激しく解釈違いです ③
「はじめてヴィーラ様にお会いしたのは電気屋の一角に展示されたテレビ液晶越しでした。 その華奢な体躯で身の丈以上のハンマーを振り回すあのお方の姿はまさに天上の天使の如くお姿で私は一目で魅了されたのです、魔法局と相反するヴィランという立ち位置も実にベネ! ヴィーラ様を慕うファンは少なくないですけど、その中でも私はワッヒャァ!?」
「―――――手元が狂った」
話の途中で一呼吸置く隙を狙って切りかかったが、寸での所で避けられた。
首元に刃を立てる寸前まで気づく素振りなど一切なかったが、やはり肉体のスペックが高い。
「あ、あ、あ、危ない! まだ人が話している途中なのに、なんてことを!」
「――――あなたの話は苦痛。 それに―――呑気に待つとでも?」
「待ちなさいよ、ヴィーラ様への敬愛を述べている所でしょーが! ああまったくもう、野蛮です、あなたのような人がヴィーラ様のお仲間なんて信じられません!」
大仰な身振り手振りを交えながら話す少女の抗議を無視し、足元のコンクリ片を蹴り飛ばす。
暗く視界が悪い中、矢のような速度で飛来するそれは、あえなく大ツメの甲で防がれて砕け散った。
良い目と反応だ、おまけにあの爪では接近も難しい。 どうにか手立てを考えないと後手後手だ。
「―――――仲間だった覚えはない、ただ私にとって都合が良かっただけ」
「ああその物言い……ヴィーラ様への不遜な態度……許せませぇん……第一、人が名乗りを上げている最中に攻撃は反則でしょう!?」
「―――――知ったことではない」
「ああ、いけない……行けないです、あなたみたいな人は……激しく! 解釈違いです!!」
あのツメによる攻撃は脅威だ、威力が高いし射程もある。 警戒して立ち回られたらこちらの得物では一生間合いに潜り込めない。
ただ、弱点が無いわけではない。 少なくとも彼女の攻撃は――――
「――――大振りで隙だらけ」
「いぃ……よいっしょ!!」
攻撃の際の予備動作があまりにも大きい、今から殴りますよと言われれば誰だって避けられる。
案の定、これ見よがしに振りかぶってからツメを虚空に振り下ろす彼女の動きは分かり易い。
飛んでくる衝撃波に合わせて上空に逃げるぐらいなんて事はない。
「よ、避けられたぁ!?」
「――――他の魔女を倒したのはあなた?」
「そうですよぉ! だって、あの子たちは全然ふさわしくない、あなただって! 空中なら避けらないでしょォ!?」
「――――そう」
空中に逃げた私を追って放たれる追撃、その選択は正しい。
ただ、闇雲に飛んで避けたと思ったのは思慮が浅い。
既に足場となる小石は固定してある。
「―――――あなたにやられるぐらいなら、どうせいつかはやられる魔女だっただけ」
「ひぃえっ!? な、何それぇ!」
「―――――馬鹿正直に話すとでも?」
一度目と二度目の衝撃波に紛れて空中に“設置”した小石を踏み、落下の起動を変えて三度目の衝撃波を躱す。
当たれば脅威だが躱してしまえば隙だらけの体をさらすだけだ、このまま踏み込んで頸動脈を――――
「――――!?」
切り裂こうとした寸前、自らの首筋に怖気が走る。
反射的に自分の服を固定し、空中で身を翻して相手との距離を取ってしまった。
「……あれぇ、踏み込まないんだ……なんだぁ、前の子はこれで引っかかってくれたのに」
「――――斬撃を、置いている……?」
皮一枚で免れたが、ナイフを振りかぶった私の手の甲には薄い切れ込みが複数刻まれていた。
なるほど、認識を改めなければいけない。 こいつの魔法は思った以上に厄介だ。
「――――派手な衝撃波のほかに、見えないほどに細かい斬撃を無数に設置している――――さながら張り巡らされたピアノ線みたいに」
「ど、どうだかねぇ……想像力たくましいですねぇ……」
彼女の反応からして図星か、ようやく他の魔女たちが一方的にやられた理由が分かった。
見た目の派手さに目を奪われ、大振りの衝撃波ばかり警戒していたら細かい斬撃に引っかかり、そのままやられたか。
私も一瞬反応が遅れていたら同じような目にあっていたことだろう。
「――――失態、大げさな身振り手振りはこれの設置するためのものだった」
「そ、そこまで分かっているなら隠しても駄目じゃん! まあ、正確には少しずつ動いてるんですよぉ? 始めは腕の振りや魔力の乗せぐらいで制御して……第二段階は、こんな風に」
「―――――!?」
トン、と彼女が靴先で地面を叩くと同時に、今まで闇に紛れて見えなかった斬撃がきらりと光って一斉に襲い掛かって来た。
広範囲を制する面での攻撃、固定したマントの陰に隠れるが、隠しきれなかった足首に斬撃が掠める。
「っ―――――……想定外」
「あっは! 駄目です、まだまだです、私なんかにやられちゃ話になりません! ヴィーラ様ならスマートに解決できましたよォ!」
スマートかどうかは怪しいが、確かにヴィーラなら強引に飛んでくる衝撃波ごと拒絶できるだろう。
相手はまだ勝ち誇ってはいるが、まだ私も負けた訳ではない。 しかし強がる心とは裏腹に痛む足の動きは鈍い。
「それじゃあ派手な斬撃すらも躱せないでしょォ……これで終わりッ!」
「…………に、するにはちと早いぜ、魔女狩り」
夏の温い風に交じり、氷のように冷えた空気が私の首筋を撫でた。