蛇蝎の如く ⑨
後悔はしている、憧れは憧れのまま止めておけばよかったんだ。
友達に誘われ、怪しい錠剤を飲み下し、夢にまで見た魔法少女になって掴んだ結末がこれなのだから笑えない。
私を誘ってくれた友達も今やベッドの上だ、これが報いだというのならば最後に仇花咲かせて受け入れようじゃないか。
「わ、わーはっはっは! どうしたデカブツ、私一人殺せないのかぁ!?」
『ゴオオオオオオオオオオ!!!』
私は結局のところ、魔法少女ごっこがしたかっただけなんだ。 テレビに映るような華やかな部分だけをつまみ食いしたかった。
こんな恐ろしい裏事情を知りもしないで、ただみんなに愛される正義のヒロインになりたかった。
私はただ何の成長も努力もしないままちやほやされる結果だけを欲しがった。
「……チックショー!!」
この期に及んで震える脚を叱咤し、さらに怪物へと接近を試みる。
足元には細かい障害物が散乱している、もし全力疾走している最中に何かに引っかかって足をくじけば致命的な隙をさらすことになる。
もはや後退すらも許されない。 汗の滲む掌で銃のグリップを改めて握りしめる、酷く喉が渇いた。
『ゴオオオアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
「お前のうるさい声も……聞き納めだ!!」
その距離残り3m、もうじき射程圏内だ。
だがその分だけ相手の間合いに踏み込むという事だ、今度は飛距離のラグなどないまま、シルヴァを斬り裂いた爪の一撃を直で味わう事になる。
「だけどそれがどうしたぁ!!」
こちらは今カードの引きが良い、「魔術師」で強化された火力なら押し切れる。
乱射する火炎弾をデカブツの顔面に叩きこみながら、足を止めずに距離を詰める。
あと3m――――2m―――――1―――――
『――――――グルル……!!』
……相手としても何もできずに接近されるというのは気持ちのいいものではないらしい。
黒煙の向こうからギラリと鋭い眼光が光る。 同時に、私の背後から飛んで来たのは巨大な鉄杭――――いや、それは蛇の尻尾だ。
伸縮性のある尻尾を伸ばし、障害物を迂回して私の死角から襲ってきたようだ。
「おま、なんて器用な事してくれてんだぁ!?」
「バレッ……タァ!!」
このまま脳天串刺しか、と思われた矢先。 シルヴァの声と共に飛んで来た紙飛行が私と尻尾の間に割り込む。
そのまま尻尾に触れたその瞬間、紙飛行から展開されたのはこれまで何度も私達を守ってくれた見えない障壁。
急ごしらえのそれは尻尾の刺突を押さえきれるものではないが、それでもコンマ数秒の間だけの隙を私にくれた。
「あ、ありがとうシルヴァぁ!!」
シルヴァが切り開いてくれた時間は値千金の価値がある、その間に踏み込んだ一歩でようやく怪物に肉薄した。
あらためてここまで近づくと、思った以上にデカい。 口から漏れだす熱線はもはや私でもわかるほどの魔力……いや、熱量を帯びている。
ゆらゆらと揺れる陽炎は熱線が帯びる威力を厳かに語っている。 この近距離で放たれれば最後、私は塵も残らない。
「へへ、うっへへへあはは……こ、この距離ならもう尻尾も爪も関係ないなぁ……!」
もはや怖すぎて感情がおかしくなってきた、涙腺がぶっ壊れるぐらい泣いてるのに口からは笑いが止まらない。
だがデカブツの足元に潜り込んだこの状態なら腕も尻尾も振り回せないのは確かだ、アドバンテージはこちらにある。
―――――そう思っていた。
「……あぇ?」
ふと、下から上へ風が吹き抜ける。 そういえばこの東京に来てから風なんて一度も感じていなかった。
それがなぜ今になって突然……いや、原因は分かる。 分かっている、ただ現実に脳の処理が追いついていないだけだ。
跳んだのだ。 あの巨体がアスファルトを蹴り、宙に。
「う、嘘だろォ!?」
距離を取るのは読めていた、ここまで肉薄されたら相手としてはまともに攻撃が当たらない。
だから無理やりにでも後退して距離を取るはずだ、そこまでは私だって考えていたさ。
だけどまさか跳躍するとは思わなかった。 奴の口からは今か今かと放たれる瞬間を待つ熱線が顔を覗かせている、あの怪物からすればまさに虚を突いた絶好の機会で――――
「……ここまで読んでいたのか、シルヴァ!?」
――――その後頭部が、ドーム上に展開された障壁にぶつかった。
『グッガァ!?』
怪物が苦痛とも驚愕とも思える鳴き声を零す。 地上から1mにも満たない高さで阻まれた体が再び落下した。
シルヴァは相手が宙に逃れることまで読んでいたのだ。 あの紙飛行には2枚の紙が重なっていた。
1枚は咄嗟に私を守るためのもの、そしてもう1枚は私達を閉じ込めるために前もって書き上げた強固な障壁だ。
「……本当は、こんな真似はしたくないが……其方の考えが、我には読めてしまった……」
「あはは、ありがとうシルヴァ……この距離ならバリアで逃げられないなぁ!」
『グアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
怪物がいよいよチャージが完了した熱線を構える。
この密閉空間で喰らえばいよいよ逃げ場がない、だが私達はこの瞬間こそを待っていた。
勢いよく最後の切り札である「愚者」のカードを銃のスロットにスキャンする。
「……愚者は、その瞬間だけ極近距離に存在する魔力の波長を乱すだけだ。 ほんの一瞬だけジャミングして……魔力を暴発させるだけのカード」
『グ、ガ……!?』
怪物の口から洩れる熱線の光はどんどん輝きを増して行く、まるで今にも爆発しそうなほどに。
そうだ、愚者は魔力を“暴発”させる。 有効射程が短いうえ、殆ど自滅に終わるからずっとハズレ扱いしていた。
「だがお前は限界までエネルギーを貯め込み、私は“塔”の力で自爆寸前だ! こんな状態で魔力が乱れたらどうなると思う!?」
「グ、グガガ……!!」
「わーはっはっは! 一緒に爆ぜようぜェ!! 死ななきゃいいなぁ!!!」
もはやヤケクソじみた爆笑と共に―――――逃げ場のない障壁の中、1人と1体の体が景気よく爆発した。