マジックタイム・ショータイム ⑧
「――――全員隠れろ!!」
クラゲの体から見えない何かが迸る。
それは戦場に舞い散る砂埃と衝突し、火花を散らしてようやく視認が叶った。
「ファ〇キュー!! 電撃すら見えないってそれありカナ!?」
《やっぱりねー! なんかスマホの体に悪い感じの電磁波ビンビンに感じると思ったんですよ!!》
「しかし拙いですよ、これじゃ碌に近づけません!」
それぞれが物陰に隠れてやり過ごすが放電はまるで止む気配がない。
このまま時間を稼がれてしまえばシルヴァの魔術も解けてしまう、かといって迂闊に飛び出すと電撃の餌食だ。
「ラピリス、あの飛ぶ斬撃は使えないか!?」
「急所を狙わないと効果が薄いです、一発限りの賭けには分が悪い!」
「なら遠距離から特大の火力で押し切るしかないネ」
……その一言で全員の視線が一人へと集められた。
「………………? わ、我?」
「シルヴァ、一撃デカい魔術を用意できるか?」
「う、うむ……可能ではあるがその、少し時間がかかる。 精緻な魔術は呼びかけるのに手間が必要なのだ」
ペンを走らせる時間が欲しいということか、だが向こうもその隙をただ待っているだけとは思えない。
となれば残った我々のやるべきことは一つ。
「ゴルドロス、蓄えは?」
「手元のサブマシンガン1つ、あと2つ3つ小物取り出したら素寒貧だヨ」
「なら前線は私たち二人が張ります、あなたはシルヴァの護衛を」
「う、うむ! あの稲交などものともせぬ詩を紡ごう!」
ハンドサインで示した3,2,1の合図とともに、俺とラピリスが物陰から飛び出す。
夕闇が晴れるまで残り8分、シルヴァの用意が整うまで全力で時間を稼がねばならない。
「ブルーム、こレ!!」
飛び出す直前、ゴルドロスから投げ渡されたものを反射的に受け取る。
それは黒いゴム製のチューブで、中までゴムが詰まっているのか、ずっしりと腕にのしかかる重さがある。
「絶縁ゴムだヨ、魔物の電気に効くか分からないから気休めだケド!」
「それでも十分だ、サンキューゴルドロス!」
握ったチューブを箒に変える、手触りは変化前とあまり変わりない。
ただ、かなりしなる。 思いっきり力を籠めればご機嫌な威力になりそうだ。
「ラピリスはこっち、絶縁手袋。 子供用は特注で値段も張るからこれで我慢してネ」
「……まあないよりマシですか」
両手でゴムの箒を握り、迫りくる触手を払いのける。
触れて初めて気づいたが触手自体は脆い、強く叩けば簡単に千切れる。
それでも圧倒的に数が多い。 ぼやけた輪郭のそれを見極め、往なし続けるのは中々至難の業だ。
「ラピリス、そっちは大丈夫か!?」
「問題……ないですっ! ええい、斬り難い!!」
ぶかぶかの手袋をはめたまま握る刀は実に振り難そうだ、こちらに比べてかなり苦戦していた。
微かに見える触手の先端からはバチバチと火花が弾けている、触れれば感電は間違いないだろう。
だからつい目の前の触手に注意が向いてしまい――――足元のそれを踏みつけるまで気づけなかった。
「へ―――? ガアアアァッ!!?」
地面を這うように伸ばされた触手が足に巻き付き、電撃の牙を剥いた。
ぐにゃりという嫌な感触、次いで脚から全身にナイフを何度も突き立てられるような鋭い痛みが奔る。
耐えがたい激痛に意識が持ってかれる、身体が言う事を聞かない、呼吸が上手く出来ない。
早く、この触手を、千切、る、れ、あ、ぐ……
「――――摂理反転」
薄れゆく意識がその声に繋ぎとめられる。
キン、と金属同士がぶつかる高い音が耳を叩いた。
「私は……その距離を認めないっ!」
脚に巻き付いた触手が断ち斬られ、同時に全身を襲う激痛が消え失せた。
ラピリスの斬撃か、助かった……しかし今だ数えきれないほどの触手が押し寄せてくる。
《マスター、流石にもう一発喰らったらやばいですって!》
「わ、わひゃってりゅよ……!」
呂律が上手く回らない、いまだ痺れる腕で何とか胸元からカラスの羽を取り出す。
一度ゴム箒を収め、変えた羽箒にしがみ付いて空へと逃れた。
これでひとまず電撃の脅威からは離れたが、まずい。
ダメージの大きい自分を脅威ではないと判断したか、俺の方に向いていた触手が全てラピリスの方へ集められる。
「くっ……!?」
多勢に無勢、オマケに今の斬撃でラピリスは多くの魔力を消費した。
刀のキレはみるみる悪くなり、死角から伸びた触手が彼女の首へと――――
「ハク、使うぞ!!」
《しゃーないですね、ぶっ飛ばします!!》
≪IMPALING BREAK!!≫
高らかな電子音と共に、俺を振り落として急加速した箒がラピリスの首元に伸びた触手ごと纏めて薙ぎ払う。
「き、借りは返ひたぞ……」
「ふん、礼ならちゃんと正式な魔法少女手続きを踏んでからにしてください」
独りで暴れ回った箒は唐突にガソリンが切れたように急停止し、巻き付いた触手と電撃によって炭と化す。
ストックはあと4本、体の自由が利かない今は残りの羽は生命線だ。
そしてさっきの技で飛行のための魔力も大きく消費した、戦況はじわじわと悪くなっている。
「シルヴァッ! 件の魔術はまだですか!?」
「ぴうっ!? ま、まだ待たれよ! 奴を一撃で消し飛ばすとなると相当の魔力が……ああー! 書き損じた、我書き損じた!!」
「残り6分! ミスもそこそこにhurryhurryだヨ!」
時間も無い、クラゲは触手を伸ばすばかりで本体は未だ遠い。
シルヴァの用意が整うだけじゃだめだ、出来上がったものを確実に当てるお膳立てが必要になる。
魔力を殆ど使ったラピリスと、俺の2人で……
「……ブルームスター、今の技はもう一度使えますか?」
「つ、使えるけりょ……ま、まだ痺れて……」
「そうですか、私は動けますが魔力が足りません。 つまり二人合わせればちょうどですね」
「……待て、お前は何を……?」
不敵に笑うラピリスと目が合う、とても嫌な予感しかしない顔つきだ。
「ではまずさっきの羽箒を作ってください」
言われるがまま懐のストックから羽箒を1つ作り出す。
「次にしっかりと握ってください、離さない様に」
箒の柄を握り締める、痺れた体ではこれでも精いっぱいだ。
「ではもう一度さきほどのように箒を飛ばしてください」
開いた片手でスマホを操作し、先ほどと同じ操作を行う。
次第に吹き上がる風が纏わり、箒に漲る力は今にもクラゲへ飛び掛かって行かんとするほどだ。
「で、私がこれに乗ります。 離さないでくださいね」
「えっ」
《えっ》
言うや否やラピリスが箒に飛び乗った瞬間、2人の体ごと箒は矢のように撃ち放たれた。
燃える蹴りやこの技は一度操作が完了するとこちらの操作を一切受け付けない。
つまりはまあ、触手の群れへと飛び込む箒を止める術がないということだ。
「やめてとめてやめてとめてやめてとめてやめてとめてアアアアアアア!!!!??」
「喋っていると舌を噛みますよッ!!」
幾重にも襲い掛かってくる触手たちが振るう刀で斬り捨てられる。
怒涛の刀捌きはまるでそこに見えない壁があるかのようだ、迫りくる触手は一切俺たちの体に触れることはない。
鎧袖一触、破竹の勢い、箒は速度を緩める事も無く本体との距離を詰める。
かなり強引な手段だがこれなら届く、だがしかし……
「ラピリス、こにょあと俺ひゃひはどーしゅるんだ!?」
「……………………あっ」
「ラピリス! ラピリス!? ラピリイイィィィィイイス!!!」
ああ無情、空飛ぶ箒に急ブレーキは無い。
あわれ雷電稲光る雲中へ身を投げた我々は、パッカーンと景気の良い音をたて本体へ突き当たったのち、迸る雷光に包まれたのだった。