マジックタイム・ショータイム ⑨
「あーもーキリが無いヨ!」
さっきから撃ち続けているマシンガンのマガジンは残り1本、対する触手は次から次へと押し寄せてくる。
こちとら出費がかさんで頭が痛いというのに、弾切れ知らずとは羨ましい。
「Hey、シルバーガール! 進捗ドーデスカー!?」
「待て待て、むうぅ……ここの文章がいまいち気にいらん……」
「ドーデモいいからまず完成を目指しなさいヨ!!」
「だーいーじーなーのー!! 筆のノリが悪ければ威力も落ちる、重要な工程なのだ!!」
そんな馬鹿な、と一笑に付せないのが魔法少女。
気の持ちようは魔力の質に大きく関わる、彼女の言う事が見当違いの拘りという訳でもない。
「だけどッ! Tッ! Pッ!Oッ! をッ! 考えて欲しいナァ!!」
触手の勢いはとどまる所を知らずに襲い掛かり続ける。
触れれば即感電、できるだけ距離を保ったままマシンガンで迎撃を続けるが、いよいよもって最後のマガジンに手を付けようとしたその時、
「――――逆巻け、撫で斬る三番」
傍らのシルヴァが呟くとともに、千切り取った紙片から飛び出した旋風が前方の触手を細々に刻んだ。
その結果を確認すると、彼女はまた手元の本へ視線を落としてペンを走らせる。
……まさか、本命を構築する片手間にこちらのサポートにまで手を回したというのか。
「……出来た! 祝え、これこそ奴を滅ぼす地獄の業火を讃える詩よ!」
「やっとカ! それじゃ後は向こうの2人に伝えテ……」
振り向いた先では丁度、クラゲに向かって突っ込む2人が火花を散らして炭と化すところだった。
「…………なにやってんノあの二人!?」
――――――――…………
――――……
――…
「……ふぅ、死ぬかと思いました」
《馬鹿ですかこの人!! 馬鹿ですよこの人!!》
「し、心臓に悪い……!」
クラゲ本体へと衝突する寸前、ラピリスは素早く俺を抱きかかえて箒から離脱していた。
一先ずの安全圏から確認すると先ほどまで乗っていた箒は焦げカスとなり跡形もなく消えている。
捨て身で与えたクラゲへのダメージは……正直分からない、表情の変化が乏しければ鳴き声の一つも上げないのだから。 ただ流石に幾らかは喰らったものだと思いたい。
「あれェ!? 二人とも、無事だったんだネ!」
「ゴルドロス、そちらの手筈はどうですか?」
「ばっちりだヨ! ……ぷぷっ、ブルームがお姫様だっこされテル」
「うりゅせえよこのやろー……」
もはや抵抗する気力もない、好きに辱めてくれればいいさ。
「あとは詠唱が済むまでもう少しだけらしいカラ……3人がかりで行こッカ?」
「分かりました。 ブルームスター、貴女は行けますか?」
「ああ、にゃんとか……痺れは取れてきたよ……」
まだ動きはぎこちないが、ゴム箒を振るう余裕は戻って来た、
俺だけ休んでいる訳にはいかない、満身創痍の3人だがあとはシルヴァが間に合うかだ。
「――――焼き尽くせ、我が手に燃ゆるは地獄の芥火」
後方で本を構えたシルヴァが言葉を紡ぐ、その周囲には鈍い俺でも分かるほどの膨大な魔力の渦。
とてつもない圧が熱となって感じられるほどの出力が、詠唱を続けるほどに高まって行く。
敵としたら無視できない不穏な予備動作……当然黙っているはずもない。
一瞬だけ体を震わせたクラゲが、先ほどよりも激しい電撃を纏って触手を伸ばす。
いや、触手だけではない。 緩慢な動きながらクラゲ本体もこちらへと接近してきた。
「我が身、我が血の呼びかけに、応えよ地獄の同胞よ。 悪鬼羅刹の畜生には、煉獄すらも烏滸がましい!」
詠唱を続けるシルヴァへと迫る触手の群れを、三人がかりで薙ぎ払う。
攻勢は先程よりも激しい、狙いがシルヴァ一人に絞られた分密度も上がった。
「こんだけ千切ってるのにサ、どれだけ数あるんだって話だヨ!!」
「再生能力があるのかもしれませんね、流石に数が多すぎる!」
四方八方からシルヴァを狙う触手の数はまるで減らない。
それどころかクラゲとの距離が詰まるほどに触手の数が増して行く、流石にこれ以上はキツイ。
「ハク、大技はあと何発撃てる!?」
《蹴りも羽箒もあと1回が限界ですね、繰り出せば飛ぶ余力も残りませんよ!》
「このままじゃ埒が明かない、“蹴り”で行くぞ!」
《はいぃ!? 馬鹿ですか感電したいんですか!?》
四の五の言ってる暇もない、ブー垂れるハクを無視して呼び出したスマホの画面を叩いた。
途端に漲る熱に任せて投擲した箒が、クラゲのカサへと突き刺さる。
「もう決めたんだよ―――お前は火炙りだ!」
燃えあがる左足で地を跳び、突き刺さった箒目掛けて蹴りを叩きこむ。
絶縁性のゴム帚だ、クラゲに直接触れなければ感電は無い。
蹴りの威力にクラゲは大きく押し返される、共に触手の勢いも引いて行くが、炎の熱でゴム箒が融けてきた。
《マスター、まずいですよ! 融けきったら即感電です!》
「分かってるよ、ギリギリまで粘る!!」
まだシルヴァの準備が終わっていない、ここが最後の正念場だ。
向こうもそれを理解し、シルヴァたちへ向けていた触手を引き戻して俺へと向けてきた。
「ゴルドロス、援護を頼みます!」
「分かってるヨ! 無茶するネー、ブルームスター!!」
だがそれも2人の支援によって悉くが撃ち斬り刻まれる、頼もしい限りだ。
大気中に迸る電気が肌を焦がすが、まだだ、まだ耐えられる、まだ、まだ、まだ――――
《――――もう限界です!!》
「ああ、十分だッ!!」
いよいよもってゴム帚が原形を留めなくなった段階で飛び退く。
身体から何かが抜け落ちたような感覚、体内の魔力は殆ど今ので持って行かれただろう。
伸ばされる触手にもはや箒一本変えて抗う力もない……だが、間に合った。
「――――聞こえるか? 貴様の終わりを告げる鐘の音が」
触手が俺へと触れる寸前、大地に複雑な模様が刻まれた魔法陣が浮かび上がる。
赤熱したように紅く光る魔法陣、その光に照らされた触手が一瞬にして炭へと還る。
暖かい光だ、しかしクラゲにとってはそうでもないらしい。
まるで焼き焦がされる痛みに悶える様にその身体を捩る。
「ブルームスター、退きますよ! 巻き込まれたいんですか!?」
「っと、そうだそうだ……!」
ボウっと見てる場合じゃなかった、悲鳴を上げる体を起こして魔法陣の外へと退避する。
クラゲも諦めが悪く俺の背へ触手を伸ばすが、その全てが地面から放たれる熱に焦がされ果てていった。
触手をくべて一層燃え上がるかのように、魔法陣の輝きは強くなる。
苦し紛れの放電も関係ない、クラゲの一切合切を巻き込みながら大地が赤く輝く。
「血よりも赤き煌々よ、燃ゆる原初の輝きよ。 其の供物を馳走しよう、塵も残さず……平らげよ」
最後に一節と思わしき詠唱を終えると、シルヴァは文末に短く何かを書き記した。
それがクラゲにとっての最期だった。
たまらず上空へ逃げようとする奴の背を、魔法陣から伸びた腕が絡めとる。
それは溶岩と炎で模ったような異形の腕、幾らクラゲが空に逃げようとしてもスケールが違う。
逃げるクラゲを握りつぶすように掴み取った腕は魔法陣の中へと沈み――――円の直径いっぱいの火柱を吹き上げた。
「………………凄まじいな」
「だろう? で、あろう! ぬはは! これこそが我の力よ、恐れ戦くがよい!」
あまりに壮大な魔術にそのひと言しか出てこない。
雲を蹴散らすほど伸びた火柱が収まると、そこには触手の欠片も残されていなかった。
クラゲの痕跡の代わりに遺されていたのは水色に透けた魔石が1つ、目算だがクモやニワトリのものより大きく見える。
「すごいなぁシルヴァ、お前のお蔭で助かったよ」
「ふふんっ、我すごい」
「まだ魔力に余裕はあるか? いやー流石に浮遊の魔術はもう使えないよな」
「何を言うか、その程度造作もないわ」
シルヴァが自慢気に筆を振るうと2人の体が浮かび上がる。
底が見えない魔力量だ、そしてここまでは当初の打ち合わせ通り。
「よし、シルヴァ」
「うむ、逃げるぞ盟友!」
じりじりとこちらの死角へと回り込むラピリスから逃げる様に脱兎のごとく空を飛ぶ。
その寸前、マフラーの端を刀の切っ先が掠めた。 危ない。
「ちっ、悟られたか! ゴルドロス、銃は!?」
「もう弾切れだヨ、今回は諦めるしかないよネー」
「何をのんきな事を言っているんですか! くっ……おのれブルームスター!!」
「悪いなラピリス! まだまだ捕まるわけにはいかないからなー!!」
夕闇が晴れ、日輪に照らされた青空を悠々と飛んで逃げる。
遠く離れた地上では憤慨するラピリスと、こちらに手を振るゴルドロスの姿が見えた。