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回診のヴァイオハザード ⑥

「君は病気だよ、ブルームスター」


ヴァイオレットから下された宣告が頭の中に反響する。

馬鹿な、俺が病気? そんなはずはない、この腹に空いた穴さえ塞がれば至って健康体だ。


「今までの戦闘映像を確認させてもらった、その上で言わせてもらうが君の戦い方は異常だ。 身を挺して他者を守るにも限度がある」


「……それがヒーローってもんだろ?」


「……なるほど、今ので何となく理解した。 そうやってありもしない誰かの影を追っているのか?」


――――やめろ。


「心の病気だ、自傷行為とも言えるような君の戦い方は確実にその寿命を削る。 だから教えてくれ」


やめろ、やめろ、やめろ。


「君は一体、その姿で“誰”を視ているんだ?」


「――――やめろっつってんだよ!!」


突如として拘束された両腕に黒炎が迸り、数秒と掛からず包帯を炭と化した。

身体に熱が奔る、燃える蹴りとはまた違うどす黒い熱が全身を蝕む。


よくもふざけた事をぬかしやがって、()()()()()()()


《……スター、マスター! 何やってんですかマスター!!》


「…………ハ、ク……? あれ、俺今何を考え……」


≪アスリート―――≫


俺が拘束から抜け出したのを見て、ヴァイオレットが素早くカセットを換えた。

不味い、完全にゲームが切り替わる前に後方に飛びのいて距離を取る。


≪―――ファイター・KO!! ……oh! ノーコンテスト!≫


「……チッ、射程外か」


芝生に黒い焦げ跡を残した跳躍は俺の想像以上に跳び、ヴァイオレットが展開したゲームフィールドから離脱したらしい。

なんだこれ、いつも以上に力が漲って……


《マスター、今はとにかく逃げる事だけに集中を!》


「っ……ああ、分かってるよ!」


胸元から取り出した羽で箒を作り、すかさず飛び乗ってその場から離脱する。

てっきりあの戦闘機のゲームに切り替えて追ってくるかと思ったが、振り向いても彼女はただこちらを見上げて見送るばかりだ。

現場の後処理を優先したのか? ……ともかく今はその判断に助けられる。


だが次に会ったら必ず―――


「―――……」


《……マスター、大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ》


「いや、大丈夫だ、問題ない……」


そう、問題はない、いつも通りだ。

俺はどこもおかしくなったわけじゃない、だから大丈夫だ。



――――――――…………

――――……

――…



「……あっ、陽彩君! 良かったぁ、戻ってきて……どうしたんですかその怪我!?」


「いやー急いだせいで派手にすっ転んでしまって……」


病院へ戻ってみると、受付フロアにはヴァイオレットの帰りを待つ縁さんの姿があった。

俺の体には半端に受けた治療じゃ誤魔化しきれない傷が手酷く残っている。

特にツタの内部を無理矢理突き進んだ時に出来た擦り傷や打撲跡が酷い、空気に触れるだけでヒリヒリする。


「きききき救急車ー! めでぃーっく!!」


「ここが病院っすよ、それよりアオ達は?」


「あっ、はい。 魔物が居なくなったおかげで今はかなり症状も落ち着いています、既に命の危険がある段階は超えたのでこれで……これで……ふええぇぇ」


「あーもう、大の大人が泣かないでくださいよ」


そこで緊張の糸が途切れたのか、彼女はメガネを濡らしてぽろぽろと涙をこぼし始めた。

そしてアオ達の無事を確認した俺の体にもどっと今までの疲労が襲ってくる、体が鉛のように重い。


「……それじゃ縁さん、後のこと頼みます。 こんな恰好じゃアオ達の前にも出られねえや」


「そんな、気にしないで良いですよ! きっと葵ちゃん達も喜んで……」


「すっ転んでケガしたなんて恥ずかしくて言えないんすよ、俺と縁さんだけの秘密にしてくれません?」


「あー……なるほど、陽彩君もやっぱ男の子なんだぁ、ふふふっ」


何かを察して、口の前に人差し指を立てるジェスチャーと共に彼女が悪戯っぽく笑う。

見る人が見ればかなり魅力的に見える仕草だ、計算ずくか天然か……。


「じゃあ自分もう一度店に戻って着替えてくるんで……」


「ええ、一応被害の収束を完全に確認できたわけじゃないのでお気を付けて!」


縁さんに見送られ、病院を後にする。 限界だ、もう体が限界だ、腹からこぼれた分の血が足りない。

だからって道端に行き倒れる訳にもいかない、ふらつく体に鞭を打って何とか店まで辿り着く。

鍵を開け、店内に一歩踏み入ったところで完全に力尽きて前のめりに倒れ伏した。


《ちょっ、マスター!?》


「も、もう限界……」


次第に意識がグラグラ揺れる、今まで誤魔化してきたダメージや疲労が一気にぶり返してきた。

少しでもいい、このまま意識を手放して……回、復……を…………


《マスター? ……あーもー、せめてベッドで寝てくださいよー!》


同居人の愚痴を最後に、俺の意識は睡魔の中へ落ちて行った。




――――――――…………

――――……

――…




『……ねえ、お兄ちゃん』


……夢を見た、懐かしい夢だ。

それは、まだ家族が誰も欠けずにいた頃の夢。


『ねえお兄ちゃん。 私ね、魔法少女になったんだ』


これは月夜の声だ、忘れるはずもない妹の声。

……ああ、そうか。 俺はまたこの夢を見ているのか。


『すごいでしょ! 私ね、魔物を倒して、たくさんの人を助けて、それで……』


妹の両手が俺の首に回る。


『――――お兄ちゃんに殺されちゃった』


首に回された掌に力がこもる、いつの間にか土気色に染まった両腕は所々が腐れ落ち、骨や肉が剥き出しになっている。

そうだ、七篠月夜はあの時死んだ。 俺をかばって、()()()()()()()()()()


あの時正しく俺が死んでいれば、生き残ったのが月夜ならどれだけ良かっただろう。

家族は今も平和に暮らしていたはずだ、母さんも気に病む必要なんてなかった、無能な兄が生き残って一体何が出来たというんだ。


……月夜なら、もっと上手く救えたんだ。


『だからね、お兄ちゃん―――』


それは一生俺の頭から離れない最期の言葉。

いやだ、やめてくれ、その先を言わないでくれ、だって俺は――――




――――――――…………

――――……

――…



「……さん、おに……ん……おにいさん、おにいさん!!」


身体を激しく揺すられる衝撃で目を覚ます。

寝ぼけ眼をこすり、ぼやけた視界のピントを合わせると病衣を着たままのアオが泣きそうな顔で俺に馬乗りになっていた。


「……なんて顔してんだ、アオ……」


「それはこっちのセリフですよ! 何ですかこの怪我、どうしたんですか!? 私、私のせいで……」


アオの顔色はまだ青白い、服も着替えずここまで飛ばしてきたのか。

縁さんがうっかり喋ってしまったな? おのれあのエセ学者臭いガチ学者ウーマン……


「心配すんなって、ちょっとすっ転んだだけだよ。 こんなの放っとけば治るよ」


「うううぅぅ……だって、おにいさんの顔が……!」


「元から火傷もあるしこれ以上酷くなる面じゃないっての、泣くな泣くな」


ここでハンカチの一つでも差し出せたら格好いいんだけどな、残念ながら手持ちも涙をふく気力もない。

今は黙って頭でも撫でて……いや、待て。


「……アオ、まさか病院を抜け出してきたわけじゃないよな」


「………………チャント退院ノ許可ハ貰ッテキマシタヨ?」


眼を逸らし吹けない口笛を吹かしながら応えるアオ、そうかそうかつまり君はそういう奴だったんだな。 

俺は撫でようと構えた腕でアオの頭を鷲摑んだ。


「嘘をつくな! お前本当に危ない状態だったんだからな、無理せず病院に戻れ!」


「それを言うならお兄さんだって酷い怪我じゃないですか、一緒に戻りましょう! そして一緒の病室に入りましょう!」


「俺は良いんだよ! 今病院は花粉の患者で手いっぱいだろ、煩わせられるか!」


「そんなの関係ないですよ! 政府のコネを嘗めないでください!!」


「んな事に使うな政府パワー!!」


その後、しぶしぶと言った様子でアオが病院に戻ったのは1時間後の事だった。

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