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回診のヴァイオハザード ②

「魔法少女ヴァイオレット、ただいまさんじょー……ああ、“ドクター”の方が通りが良いかな」


少女を包んだブロック状のノイズが晴れる、するとそこには一人の魔法少女の姿があった。

縁さんとは違う、シワ一つなく清潔感を感じさせる白衣、ただし袖口や襟元には紫色の四角いドット模様が施されている。

首には聴診器を下げ、ぼさぼさの黒髪をリボンで結い、彩度の低い瞳を眼鏡の奥に隠した魔法少女……


「……同じ白衣なのに縁さんより頼りになりそうだ」


「陽彩君!?」


「はいはい、頼りになるよぼかぁ。 それじゃちょっと退いてね」


少女は俺たちを退けて厳重に閉ざされた扉を開ける。

そのままクリーンルームの中で防毒マスクを身に着けると、2枚、3枚と扉を抜けてアオ達が横たわる部屋へと入室した。

……周囲の医者に比べればかなりの軽装だが、大丈夫なのだろうか。


「大丈夫です、咲ちゃん……いえ、ドクターが身に着ける白衣はあの場のあらゆる装備よりも高度な防菌・防毒性能を誇ります。 マスクですら念のための装備にすぎません」


「……あの子、ドクターって言っていたけど……アオたちがたまに話していた?」


「はい、ヴァイオレット……古村 咲(こむら さき)ちゃんは魔法少女の中でも希少な治療系の能力を持った子です。 彼女ならきっと葵ちゃん達を……」


「……ごめん、ちょっと外の空気を吸ってくるわ」


話の途中で顔面を蒼白に染めた優子さんが部屋を出て行く。

実の親としては娘のこんな姿は耐えがたいものがあるのだろう、無理もない。


「優子さん、大丈夫ですか? 俺も……」


「いい、あんたは葵に付いていて」


取りつく島もなく、職員に連れられて優子さんの姿がエレベーターの中へと消える。

今彼女の背を追っても意味はない、俺は黙って目の前の治療を見守ろうとして


「終わったよ」


「早っ!?」


振り返ると既にヴァイオレットがマスクを外して戻ってきたところだった。

アオ達の方に目を向けても依然変わりはない、まだ治ったわけではないのか?


「咲ちゃん、どう? 治る?」


「縁、この姿のボクはドクターかヴァイオレットと呼んでくれ。 ……まあ、結論から言わせてもらえば治療は不可能だ」


「っ……」


聞きたくなかった、それは予想していても突きつけられたくなかった現実。

優子さんもきっとこの事実を聞きたくなくて……


「じゃあ質問を変えるわ、2人を助ける方法は?」


「――――()()


「…………はい?」


治療は出来ないが2人の命は助かる? それは一体どういうことなのか。


「そう……やっぱり方法はそれしかないかぁ」


「だね、さてそこのよく分かってない彼のために解説をしよう。 彼女達の症状だがあれは中毒というよりもアナフィラキシーショックに近い」


「アナフィラキシーって……あのスズメバチに刺されて起きる?」


「そうだね、有名なのはハチ毒だろう、だが大抵のアレルゲンなら発症する可能性がある……例えば花粉などでもね」


「花粉? まさかアオ達が喰らったのは……」


「魔物が放つ花粉、とボクは見た。 彼女達の体に浮き出る緑色の斑点があるだろう? あれは植物の葉緑素だ、どういう訳か体細胞が葉緑素に侵食されている」


あれほどアオ達を苦しめているものの正体、それがまさか花粉だったなんて……

いや、正体がわかったのは喜ばしいはずだ、しかしそれならなぜ治療が出来ない?


「アナフィラキシーショックに対する明確な特効薬はない、原因が魔力由来なためか従来の治療方法も効果が薄い。 このままショック状態に陥れば命は保証できないな」


「そんな、何か方法はないのか!?」


「だからあるってば、原因が魔物ならそいつを倒してやればいい。 魔物が死ぬと脱落した羽毛や体液が消滅することは確認済みだ」


「……あっ」


そうか、そういうことか。

魔物の花粉を摂取して発症したのならその魔物さえいなくなれば……


「彼女達の体内に残留する花粉も消滅、アレルゲンに対する免疫反応も治まるだろう。 ただし時間が勝負だ、今回はボクが出よう」


「うえぇっ!? あ、あのあのっ! ドクターは貴重な治癒魔法の使い手なのであまり前線には……」


「そんな事言っている余裕はない、他支部からの救援を待つか? 手続きから到着・魔物の討伐まで何時間かかる? それともあれか、ボクが居なくなるくらいなら彼女達に死ねと?」


「……グゥの音もありません」


やはり同じ白衣姿のはずなのにまるで印象が変わって見えるな。

ヴァイオレットに比べて縁さんが小さく見える。


「というわけだ、場所は確か西にある山中だったな? 詳しい情報は後で添付してくれ、ボクは先に行く」


「山の中に魔物がいるのか?」


「……忠告しておくが君にできる事は何もないよ、魔物の相手はボク達の仕事だ。 大人しく家で待っていてくれたまえ」


ヴァイオレットはこちらに釘を刺すと足早にエレベーターの方へと歩いて行く。

……確かに「俺」ができること何もないだろう、ここからは魔法少女のターンだ。


「縁さん、俺もちょっと外の空気を吸ってきます」


「分かりました、くれぐれもお気をつけて……」


意気消沈の縁さんを尻目にこちらもエレベーターへと向かい歩く。

2人の容体は一刻を争う、のんきにヴァイオレットの帰りを待ってはいられない。

ポケットの中にあるスマホを握り締め、出口へ向かうと……先に出て行ったはずの彼女と鉢合わせた。


「うおっ!? ば、ヴァイオレット!?」


「……前言撤回だ、どこにも行くな。 君達はここにいろ」


「………………はい?」


その表情には苦虫を噛み潰したかのような何とも言えない感情がにじみ出ている。

一体地上で何があったのか……



――――――――…………

――――……

――…



地上、つまり病院の1F。

受付フロアの周囲にはマスクをつけた患者が数えきれないほど集まっていた。

盛況なんてものじゃない、その数と雰囲気は異常だ。


「……ドクター、これは一体どういうことですか?」


「縁、ボクらは一つ失念していた。 患者は魔法少女だけじゃなかったんだ」


「これが全部魔物の仕業だってのか!?」


「ああ、ラピリス達に比べれば程度は軽いが症状が似ている。 特に肌に浮き出る緑の斑点が特徴だ、あれは病状の進行に比例し、次第に体を蝕んでいく」


確かにフロアに集まった患者には所々小さな斑点模様が見える。

山から飛ばされた花粉を吸いこんだだけでこの症状、それなら魔物と戦ってモロに浴びたアオ達がどうなるかなんて容易に想像のつくことだ。


「縁、TV局と連携して周辺住民への注意喚起を頼む。 この場の処置は任せてくれ」


そういうとヴァイオレットは虚空から電子端末の様なものを取り出す。

それはブルームスターがハクを呼び出す時の仕草に似ている、違うのは呼び出す端末がゲーム機ということか……ゲーム機?


≪――――オペレーション・ドクター!≫


ゲームの起動音と共に高らかにゲームタイトルが鳴り響く。

同時に一瞬だけ格子状のマス目が広がり……彼女の腰の高さほどしかない、デフォルメされた医者のような恰好をした小人たちが現れた。


「…………なにそれ」


「オペレーション・ドクターは医療現場を体感できるシミュレーションゲームだ、CERO:Aを謳う割にはリアルに合わせた難易度でコアなファンが多い」


「これがドクターの魔法なんですよ、特定のカセットを起動することで対応した“プレイヤーキャラ”を呼び出すことができるんです」


「な、なるほど……この人形みたいな奴らも医者って事か?」


「そういう事だ、という訳で頼むよ君達」


彼女がゲーム機を操作するとクモの子を散らすように小人たちが動き出す。

一般職員たちはその姿に一瞬動揺するが、すぐさま協力して作業を進めてみれば目に見えてその効率が上がって行った。


≪アラホラサッサー! 症状ノ軽イ人はコッチキテー!≫


≪担架運ブヨー! 凄ク運ブヨー!≫


≪オ熱計ッテネー! 常用シテルオ薬アリマスカー?≫


≪ヴェァハハハハ!! 花粉ノ感染者ハドコダァ!! ハァ゛!!≫


フロアに渦巻いていた不穏な雰囲気が徐々に薄まって行く。

なんだか1体うるさいのがいるが、これなら問題なさそうだ。


「……ちょっと、これは何の騒ぎだい?」


振り返ると呆れた顔の優子さんが立っていた。

この騒ぎを見て戻って来たのだろう、その顔色はまだ青白い。


「あっ、優子さん。 実は―――」


「――――待て、そこなご婦人。 悪いけど少し袖を巻くって見せてくれないか?」


「袖? 別にいいけど……」


「………………えっ?」


優子さんが腕を巻くって見せる……色白いその肌には、緑色の斑点模様が刻まれていた。

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[一言] 生のハゲがいるぞ! いねがああああ!
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