魔法少女は許さない ⑤
「分かっていたはずでしょう? あなたのその人格が生まれたのはいつ?」
『花子、耳を貸すな!』
無意識のうちに考えないようにしていた。
気づいてしまってはいけないと本能が叫んでいた。
「何を望んだ? あなたの心は何を求めた? その子たちは一体どこから生まれたのかしら」
『花子! おい!!』
その可能性がなかったわけじゃない、だけど確証がないからと言い訳がましく思考を止めていた。
ずっと一緒にいるのだと楽観視していた。
「あなたの魔法によって生み出されたのなら、魔女を辞めれば消えるのも道理でしょう?」
「―――――テメェ!!!」
セキさんたちとのつながりが消えるなんて、考えたくもなかったから。
「あらあら、焦って斬りかかるなんて私の言葉を認めているようなものじゃない?」
「うるっせぇ、それ以上花子に余計な事吹き込むと叩き切るぞ!」
『セキさん……セキさん!』
体の主導権を奪ったセキさんがローレルに再び肉薄する。
雷電をほとばしらせる剣の切っ先は、三度絡みつくツタによって遮られる。
しかも今度は電気の通りが悪いのか、中々焼き切れない。
『セキさん、本当なんすか!? 皆も、分かって黙っていたんすか……!』
「……言ったらお前、迷うだろ。 実際どうなるのかはオレらだって分からねえよ、けど可能性があるならお前には枷になる」
『だからって、黙ってるなんて……』
「よそ見している暇があるのかしら?」
ローレルの右腕が巨木のように変形し、セキさんに向けて振るわれる。
大質量を沿飲みに受けた体は神のように吹き飛び、洞窟の壁面に叩きつけられた。
「ガハッ! ゴホ……テメェ……!」
「私も無用な戦闘は避けたいのよね、面倒だから。 大人しく引いてくれないかしら?」
「馬鹿言うんじゃねえ、引いたところで事態は解決しないだろ」
「だからそのうち全部元通りになるって言ってるじゃない?」
「気絶した魔女は全員目覚めるってのか?」
「…………ふふっ」
ローレルは笑うだけで何も答えない。
そうだ、彼女は「魔法少女事変は終わる」とは言ったが、その後の犠牲者たちについては何も語っていない。
気づかれたことにバツが悪そうな顔をする彼女の笑顔は、実に邪悪なものに見えた。
「……やっぱテメェは信用ならねえ、ここでぶっ倒す」
「あらあら、ここにいる私といくら争っても意味はないわよ? 見ての通り、この私は木偶人形だもの」
そういいながら繋がったはずの自分の首を外して見せるローレル。
あれ自体は遠隔で操っているだけに過ぎないので本体にダメージは通らないということか、それでも私達は見逃せない理由がある。
「それとも、この魔石がそんなに大事なのかしら」
「……はっ、どうだかな」
「分かりやすい子ね、でもこんな上質な魔石を見逃すなんてもったいないものね……たとえば、疲弊した魔法少女の回復に使えそうじゃない?」
「性格悪いってよく言われんだろ、あんた」
「おあいにく様、猫を被ってる間は一度も言われたためしがないわ」
「そうかよクソッタレ」
すでにここに来るまでの連戦で皆疲弊している、ブルーム師匠の回復にはあの魔石が必要なのだ。
例え影武者でも目の前のローレルを倒さないといけない……けど、今の私にできるだろうか。
「花子、しっかり魔力を回せ! 気ぃ抜いてると死ぬぞ!!」
『わ、分かって―――――』
「隙だらけね」
ローレルが指を鳴らした――――と同時に今度は四方から鋭い茨が飛んで来た。
地面、壁、天井、どこにも逃げ場はない。 会話の最中にも全方位にツタを忍ばせていたのか。
『セキ、代われ! うちが全部薙ぎ払ったる!!』
「うるせえ、これぐらいオレ一人で十分だよ!!!」
当たれば串刺し、逃げ場はない。 少しでも判断が遅れれば致命傷だというのに、セキさんは襲い掛かる茨の隙間を掻い潜りながら、軌道上のものだけを最小限の動きで斬り捌いて行く。
勘にも近いその野性的な反応速度は彼女でなければできなかったものだ。
「あら、やるじゃない。 次は……」
「―――――させねえデス」
一通り茨を躱されたローレルが次の手を展開するよりも早く、その頭部の半分が吹き飛んだ。
茨の処理が終わった瞬間、入れ替わったタツミさんによる銃撃がローレルの頭部に着弾したのだ。
「……今度は銃、あと何人居るのかしら?」
「教えてやらねえデス、ハチの巣にしてやれば流石に止まってくれるデスかね?」
頭を半分失いながらも平気な顔をするローレルに向かい、不敵に笑うタツミさん。
私はその風景を他人事のように見ている事しかできないでいる。
『セキさん、たちは……自分が消えてもいいと思っているんすか?』
『……しょうがねえだろ、覚悟はしてたさ。 オレたちは所詮お前の空想だ』
『でも……』
『だぁーもう! でももだってもあるか! 良いか花子、お前がシャンとしてなきゃ姉貴も救えねえんだよ!』
『だって、私だけじゃ何もできない……!』
お姉ちゃんを失ったあの日から怖かった。
自分だけ取り残されたような孤独感、二度と目覚めないんじゃないかという恐怖。
だから望んだんだ。 こんな自分を引っ張ってくれるような隣人の存在を。
『お姉ちゃんが戻っても皆がいないと嫌だ! 自分は、まだ一緒に……!』
『……花子。 悪いな』
ガクン、と意識が揺れる。 睡魔に襲われたように景色がぼやけていく。
体は動いているのに、制御権が戻せない。 自分の、身体なのに。
『これはオレたちが決めた事だ、お前の望みを絶対に叶えるってな……だから、それまで眠ってろ』