悪魔の科学者 ③
赤く長く尾を引く炎、その軌跡に沿うように白くたなびくマフラー。
箒をサーフボードのように操り、空中を駆ける影を自然と視線で追ってしまう。
戦闘力のない私とは違い、襲い掛かるツタへ怯む事もなく、炎を纏った蹴りを打ち込む―――――あの魔法少女は一体誰だろう?
――――――――…………
――――……
――…
《マスター、押し負けてますよ!!》
「チッ、水気が多いな! 焼き切るのは無理だ、2人はどうだ!?」
《撤退完了です、こちらも1,2の3で引きますよ!》
「あいよ! いち、にぃのぉ……!」
3、とハクと声を合わせてツタから距離を取る。
炎を受けて若干勢いが弱まっていたツタだが、邪魔するものがなくなった途端に再び意気揚々とその触手を伸ばしてくる。
「ブルーム、耳塞いでなヨ!」
警告と合わせてとんで来たのは手のひらサイズのパイナップル……などでは当然ない。
「ばっかおま……お前ー!!」
一瞬の閃光を走らせ、手榴弾が炸裂する。
文字通り瞬間的な爆発力で言えば俺の蹴り以上だ、ツタの進行を抑えながら、合わせて爆風が逃げる俺の背を押す。
だが元から全速力の上に爆風で速度を上乗せされたこちらが制御できる限界を超える、そのままの勢いでアスファルトに突っ込んだ俺の体は2~3回バウンドしてようやく止まった。
「へぶっ! おぶっ! おま、ゴルドロスお前……!」
「アハハ、まあコラテラルダメージってやつカナ?」
「ぶ、ブルーム……来てくれたんだぁ」
気まずい顔をしたゴルドロスの背後からひょっこり現れたのは、忘れもしない顔だ。
魔法少女オーキス、東京の被害者であり現在はその身柄を京都に置かれていたはずだが。
「久しぶり……って、悠長に挨拶してる暇はなさそうだな、アンサーも無事で何よりだ」
積もる話はあるが、今は再会を喜んでいる暇も惜しい。
救助対象であるアンサーの無事も確認し、ひとまず胸を撫で下ろす……が、なんだか少し様子がおかしい。
「えっ、と……は、はじめまして? 助けに来てくれた魔法少女、よね?」
「…………あ、ああ。 そうだ」
はたして動揺は上手く隠せただろうか。
アンサーにかけられた言葉は予想していたもののはずだが、実際に面と向かって言われると心臓の鼓動が早くなる。
自業自得の結果とは言え、俺は今回どこまで忘れられたのだろうか。
「……色々と。 ええ、色々と言いたいこと聞きたいことはありますが、悠長に話す暇がないと言ったのはあなたですよ」
「あ、そうだった……で、これは一体何だってんだ?」
ドクターの体を抱えたラピリスに制され、意識を切り替える。
見上げた魔法局の姿は酷い有様だ。 元からギャラクシオンに破壊され、半壊していた建物だったが、その隙間からうぞうぞと蠢く夥しい数のツタが顔を覗かせている。
まるで建物全体が一個の生き物のような、悍ましい様相だ。
「ローレルの仕業、あやうく養分にされるところだったねぇ……」
「……ちょっと待ってください、何故ローレルが魔法局に」
「知らんぷりは出来ないよぉ、ラピリス。 桂樹 縁の正体がローレルだったってこと」
「っ―――――……」
それは空に登る火柱を目印に、合流したラピリス達から聞いた話だ。
だが信じたくなかった、何かの間違いであってほしかった。 オーキスの言う通り、ラピリスだって本当は分かっていたはずだ。
「それより、局長さん何とかしてほしいなぁ……致命的な所は“剥がした”けど衰弱してる」
「わわわ、真っ青通り越して顔色真っ白だヨ! シルヴァーガール、なんとかできるカナ!?」
「や、やっては見るが我も治療はあまり得意ではないぞ!」
「まずは局長を連れて一度体勢を立て直すべきだな、全員消耗が激しい。 周辺住民の避難も……」
「あっ、それなら局長さんが先に手打ってくれたって言ってました!」
アンサーがメガホンを振り回して周囲の民家を指し示す、改めて周囲を見渡してみると、明かりを灯して建物が一軒も見つからない。
草木も眠るような深夜とはいえ、流石にビルの1つにも明かりがないのはおかしい。
「車すら走っていないネ……本当に局長が手を回したかヨ」
「や、やる時はちゃんとやる人だったんだねぇ、触手に捕まらないうちにサッサと退こうか」
「ええ、今はとにかく体も頭も休めたい……ブルーム、頼めますか?」
「ああ、局長は俺が預かるよ」
応急処置中のシルヴァから局長の体を預かり、羽箒に乗せる。
脈はまだあるが顔色が相当悪い、こういう時こそドクターの出番なんだが。
「……急ぎましょう、2人とも一刻も早く休ませた方が良い」
「ああ……そうだな」
ドクターの体を抱えたラピリスと共に、俺たちは最寄りの病院へと駆けだした。
――――――――…………
――――……
――…
「……引いたか、まあそうよね。 流石にそこまでうまい話もないか」
弱々しい魔力が数名、魔法局から遠ざかって行く気配を感じる。
ドクターやトワイライトとの戦闘を越え、消耗を抱えたまま突っ込むほどあの子たちは馬鹿じゃない。
人質の一人でもいれば話も違ったのだが、残念な事に魔法局内はおろかツタの届く周辺にすら人っ子一人いないらしい。
「あーあ、やってくれるわね局長ったら……ならこちらも大人しくここで待ってやる義理はないか」
相手にはオーキスがいる、ならばこのまま悠長に構えていれば後手に回るだけだ。
正体がばれてしまったのならやり方を変えよう。 大丈夫だ、万が一の備えはまだある。
「どうせ待ち伏せの形になるなら地の利は生かさないとね、出来ればこのまま怖気づいてくれると嬉しいのだけど」
自分を過大評価するつもりもないが、私の裏切りはラピリス達にも相当な衝撃を与えるはずだ。
精神的なショックで戦意喪失……となればこちらとしても嬉しいが、その可能性は低いだろう。
私はあの子たちの事を熟知している、だからこそ必ず立ちふさがると信頼している。
「どれほど打ちのめされても、必ず立ち向かって来るでしょうね……ふふふ」
魔法少女は倒れない。
だからこそ私は油断も慢心もせず、万全の状態で迎え撃たなければならないのだ。