マジックタイム・ショータイム ⑦
「詩織ちゃん……あのね、実はちょっと仕事で呼ばれちゃったの。 一人でお留守番、できる?」
「うん……まかせて、おじさん……」
きっとクラゲの事だろう、警察官であるおじさんは現場に行かなければいけない。
魔物事件に対応する人員はいくらあっても足りないのだ。
「戸締りはしっかりね、知らない人が来ても玄関を開けちゃ駄目、あと何かあった時の避難は……」
「分かっ、てる……から、急いだほうが、いいよ……?」
「……ええ、行ってくるわん」
おじさんは良い人だ、こんな愛想の悪い子供を相手に文句も言わず相手をしてくれる。
……だから死んでほしくない、その為の力が私にはある、だけど戦うのは怖い。
おじさんが完全に立ち去ったことを確認し、羽ペンを手に取る。
クモの魔物と戦ったと聞いた時は背筋が凍えた……そして、テレビの中継でモノクロに輝くあの人の背中を見た。
誰も彼もを救うだなんて私には出来ない。 ただ知ってる人を、死んでほしくない人にだけ手を伸ばすのは私の独りよがりだ。 それでも戦う勇気をあの人から教わった。
「……だからお願い、シルヴァ」
紙に綴る文字は私の決意、この心を戦う戦士へと変えるための儀式。
描いたものの上に手を添えて、その文字を読み上げる。
「――――変心」
――――――――…………
――――……
――…
《マスター、顔色悪いですよ。 どうかしました?》
「ん? ああ、なんでもないよ……」
昨日と同じ交差点でシルヴァの到着を待っていると不意にハクが話しかけていた。
体調が悪いか、ブルームスターの姿は色白だからそう見えるだけだろう。
《いーえ、何でもないわけありません。 私にはちゃんと分かるんですよ、しっかり話してくれないとサポートしてあげませんからね》
「んにゃろ……あいつが戦う理由がブルームスターに憧れたから、ってのがな」
俺が居なければ、彼女はきっと今も平穏に過ごしていたに違いない。
魔物は全部俺が戦えばいいと思っていたが、シルヴァのような動機が増えるなら……
《はーあぁ、マスターって基本根暗ですよね。 一度ネガティブになると駄目な考えしか出てこないタイプです》
脳内で溜息をこぼす魔人は呆れた声を漏らす、また小突いたろか。
《そんなの全部一人で抱え込もうとするあなたが悪い、守る事と共闘することはそこまで両立できない事ですかね》
「……いざ戦闘になれば万が一だってあり得る」
《それはあなたにでも言える事です、自分を勘定の外に置くことは止めましょう。 助けるあなたもまた誰かに助けられる存在だ》
「自分の事は自分で何とかするからいいよ別に」
《手を取り合う事を覚えましょうよ、ヒーロー。 ここに頼れる相方が居るんですからもっと頼ってくださいよー》
それらしい台詞だな、「だが」―――と、口を開きかけた所に昨日と同じく一陣の風が吹いた。
「ふ―――はははははは!!! 待たせたなブルームスター、我到着!」
「来たなシルヴァ……なんだそのポーズ」
空を見上げればシルヴァがへんてこなポーズを構えて既に浮いていた。
「ふふっ、我のルーティンというものだ。 これにより我の潜在的衆力が普段の10倍に……」
「あー分かった分かった、後で聞くよ。 ハク、急ぎでナビ頼む」
《あいあいさ。 羽箒を用意してください、飛ばして行きましょう!》
付き合うと長くなりそうだ、しょぼくれたシルヴァを一度放ってハクが開いた地図を確認する。
直線距離ならさほど時間は掛からない、飛んで行けば5分前後でつくはずだ。
「準備は良いかシルヴァ、危なくなったらすぐに逃げろよ!」
「ふっ、我らが組めば敵などあるまい! 行くぞブルームスター、風のように!」
……こいつがここまでやる気になってしまった原因が俺ならば、ちゃんと責任を取らないとな。
――――――――…………
――――……
――…
「ラピリス、こっちの避難は終わったヨー!!」
「了解です、あとはこいつを倒すだけッ!」
人気のなくなったビル街に砂塵が舞い、ラピリスが刀を鞘へ納める。
間違いなく奴はいる、この破壊された風景がその証だ。 しかしその姿はまるで見えない。
狛犬のように魔力を漏らすようなヘマも無い、想像以上の隠密性だ。
――――ふと、舞い散る砂塵が不自然に揺らめく。
「――――っ!!」
見えない何かが頬に触れた―――その瞬間、全身のバネを全開で稼働させ、刀を抜き断つ。
斬った、確かに見えない何かを斬った。 だが触手の先に浅い傷のみ、一瞬だけ青い血飛沫の様なものが見えたがすぐさま空気の中へ融けて消える。
「ちっ、仕損じた……!」
「イヤなにやってんノサムライガール……」
「意識を研ぎ澄ませば接触した瞬間に斬り落とせます、つぎはもっと速く抜きます」
「イヤイヤイヤ……」
しかし想像以上の隠密性だ、魔力の漏れどころか音一つ立てない。
サーモグラフィーに電磁波測定にその他いろいろ、縁さんたちも手は尽くしたが結局奴の観測は敵わなかった。
辛うじて舞い散る砂塵のお蔭で奴の攻撃を紙一重で躱せる、だがこちらから有効な攻め手がない。
……ふと、一陣の風が吹いた。
「―――シルヴァ、頼む!」
「任されよ! 刻む時針は十あまりて二を巡る、其は黄昏! 此度の舞台は逢魔が時へと移り行くものなり!!」
筆が紙面を滑る音、紙が引き裂かれる音、次いで周囲の明度が下がる。
薄暗い橙色に染まった空色はまるで夕暮れ時のような切なさで、その中に薄っすらとクラゲの様な輪郭がぼやけて見えた。
「……それいる?」
「いる! 詠唱を加えた方が筆が乗る、それでも10分が限界だな。 迅速に決着をつけるぞ!」
「……! 貴女達は!」
黄昏時の空に浮かぶ、輝くような銀髪と風にはためく白い襟巻き。
知っている、私はその憎々しい2人を知っている。
「魔法少女ブルームスター! 助太刀に来たぜ、魔法局!」
「同じく魔法少女ダークネス以下略! クク、我が魔本は血に飢えておるぞ!」
……やかましい助っ人が、2人揃って現れた。
――――――――…………
――――……
――…
「では盟友よ、あとは任せたぞ……」
「おい待てどこ行くシルヴァ、お前が作戦の要なんだよ」
「やだ! 我やだ! あの人斬り怖い! 斬られるもん!!」
すごすごと後ろに引っ込もうとするシルヴァの首根っこをひっつかむ。
……なんとなく分かるぞ、多分シルヴァのまどろっこしい言動に業を煮やして肉体言語(刀)に走るラピリスの姿がありありと浮かぶ。
それがトラウマになって野良活動を撤退、そして最近になって復活した……というところだろうか。
「……ハク、なんだか俺が気に病む必要ない気がしてきた」
《同感です》
ともあれこのまま後ろに引っ込んでもらっては困る。
なのでシルヴァには悪いが首根っこを突っ込んだままラピリス達の下へ着陸した。
「……礼は言いませんよ、今は奴を倒します」
「分かってるよ、シルヴァの話だと10分しか持たないらしい。 速攻で仕留めるぞ」
「やだ! 我おうちかえる!」
「なーんか不安だけど大丈夫カナこの子?」
四者四様、各々が勝手な事を吐きながら各々の得物を構える。
相対するは仄暗い闇の中でぼんやりと透けて見える透明な怪物。
今度は逃がさない、ここでキッチリとこいつを仕留める。
《……あのー、マスターと皆さん。 その前にちょっと良いですか?》
「むっ、この声は謎の美少女Xさん。 どうかなさいました?」
《いえですね、一つだけ忠告をば。 近接攻撃は止めといた方が良いと思いますよ、奴さん帯電してます》
「……帯電?」
しかしその忠告は少しばかり遅い。
バチリと弾ける音が鳴り、辺り一面に見えない何かが迸った。