永遠にさようなら ①
私は恐らく、両親に愛されなかった。
物心ついた時には母親はおらず、その顔も覚えていない。
覚えているのは無駄に広い家の中に散乱するビール缶とゴミ袋、それといつも不機嫌なお父さんの顔だ。
「……邪魔だなぁ」
お父さんはたまに私の事を見て、鬱陶しそうに同じセリフを吐き捨てる。
お母さんと離婚した時に、お父さんは私を押し付けられたらしい。
一応、外聞を整えるための労力は使ってくれているが、その為の費用も馬鹿にはならない。
「お前がな、魔法少女だったらよかったんだよ。 そうしたら僕も金には困らなかった」
……魔法少女は“憧れ”だ。 自分の子供もそうであったならと希望を抱く親もたびたび存在する。
ただ、魔法少女の才能は後天的に生まれるものではない。 それでも、「だとしても」という希望は捨てがたい。
お父さんはもし私が魔法少女だったなら、という夢に縋りついていたかったんだ――――だって、そうすれば政府からたくさんのお金がもらえるから。
「頼むよ、死んでくれ。 俺のために命を懸けて稼げよ、なあ。 お前にいくら使ったと思ってんだ、せめてその金は返せよ」
お父さんの言葉には、どんな返事を返しても大抵殴り返された。
無理だ、出来ない、諦めて、ネガティブな言葉ほど痛い思いをする。 私はいつも、出来るだけ痛い思いをしないために言葉を選んでいた。
いつからだろうか、私は何かを喋る前に――――すこしだけ考えてしまう癖がついた。
「……ねえ、あなた。 魔法少女にならない?」
いつも通り、学校からの帰り道を一人で歩いていると、黒い恰好をした女性に声を掛けられた。
あまりにも怪しいその勧誘を断れなかったのは、「魔法少女」という言葉に私も少なからず引かれていたからだろう。
「――――……そうすれ……の……?」
「……? ごめんなさい、よく聞き取れなかったわ。 もう一度お願い」
「―――――そうすれば、お父さんは……私を、認めてくれるの?」
――――――――…………
――――……
――…
「―――――魔女になって、何が悪い……」
感情の読めない瞳で私を見下ろすブルームスターを睨み返す。
街頭に照らされ、赤く輝く彼女の瞳は妬ましいほどに強い光が灯っている。
「―――――必要な人間がいる……魔女が、魔力が、魔法が……だって、だって……!」
私とは違う、魔女ではない魔法少女。 彼女が妬ましい、全ての魔法少女が羨ましい。
本物である彼女達の存在が、所詮偽物でしかない私にとって劣等感を掻きむしる。
「―――――だって! お父さんは……私が魔女である間は、優しかった……!」
私が魔女としての仕事を全うするたび、ローレルはお金をくれた。
滅多な事がないと見る事もないその束を渡すと、お父さんはとても上機嫌になって褒めてくれる。
それだけで、その時だけは私はこの世界に居場所があるんだ。
「……で、次の台詞は何だ。 “お前に私の何が分かるか”ってか?」
「―――――っ!」
「分かんねえよ、話してくれねえんだからよ。 だけどまあ、なんとなく事情は分かったよ」
腕を振るえば、届く距離だ。 相手は変身すらしていない、一息の間に仕留められる。
なのに、腕が震える、握るナイフが鉛のように重い。 目と鼻の先の距離が、果てしなく遠い。
「トワイライト、お前は父親に利用されているだけだ」
「――――違う……」
「だったら何故だ、なんでお前の父親はお前を殴る? 何故変身している時だけ優しい? どうしてお前は……」
「違う――――違う、違う、違う!!」
出鱈目に投擲したナイフは的を逸れ、ブルームスターの腕を掠めてあらぬ方向へと飛んで行った。
これは、ブルームスターの魔法だろうか。 ただ相対するだけで呼吸が乱れる、精神が摩耗する。
「―――――――私は、あなたと違う! 魔法少女になれなかった、お母さんがいなかった、認められなかった! 魔女ですらなくなったら私には何も残らない、誰も私を見ない!!」
「……いるさ、お前を認める奴は。 ヴィーラたちはお前のことを心配していた」
「―――――……私は、彼女達を拒んでいたのに?」
「だとしてもあいつらはそんなこと微塵も気にしていなかったぞ」
「――――それでも、だとしても」
私は魔女と触れる事さえ拒み続けて来た。 だってお父さんが必要ないといっていたから。
仕事上の目的は一致しているとはいえ、いつでも斬り捨てられるようにしろと言われ、そうしてきた。
「だとしてもだよ、あいつらは根っからの悪人じゃないんだよ。 お前の父親とヴィーラたち、どっちを信用するかは勝手だけどな」
「――――――……私、は」
「……明日、ブルームスターとして河川敷で待ってるよ、一人でな。 魔女からすれば目の上のタンコブを消すチャンスだろ」
「――――そんな話、信じるとでも」
「まあ、大事なお父様とやらに相談しろよ。 それか、“仲間”を連れて来ても良いんだぜ」
それだけを言い残すと、杖すら放棄した私をどうすることもなく、ブルームスターは脇を歩いて過ぎ去った。
残ったのは街灯に照らされた私と、胸の中を渦巻く葛藤だけ。
奴の言う通り、これはブルームスターを仕留める絶好の機会だ……だというのに、私は何を迷っているのだろうか。