鬼さんこちら ⑦
「シルヴァ、花子ちゃんの様子は!?」
「大丈……夫ではなさそうだなぁ! 白目をむいて痙攣しておる!」
「外傷は結構少ないねぇ、ただ血が足りてないや……というかこの格好……」
……少し、気を失っていた。
マフラーを枕として寝かせられた私の隣には、残り時間があまり減っていない携帯の画面がちかちかと光っている。
「み、皆……あいったぁ!」
「コラ、動くな! ええい、どこを怪我したのだ。 我の魔法では治せぬ傷も多いぞ!」
「お、おはよぉ……どうだったぁ、初めての魔法少女?」
「ま、魔法少女……」
呆けた頭を揺り起こし、自分の格好を改めて確認する。
襟の高い、分厚い割には羽毛のように軽い不思議なコート。 両手は真っ白い手袋に覆われ、足元は頑丈な革靴をいつの間にか履いている。
まるで某銀河を駆ける鉄道に乗った車掌のような……魔女の時に纏っていた灰色で簡素なワンピースに比べればとても豪華になったものだ。
「じ、自分が自分じゃないみたいっす……」
「大丈夫、すぐに慣れるよぉ。 ブルーム、そっちは?」
「魔石は無事だ。 けど……こんなもの別に放っておいてよかったんだぞ?」
洞窟の奥から闇を照らしてブルーム師匠が現れる。
彼女の手には藁人形型の消し炭が握られていた、それは魔石を持ち去ろうとしたにっくきあいつに間違いない。
「めーいーゆーうー、それは彼女の努力に報いた言葉ではないぞ」
「……そうだな、悪い。 助かったよ、花子ちゃん」
「う、うぇへへへ、そんなそんな……」
「わぁだらしない顔してる」
思わず綻ぶ顔が止められないのは許してほしい。
自分が魔法少女になったという実感は未だ沸かない、しかしこの胸の中には確かな達成感が残されている。
「で、気絶してた理由は? 敵にやられた割には負傷の具合がおかしいぞ」
「ああ、もともと瀕死から時間遡行させたので大分代償が重いのかと……」
「……何やらさらっととんでもないことをしているような気がするのだが?」
「まあ、魔法少女なんて皆そんなもんだ」
――――――――…………
――――……
――…
正直、見つけた時は心臓が止まるかと思った、死んでしまったかと思った。
たった一人でこの地下迷宮の中、彼女は魔石を守るために戦ってくれていた。
個人的な事を言えばそんなものより自分の命を大事にしてほしかったが、シルヴァにとがめられた通り、今は説教を垂れるような状況でもない。
《マスター、折角の魔石ですが……まさかこれを私に食い尽くせと?》
「ははは、折角後輩が命懸けで守ってくれたんだぞ。 お前は全部無駄にする気か?」
《あーはいはい、分かったわかったわかりましたよ! あーあ、ダイエット中なのになー!》
「お前にダイエットなんて概念あるのか……? で、どうすりゃいい」
《画面を魔石に押し付けてください、あとは私が頑張ります》
ハクの指示通り、起動したスマホの画面を巨大な魔石の表面に押し付ける。
すると、画面に触れた部分がみるみる光の粒子となってみるみるスマホの中へ吸い込まれていく。
そして見上げるほどのサイズだった魔石は、およそ1分も掛からずに吸収されてしまった。
「おおー……大丈夫か、ハク?」
《うっぷ……さ、流石に消化には時間かかりそうです……リソースへの還元は少しお待ちください……》
「無理すんなよ、それとなるべく早く頼んだ」
《矛盾していませんかねぇ!》
ハクが吐きそうな蒼い顔で魔石の消化を試みている間、少し手持ち無沙汰になってしまった。
枯渇しかけていた魔力がじわりじわりと満ちてくるのは感じるが、これはハクの言う通り時間がかかりそうだ。
少なくとも3人抱えて地上まで飛ぶ分の魔力が戻るまではどうにもできない、願わくばその間は襲撃を受けない事を願いたいが……
《……なんだか、おっそろしいぐらいに静かですよね》
「ああ、まさかあれで打ち止めって事はないはずだが」
花子ちゃんと合流し、今に至るまで……嫌になるほど見て来たマンドラゴラやツタによる襲撃が一切ない。
あれほど際限なく湧き出ていた以上、種が切れたと言うことはないはずだ。
シルヴァたちが周囲を警戒してくれているとはいえ、戦闘音さえないのはあまりにおかしい。
「ハク、お前はどう思う?」
《うっぷ……そうですね、考えられる理由としてはまず私たちを襲う理由が無くなったとか》
「時間稼ぎは十分って事か、悔しいが確かに上に戻るまでは時間がかかるな……他には?」
《あとはー……マンドラゴラたちに注ぐ魔力がもったいない、とか?》
「それはどうなんだろうなぁ?」
ローレルが操るならマンドラゴラたちの動力源もまた魔力、十把一絡げに蹴散らされるなら無駄な魔力を注ぐのは確かにもったいない。
だが相手には多くの魔女から吸収した多大な魔力量があるはずだ、今さら俺たちを足止めする戦力に注ぐリソースなど誤差みたいなものだろう。
《いやぁ、だからあくまで可能性の一つってだけです……うっぷす》
「おぉい、大丈夫か? ――――ん?」
《な、なんとか……って、どうしました?》
満腹の腹をさするハクの背後、ホーム画面に浮かんだアプリの1つにふと視線が流れる。
それは今まで何度も試したが一切反応がなかったはずのアプリ、“東京事変”の後に浮かんだっきり何も答えてくれない赤い姿への変身するためのアイコンだ。
……そのアイコンが今までと違い、気のせいか薄っすらと赤く色づいているように見えた。




