鬼さんこちら ⑥
瞬きの間に片腕が輪切りにされる。
纏わりつく少女を振り払おうと伸ばすツタはことごとくが斬り落とされる。
先ほどまでは辛うじて追えていた姿が、もはや残像しか捕捉できない。
……気のせいか、だんだんと速くなってはいないか?
「――――オオオオオオオオオオオ!!!」
気迫のこもった声だけを取り残し、私の肩にかけて袈裟に斬られた斬撃痕が刻まれる。
膂力と得物の質量こそ大したものではないが、そこに速度を乗せて無理矢理に威力を稼いでいる。
まずい、再生力が追いつかない。 こちらが失った腕を再生させるよりも速い斬撃が飛んでくる。
『グオ……オオオ!!!』
「その手はもう、食わないっす!!」
全身から隆起させたイバラの結界すら、彼女に到達することなく切り刻まれる。
数秒前より鋭さも、速度も、威力も増している、一秒一秒を重ねて段々と彼女のスペックが引き上がって行く。
先ほど本人が漏らした「39秒」という時間、そして魔法少女という点から見ても異常な速度……
「加速の魔法」、か。 先ほどまでのように磁力で誘引されている訳でもない、ただ単純に魔力を使って本人が加速しているのだ。
だが単純ゆえに対策が難しい、あの速度から免れるためには―――――
「逃がさねえしここで終わりっすよ!! 全身、全霊でぶったぎるッ!!」
どうにか距離を置いて逃げようとした矢先、彼女の剣が雷光を放ち、さらなる加速を見せる。
まずい、と思った時にはもう遅い。 今度は腕だけではなくつま先から頭のてっぺんまで賽の目状に斬り降ろされていた。
――――――――…………
――――……
――…
私の魔法は、簡単に言ってしまえば「未来の前借り」だ。
魔法を使う「時間」と使うだけの「魔力」を先に設定することで、指定した時間をかけて指定しただけの魔力を消費する。
そしてこの際に消費する魔力は私が持てる最大値を超えてもいい。
「ハァ……ハァ……ハァ……うぉえぇ……!」
体から零れ堕ちるのはごく短時間で消費された魔力の残滓、絞り尽くされた“私の魔力だったもの”だ。
一度起動した魔法は設定時間が経過するまで自分の意思ですら止められない、そして私の限界を超えて消費された魔力の代償は……
「から、だが……死ぬほど、いてぇっす……!」
≪あー、流石に1分で全力超え過ぎたな。 ここのリミットも慣れて行かねえとな≫
≪うへぇ、こちとら見てただけで目が回りそうデス……花子は無事デスか?≫
「見ての通り、代償の履行中っす……!」
魔力の貯蔵量に個々の限界があるように、一度の放出できる量にも限界はある。
自分の魔法少女としての力は壊れた蛇口の如く放出量の限界を超えて魔力を放ち続ける。
その結果得られるのが「自分自身の経過時間の加速」というトンデモ効果なのだから、相応の対価と言えばそうなのだろう。
≪全身の痛みは体を酷使し過ぎ、ネックなのが……魔力の枯渇よねぇ≫
「ぐぬぬ、変身してるのに一切魔力が使えないこの感覚……」
自分の新たな変身媒体……携帯電話の画面を開くと、そこには刻一刻と数字が減って行くタイマーが見える。
およそ30分ほど、これが私が前借した魔力の取り立てだ。 この数値が0になるまで私の魔力は回復せず、ほぼ無力の状態となる。
「でも、初陣にしては……なかなか……」
≪まあよう頑張ったわ、お疲れさん。 それで肝心の魔石はどこ行ったん?≫
「……あ、そうだった。 結局あれを取り戻さないと元の木阿弥……!」
≪おいおい、間違って全部切り伏せちまったわけじゃねえよな?≫
セキさんの問いかけに首を振る。 確か最後に斬り伏せた瞬間、あの藁人形は魔石を持っていなかった。
だから斬撃に巻き込んだ可能性は低いが……だとしたら疑問が1つある。 あの魔石はどこに行った?
『―――――ギ、ギ……』
洞窟内に反響し、小さなうめき声が聞こえた。
続いてゴトリ、と何が動く……それは、この薄暗い洞窟の中でもわずかに輝いて見える紫色の魔石だ。
それがひとりでに動いている。 ……いや、よく見れば魔石の下では手のひらサイズの藁人形がその巨大な質量を支えて立っていた。
「……はっ!? な、、えっ……!?」
『ギギギッ!!』
小人形もこちらに気付いたのか、魔石を抱えて急いで逃げ去る。
とんでもない馬力だ、あれだけ大きな魔石を抱えているというのにみるみる距離が離される。
「せ、セキさん! 10……いや、あと5秒だけください!!」
≪だめだ、まだ最初の代償が終わってねえ!≫
「だったらこのまま逃がすしかないんすか!?」
軋む体を動かし、はいずって追いかけるがとても追いつける速度じゃない。
駄目だ、ここまで来たのに努力が全部無駄になってしまう。
携帯画面に表示された残り時間はあまりにも長い、待っている暇はどこにもないというのに。
「なんで、どうして……! あと、もう少しだったのに!!」
「――――ああ、そうみたいだな。 お蔭で間に合った」
走り去る藁人形に向かい、届かない掌を伸ばす私の頭を誰かが撫でる。
視界に舞い散る火の粉と、箒。 ……そして、逃げる藁人形の背中が炎であぶられ炭と化した。




