ある魔法少女について ①
「……ほな、道中の報告は以上でよろしい?」
「はい……」
「色々……あったんだヨ……」
やっとたどり着いた京都。 升目状の街並みを進み、本部前まで来ると待ちわびていたロウゼキさんが出迎えてくれた。
そして今いる執務室まで直々の案内、機体整備の必要があるドレッドハートと、ブルームスターを除く全員が着座させられ、小一時間ほどの聴取が行われた。
「それで暁いう子は逃がしたと……天はん、何か弁明は?」
「何も問題はない、あの子は聡い。 太陽が陰る事を知らないように、あの子も悪事に手を染めるような真似はしない」
「何言ってるか分からないけど素だよネ、たぶん」
「我に聞かれてもちょっと……」
「素やで、天はんはこういう人やから……あん時もなにも言わずホイっと居なくなってまぁ本当に……」
そういって頭を抱えるロウゼキさんの表情からは苦労がにじみ出る。
まあ、最前線で四六時中この人と一緒にいることを想像すると……それは疲れるだろう
「……過去の苦労が偲ばれますね」
「分かってくれるか、ラピリスはん……ここまで疲れたやろ、お疲れさん」
「あ、あのぅ……ここまで来たのは良いが、盟友はどこに?」
と、そこでおずおずとシルヴァが片手を上げる。
ブルームスターはここまで同行した後、一人そそくさと離脱しようとしたところを複数の魔法少女に囲まれてどこぞへと連行されていった。
あっという間の出来事だったが、あの魔法少女達は息の合った連携だった。 流石に京都ともなれば魔法少女のレベルも高い。
「ああ、別に野良やからとっ捕まえたって訳やないから心配せんでもええよ。 東京での功績を考えたらとてもそないな真似できんわ」
「そうですか、となるとやはり錠剤の使用についてですか」
「うん、魔法少女があの魔女になる薬を使ったケースが稀でなぁ。 しかも彼女の杖、壊れやすいやろ?」
確かに、ブルームスターの象徴である箒は生成も簡単だが、その分壊れやすい。
おまけに彼女の話では、トカゲとの戦闘中に箒を1本食べられたらしい。
魔女の性質を考えると杖の破壊は即座に意識喪失に繋がる、その危険性を考えれば検査もやむなしか。
「……で、その結果はどうだったんですか?」
「ああ、今終わったよ。 なんだ、友達思いの仲間がいるじゃないか」
そこに丁度良く、背後の扉を開いてスーツ姿の女性がにっこり顔を覗かせた。
そして手に持ったカルテを放り投げると、椅子に座ったままのロウゼキさんが片手でキャッチし、紙面上の文字を黙読する。
「……いたって健康、少し痩せてるのと精神的疲労が見られるくらいやな。 しっかり寝てしっかり食べてもらわんと」
「その点は問題ねえさ、検査中も大騒ぎだったからな。 今は食堂で待機してもらってるよ、心配なら会いに行くと良い」
「心配などではないです。 しかし彼女はあくまで野良、魔法局本部に放置するというのはいささか不安が残ります、私が監視しておきましょう」
「わ、我も同行しよう! 盟友の事が心配なのでな!」
「私もこの空間に残るのはちょっとネ、教えてくれてありがとうだヨお姉さん」
「おう、アタシは小埜寺っていうんだ。 次は名前で呼んでくれよな!」
ロウゼキさん達に一礼を残し、シルヴァとゴルドロスと共に食堂に向かって走り出す。
本部内のマップはここに来る前に受付で見た、食堂ならここからすぐのはずだ。
「……それで、天はん。 例の話なんやけど、ブルームスターが――――」
……その時、後ろの部屋では構わず会話が続けられていたが、その内容は私達には聞こえなかった。
――――――――…………
――――……
――…
「あ゛ー……滅茶苦茶まずかったな、あのバリウムみたいな液体」
《ドス紫色のあれですか、なんでも魔力関係のもんを計測できる数少ない方法だとか》
「アロマゾーン」とロゴが印字された給水機からコップに注いだ水を一息に飲み干すが、口の中にはいまだあの気味の悪い後味が残っているような気がする。
優子さんの料理とタメを張れるレベルだ、食用じゃないから仕方ないにしてももう少し味について考えてほしい。
「あぁー……バリウム飲んだ割に空腹感が募る」
《やけに消化速いですね、絶食もしてないですし普通のバリウムと性質が……》
「おぉーい、ブルームぅー! 元気してるカナ!」
と、食堂の扉が勢いよく開き、そこからラピリス達が顔を出す。
向こうも話が終わったのだろうか、その割には随分と早い戻りの様な気もするが。
「検査の結果、聞きましたよ。 痩せすぎだとか」
「盟友、ご飯はちゃんと食べているのか?」
「うん、まあそれなりに……って、そこは重要な話じゃないんだよ」
検査結果として報告された数値を頭の隅っこに追いやり、服の下に隠したペンダントを取り出す。
青く濁った小瓶の中には、薄っすらと透けて中身の錠剤が確認できる。
「……魔法局で確保していた錠剤らしい、少し分けてもらった」
「ということは……盟友、また変身できるということか?」
「ああ、身体に異常もなければこの通り意識も鮮明だ。 お蔭で特例中の特例って事で許可された」
「よっぽど東京での功績が認められてるのでしょうかね……私は反対ですが」
ラピリスが言いたい事も分かる、元から得体のしれない錠剤だ。
これから使い続けてもリスクがないとは言い切れない。
「しつこいようですが、本当に体に不調はないですか? 他に何か気になる事とか」
「うーん、といわれてもな……ああ、そう言えばあれだ。 変身を解除した時にタネみたいなものが―――」
「―――へえ、それは興味深いね」
ふと、俺たちの会話に知らない声が差し込まれる。
昼時を大きくすぎた食堂の中はがらんどうのはずだ、しかしその女性はいつの間にか俺が座る椅子の背後につっ立っていた。
「やあ、こんにちは。 いいお宝を持っているみたいだね、東北の魔法少女達」