激しく解釈違いです ②
「ちょ……何今の!?」
「……例の魔女?」
『――――追いかけた方が良い』
「わ、分かってるし!」
一度取り出した大槌を縮小し、魔石をかすめ取って行った影を追いかける。
幸い距離は近い、全力で追いかければなんとか……
「……速い」
「マッジで!? もう見えねー!」
追いつけるだろうという考えは実に浅かった。
あっけにとられたものの数秒で見事に謎の影を見失ってしまった。
「……おそらくラピリスやヴィーラと同じような、肉体スペックが高いやつ」
「魔法局と並べるなし! チックショー、初動遅れなきゃ追いつけたのに!」
『――――いい、こちらで捕捉している』
電話向こうではトワイライトの声に交じり、微かな風切り音が聞こえてくる。
高速でビルを飛び交いながら、影を追っている最中だろう。
トワイライトは離れていた分、俯瞰視点で影を見失わなかったのか。
「さっすが! 今どこ!? 合流するし!」
『――――それより自分達の心配をした方が良い』
「へっ……? おわっ!?」
背後からの殺気に反応できたのは幸運だっただろう、反射的に身を捻ると、顔の横をすごい勢いで刀が突き抜けて行った。
月光を反射して妖しくきらめく蒼い刀身、見覚えがないはずがない。
「な……にしやがるのさァ、魔法局!!」
「こっちの台詞です!! 速やかに魔石を返却し投降しなさい!!」
「ぬ、濡れ衣……!」
音もなく現れたのは鬼の角の様な鉢金を巻いた和風の魔法少女、ラピリスだ。
今いる3人の魔法局所属の中でも最速の魔法少女、だがこの狭い路地裏はこちらに分がある。
「今相手してる場合じゃねえし、なんなら魔石を盗んだのもアタシらじゃねえから!」
「だったら誰が盗んだというんですか!」
「知らねえよ、魔女狩りじゃねえの!?」
改めて大槌を構えて、空気は一触即発だ。
仕掛けてきたらすぐに反撃できる、狭い路地なら直線でしか攻撃も出来まい。
私の拒絶の魔法なら面で制圧して押し潰せる。
「そうですか、ならば問答する時間も惜しいですね」
「はっ、逃げる気? そんなの大人しく見逃すとでも……」
言葉の途中で、ラピリスは脈絡なく懐から取り出したものを放り投げた。
思わず注視してしまう、それは10円玉ほどのサイズの歪んだ球体だった。
そしてそれはアスファルトに触れると同時に、特大の閃光と爆音を鳴らして弾けて飛んだ。
「ぎゃあああああああ!!?」
「め、目が……目が……!」
「ゴルドロスから渡されたお守りでしたが、存外早く役に立ちましたね」
思慮外の光量と騒音に目と耳がやられる。 備えていたのか、元凶である本人は至って無事なようだ。
一方こちらは耳鳴りがひどく、視界はぼやけ、足元がふらつく。 苦しみ悶えてのたうち回る事しかできない。
「ひ、卑怯者ぉ……!」
「私もこういう手段は好みませんが個人の趣味より現場の効率です、大人しく捕まりなさい」
「……いやいや、ここで捕まえられるのは困るなぁ」
コツリ、コツリと、耳鳴りに交じって私達じゃない誰かの足音が響く。
≪――――超・無敵大戦!!≫
――――――――…………
――――……
――…
「――――通信が途切れた」
スピーカーをつんざく炸裂音が鳴ったと思えば、途端にヴィーラたちのやかましい声が途絶えた。
今のショックで携帯を取り落としたのだろうか、それともすでにラピリスにやられたか。
……どうでもいい、私は私のやるべきことをやるだけだ。
「―――――意識を切り替える」
まずはあの推定魔女狩りを処理してからだ、余計なイレギュラーは排斥しなければいけない。
でないと、私は……またお父さんに怒られる。
「あははは……はぁ……」
「――――?」
ふと、前を走る影が止まり、こちらへと振り返る。
立ち止まり、月あかりに照らされてようやくその全身像を視認できた。
肌の露出は多い癖に、隠すべきところは青い毛皮で覆われた寒いのか暑いのか分からない魔法少女衣装。
ワイルドな衣装とは裏腹に、目にはどんよりと黒いクマが刻まれて暗い印象を与える。
そしてその右手には特徴的な大ツメ型のガントレットが取り付けられていた。
「―――――お前が、魔女狩り?」
「え、えへへぇ……なにそれ、そう呼ばれてるのかな……私ィ」
ビルの屋上を飛び回る追いかけっこは彼女の停止により終わった、距離を取りながらも同じく足を止め、形だけの会話を交わす。
しかし相手も対話する気は毛頭ないらしい。 ゆらりと体を揺らしたかと思えば、予備動作もほとんどなくその大爪を振り上げた。
「――――無駄、種は大方割れている」
だが、仕組みが分かっている魔法なら怖くはない。
予想通り、大きく振り上げられた爪から放たれるのは刃状の衝撃波だ。
屋上をバターのように切り裂きながら迫るそれを、自らの魔法で“固定”したマントを翻すことで受け止める。
「―――――抵抗しなければ、楽に済むのに」
その空間に固定してしまえば布切れだろうが銃弾をも防ぎきる盾になる。
真正面からの攻撃ならば何度試そうが私に届くことはないだろう。
「ひひ、ひぃ……すごいねぇ、けど負けられないんだよねぇ……だって、だってさぁ……」
「―――――だって?」
「……だって、私の方がヴィーラ様の横に立つのにふさわしいんだからぁ!!」
「―――――はっ?」
あまりにもあまりな魔女狩りの動機に、思わず素の声が漏れてしまった。