零下の炎 ①
吐く息が白く染まる。
寒い。 いつものブルームスターとは異なり、身体から湧き上がるような熱を感じない。
むしろその逆だ、頭の髄まで冷え切って感覚が研ぎ澄まされるような気がする。
「つ、月夜ちゃん……」
「…………離れないで、守り切れる自信がない」
足元の小石を蹴り上げ、箒に換えて掌で旋回させる。
固有の魔法は変わっていないようだ、しかし体の感覚がいつもとどこか違う。
何となく全体的な力は落ちた事は分かる。 本調子の4~5割ぐらいか。
「……ハク、いるか?」
《いますよー、マスターの浮気者ー!》
懐からは相も変わらない相棒の声も聞こえてくる。 変身媒体にハクを介していないからか、この形態ではスマホは消失しないらしい。
改めて自分の格好を再確認すると、服装こそ大した違いはないものの、頭からつま先までが雪の様な白に染まっている。
手に取った箒すらも真っ白だ、これも錠剤を使った変身の影響だろうか。
≪ギョゲエエエエエエ!!!≫
「うるさいな……悪いけど、変身できりゃこっちのもんだ」
魔法少女となった俺の姿を見て、親トカゲが大気を震わせる威嚇の声を上げる。
同時に四方八方から一斉に襲い掛かる子供たち、今度は援護も関係ないと言わんばかりの一斉攻撃だ。
《ぶっつけ本番ですがいけますか、この数相手に!》
「行かなきゃいけない状況だ。 それになんでかな、負ける気がしない!」
得物を持った今、一斉に飛び込んでくるトカゲたちはむしろ格好の的だ。
面を埋める様に箒を振り回すだけでバシバシとトカゲたちに命中する。
それになんだか……先ほどよりも敵の動きが遅くなっているような。
《マスター、後ろ―――》
「―――分かってる!」
真後ろから襲い掛かって来た数匹を纏めて後ろ手で叩き落し、そのままかかとで踏みつける。
生暖かいものを踏みつぶした感覚で絶命を確信し、そのままの勢いで箒を投げつけ、父さんに牙を向こうとした数体をまとめて貫いて壁へと突き刺した。
「つ、月夜ちゃんカッコいい……」
《なんだ、滅茶苦茶調子いいじゃないですかマスター!》
「その割にはパワーが足りてないんだけどな、数が思ったより減らねえ!」
じわじわとその数を減らしてはいるが、いつもの調子に比べたら仕留め損ねた数も多い。
感覚こそ研ぎ澄まされてはいるがこれでは時間がかかる、そして時間がかかってしまえばそれだけ相手にも立て直す猶予を与えることになる。
≪グ、グギ……!≫
《あっ、あいつ逃げる気ですよマスター!》
そして案の定、子供の群れを集めて壁を作り、親は背を向けて逃走を選んだ。
いつものブルームスターなら大技一発で蹴破れそうな壁だが、この姿のパワーではそれすらも難しい。
「……だからちょっと借りるぜ、暁!」
錠剤を届けてくれたクワガタ爆弾を掴み取り、箒へと変える。
都合のいい爆弾の性質を受け継いだ箒―――――それを振りかぶれば後は簡単だ、親の退路を守る献身的な子供たちに向かって投げつけるだけでいい。
「逃がすか……よォ!!」
投擲の直後、爆弾ホウキの穂から火花を噴出して加速する。
そして子トカゲの山に突っ込むと、一拍遅れてから爆炎を巻き上げて豪快に吹き飛んだ。
指向性を持った爆発は子トカゲを貫き、廊下の端から端までを爆炎と爆風で埋めていく。 煙が晴れた後にはトカゲ一匹残らず、向こう側にぽっかりと開いた穴から外の景色が覗いていた。
『ちょっと、まさかクワガタちゃん投げちゃった!? あれ一番火力あるから気を付けなさいよ!』
「お、思った以上だった……耳がいてぇ……!」
《まだですよマスター、あいつ逃げる気です!》
ハクに言われて気付いたが、爆発で開けられた穴からチロリとトカゲの尻尾が見えた。
子供が壁となって免れたか、命からがら生き延びた親トカゲは外壁を伝って外に逃げる気だ。
「往生際の悪い! 羽帚……は手持ちがないか。 悪い、2人ともしっかり掴まっててくれ!」
「へっ? な、なにを……おわぁ!?」
父さんと母さんを纏めて抱きかかえ、手ごろな窓から飛び降りる。
人2人を抱えて3階からの着地は少し足に響いたが、それでも魔法少女なら問題ない。
周囲は駐車場のようだが、車がひっくり返ったりスクラップになったりと凄惨な有様だ、保険会社はこれから大変だろう。
「子トカゲは……いないな、さっきのでだいぶ片付いたか」
周囲の安全を確認してから2人を降ろす。 狭い廊下と違ってここなら見晴らしも効く、例え子トカゲに襲われてもカバーが効く範囲だ。
そして、両親を降ろした背後からゆらりと大きく空気が揺らめくのを感じた。
「……逃げた割には律義に出て来てくれてありがたいね、それとも爆弾が無いなら勝てるとでも踏んだか?」
≪グルルル……!≫
正直な話、敵の戦力分析も間違っているとは断定できない。 俺だって今の姿の戦力は正しく測れてないのだから。
だからといって、子供を失った状態でのこのこ出て来たのは悪手だろう。
「ハク、ゴルドロスたちは?」
《子トカゲのせん滅に全力です、救援を頼みますか?》
「いいや、こいつは俺がやる。 私怨もあるからな」
近くに転がっていたゴムタイヤを蹴り上げ、箒に変える。
硬い弾力のある箒はどちらかというとムチに近い、砕けやすい石の箒よりは扱いやすそうだ。
「――――そろそろ決着つけるか、トカゲ野郎。 よくも人の家族を殺しかけてくれやがったな?」