3人を連れ、羽箒で戻った地上は相も変わらぬ様子だ。
俺たちが地下に引きずり込まれた現場にはすでにローレルの姿はなく、大規模な崩落の痕だけが口を開けていた。
「花子ちゃん、体調はどうだ?」
「へ、平気っす……あとリミットまで数分で復帰するので……」
重量オーバー気味の箒の上では、シルヴァに抱えられた花子ちゃんが米俵の如く担がれている。
前借した魔力の代償、マイナスからゼロまで魔力が回復するまで彼女が動けない。
時間を操作するという強大な魔法の代償としては優しい方か、それでもこの東京で身動きが出来ないのは致命的だ。
「けど、待ってる暇はないよねぇ……ブルーム」
「ああ、分かってる。 流石にあれだけデカけりゃ嫌でもな」
「うむ……我でもわかるぞ、“あれ”だな?」
3人の視線が遠い景色の一点に集まる。
ローレルが俺たちに追撃を放って来なかった理由、それはすでに間に合ってしまったのだろう。
彼方に見えるあれが何かは分からない、だがローレルが拵えたものであり、この事件の真相に迫るものであることは分かる。
―――――へし折れたスカイツリーの上部に顕現した、巨大な繭のような物体が。
――――――――…………
――――……
――…
「……っ、ぐ……!?」
耐えがたい苦痛によって乱暴に意識が起こされる。
冷や汗が止まらない、何か悪い夢を見ていた気がするが……肝心の内容は忘却の彼方だ。
私は一体、夢の中で何を見ていた……?
「――――あら、お目覚め? 随分とうなされていたようじゃない」
隣で木の幹に腰かけたローレルがほほ笑む……が、何だかその表情には血の気が通っていない。
よく見れば浅い呼吸を繰り返し、疲弊しているようにも見える。
隙だらけにも見えるがあいにく私は両手足が強固なツルで拘束されて動ける状態ではない。
「……そちらこそ、随分とお疲れのようですね。 年ですか?」
「ふふふふふふふ、冗談を言える余裕があるなら大丈夫ね。 でもそうね、気分はすこぶる悪いわ」
「私にやられた傷がうずくから……という訳でもないでしょう、本体の貴方は無傷のはずだ」
100から先は数えていないが、私は相当数のローレルを斬り捨てた。
だが結局は一太刀たりとて本体である彼女には届いていない。 すべてが寸分たがわず見分けがつかない偽物の木偶人形だ。
魔力も見た目も動きの癖も、全く同じ。 物量戦はこれまで何度も経験してきたが、生成速度と質が桁違いすぎる。
「もちろん、随分と多くの“私”を斬り捨ててくれたようだけど、もったいないからあれらは地下で再利用させてもらったわ。 お蔭で良い足止めになった」
「足止め……」
「ブルームスターたちよ、少し計算違いもあったけど計画は万全に終わった……私もこの子のためにほとんどの魔力を捧げたところ」
「この子とはまさか足元のこれですか?」
拘束された状態で辛うじて動かせる首を足元に向けると、地面はアスファルトではなくきめ細かい絹のようなもので構成されている。
周囲の景色と吹き付ける風の強さから見て、この場所は相当な高所のようだ。
「東京タワー……いや、スカイツリーですか。 そして足元の繭に魔女たちからかき集めた魔力を全て注いだと」
足元の繭は気のせいか微かに脈を打っているように感じる。
ローレルが振りまき、鼠算式に全国まで拡散した魔女全ての魔力……それがもしこの繭に全て注がれているとしたら、あまりにもぞっとしない話だ。
「ええ、もうじきよ……もうじきで私の望みが叶う……あの子に会える……!」
「………………」
ドクターが話していた通り、やはりローレルの目的も「死者の蘇生」にあるのか。
膨大の魔力を使い、失われた命を取り戻す……わからない話でもない、魔力学の権威なら実行できるだけの知識と技術もあるのだろう。 だけど、それでも解せない。
「なぜ、私を拘束しているのです。 邪魔になれば斬り捨てれば良い、ここまでの事をしでかしておいて子供を殺すのが嫌だというのなら、どこかに捨て置けばいいはずだ」
「それがそうもいかないのよ、ラピリス」
ゆらりと立ち上がったローレルが、胸の間から鎖でつながれたアクセサリーを取り出す。
それは私が二刀を扱うために使う、ドクター作の強化ペンダント――――
「あなたがドクターの事を信用してくれて助かったわ、私と彼女が繋がっていると知った後でもこのペンダントを手放さなかった」
「あなたは……その時からすでにこの計画を考えていたのですか」
「あなたが予想しているよりずっと前よ、ラピリス。 私がローレルになったのは10年前、その時からこつこつとあらゆる手段で魔力を集めて来た」
ローレルがペンダントを投げ捨てる、繭の上を何度か跳ねたペンダントはそのまま下界へと転げ落ちていく。
恐らく壊れてはいないが、ローレルの手中から奪い返す隙も消えてしまった。
「あなたみたいな好戦的な魔法少女の人工杖から少しずつ魔力を吸いあげて、始まりの10人に連なる魔法少女達の杖だったものすら材料にして……ようやく、材料は揃ったわ。 ここまでペンダントを使いこんでくれてありがとう、実によく馴染んだでしょう?」
「馴染む? 何を、仕掛けていたんですか?」
「ごめんなさいね、葵ちゃん……あなたにはこれから死……いえ、生まれ変わってもらうわ」
ローレルが、嗤う。 それはこれまで見せていた余裕のあるような表情ではない、狂気を孕んだようなうつろな瞳。
「あなたを使って―――――“賢者の石”を、これより為す」
笑っているはずなのに、どうして彼女の顔つきは……どこか諦観したものに見えた。




