鬼さんこちら ②
体が冷たい、血を流し過ぎた。
遠ざかりそうな意識を気合いでのみ押しとどめ、足裏の感触すら乏しい歩を進める。
ごめんな、花子。 お前の身体に随分傷つけちまった。
「その代わり、だ……お前の望みは、オレらが……!
『ゴア……!』
デカブツが唸る、オレたちの方を睨みつけながら。 あいつはオレたちの事をどう見て何を思ってやがるのか。
あの図体のせいで狭い道が通れない分、こんなフラッフラな状態でもなんとか距離を離されずに追いかける事が出来る。
問題はこのまま追いかけっこを続けたところでこちらに勝ち目はねえって事だ。
『おい、阿呆。 そろそろ代わりや、お前ひとりで無茶し過ぎやで!』
「うっせぇ……俺はまだ……」
『阿呆、お前までくたばったら花子が悲しむやろ!!』
「はっ、オレたちに死なんてあるのか……?」
元は花子の魔法で生まれた存在だ、死ぬとしたら花子が魔女としての力を失った時だけだろう。
だからこそ全力で彼女を背を押すことができる、臆病で泣き虫なオレたちのダチを。
「体はオレが動かしてんだ……いいから、テメーらはその間に何とかあいつを止める手を考えろ……!」
『ああもう、無茶を言うデスね! 作戦参謀!』
『う~ん……万全ならまだしも、今のままだと先に花子の身体がダメになりそうね』
『……セキ、いくらお前が気張っても花子が先に倒れたらしまいや。 残された時間は多くないで』
「分かってらぁ……!!」
1つだけ不安がある。 例え追いついたとして、魔石を取り戻したとして俺たちに“先”はあるのか?
花子は既に戦意を失いかけている、それに身体はボロボロだ。
怪我は治療方法こそあるが、それでも失った血や魔力が戻るわけでもない。 あのデカブツを追っているのはほとんど意地だけだ。
「……はっ、考えんのは、オレの仕事じゃなかったな……」
――――――――…………
――――……
――…
色あせた世界の中でここ最近の映像が走馬灯のように駆け巡る。
私はそれを傍から眺めているだけだ、まるでそれは人気のない映画館でつまらない映画を眺めているようで。
およそ1ヶ月ほどだが、セキさんたちがやってきてからすごく濃密な時間を過ごせた。
「…………たった、1ヶ月」
これは私が見ている夢か、それとも本当に走馬灯なのか。
何となくわかる、今セキさん達が動かしている私の身体に何か異常が起きていると。
しかしそれでも私はこの夢から覚める気になれない、このままずっと決定を先延ばしにしたい。
魔法少女事変が解決されれば、セキさん達と会えなくなる。
うすうす感じていたことだ、分かっていたことだ、だけど……
「……どうにか、セキさん達と繋がったまま……」
十分落ち込んだ、ショックを受けた。 だから今は考えなければならない、その為に時間は欲しい。
私の身体はいくら傷ついたってかまわないんだ、私はあの4人を信じている。
弱音も泣きごとも全部吐き出したんだ、あとは絶対にあんな年増の思い通りにはさせない。 させたくない。
「つってもどうすりゃいいんすかね~~~!! ええと、セキさんたちは私の魔女としての力にリンクしてて……!」
わちゃわちゃの頭の中を整理しようと髪の毛をかき乱しながら情報を並べて整理する。
セキさんたちは私が魔女化の錠剤を飲んで生まれた、だから私が魔女を辞めてしまうと消えてしまう。
魔女の発生源はローレルだ、だからローレルの悪行を止めたら魔女の生成元は途絶えてしまう。
「……私が魔女である限りは」
例えば、ローレルのように魔女化の錠剤を生成できるならセキさんたちともまだ戦える。
しかしそれは無理だ、製造方法なんて分からないし万が一可能だったとしても魔法局に止められる。
そもそも私がそんな真似したくない、お姉ちゃんを酷い目に合わせた薬なんて……
「―――――お姉ちゃん」
……頭の中に一つ、可能性が浮かんですぐに潰えた。
駄目だ、“それ”の可能性は最もない。 私には駄目だったんだ、出来なかった。
私はお姉ちゃんみたいにはなれないんだ。
「どうしたらいい……? 考えろ、考えろ、考えろ……!」
頭の中に選択肢が浮かんでは消える。 セキさんたちとこれからも暮らすことは大前提だ。
どうすればその未来を掴み取れるか、必死に可能性を模索する。
……こんな時、魔法少女ならもっと簡単で頭のいい考えが浮かぶのだろうか。
駄々をこねずに主目的を果たせばいい、いつか来る別れだと割り切ってしまえばいい、ローレルを叩きのめして解決策を聞き出せばいい。
うだうだ言わずスマートに解決する手段はほかにいくらでもあるはず……だけど、私は醜く駄々をこねたい。
最後まであきらめないことぐらいは、私にだってできるはずなんだ。
「だけど、どうしたら……?」
指の先からどんどん体温が奪われていくのを感じる。
私の精神状況だけでなく、外の世界でも現在進行形で何かが起きているのは確実だ。
しかし今の状況で表に戻っても何も解決しない、頭の中で焦りとグチャグチャの感情が渦巻き続ける。
「――――ったくよぉ、様子見に来たらなにやってんだよ花子」
「…………ふぇ?」
蹲った頭を上げると、燃えるように赤い特攻服が私を見下ろしていた。