例え忘れられたとしても ①
「わあああああああああ!!!!!」
爆風に押し上げられ、ドレッドハートの車体が紙切れの様に空を舞う。
幸い周囲に人通りは少ない、ただいま空中きりもみ回転中の車以外に被害は少ないはずだ。
だがしかし、今はその事態を喜んでいる余裕がない。
「―――――箒! 手を!!」
「いい、構うな! 先に行け!」
綺麗に回転する車内、そして直前まで開け放たれていた窓から小さくなった俺の身体が勢いよく飛び出した。
車体の屋根に張り付いたラピリスが手を伸ばすが、僅かに届かない。
ならここは俺を斬り捨てて着地に専念してもらった方が得だ。
《ちょっとマスター、今変身できないこと忘れてません!?》
「…………あ゛っ」
《こ、このおバカー!!》
しまった、着地については完全に魔法少女の耐性頼りだった。
だが時すでに遅し、地面までの距離と自らの速度を考えるとこのまま落下しては無事では済まない。
「盟友! これを!!」
「……!!」
シルヴァが開いた窓から投げたそれを受け取る。 手のひらに収まったのは重しがわりの石を包んだページの切れ端だ。
切れ端には揺れる車内で辛うじて書いたであろう「防」の文字が一筆したためられていた。
「後で迎えに来るぞ、それまで待っていろ盟友!」
「サンキューシルヴァ、無茶はするなよ!」
「「「盟友(箒/あなた)に言われたくない(ヨ/です)!!!」」」
「ご、ごめーん……」
――――――――…………
――――……
――…
「……っとぉ!! ナイス、ロイ! 着地10点!!」
≪そりゃあどうもぉ! だがどうする!?≫
空中でなんとか姿勢を直した車体は上手い具合に路面に着地した。
ハリウッド映画も真っ青なスタントだ、屋根にへばりついた私はともかく車内にいるゴルドロスたちの気が知れない。
「Uターンしたいのはやまやまだけど……ロイ、このまま進んで!」
「ちょっと待ってください! 箒がまだ……」
「大丈夫だヨ、そう簡単にくたばるタマじゃないってのサ! それにシルヴァーガールのお守りもあるしネ?」
「う、うむ……うまく機能してくれると良いのだが」
「不安になる事言わないでくれるカナー!?」
私も姿勢制御の手伝いで精いっぱいだったので、彼女の状況は最後まで見届ける事が出来なかった。
シルヴァがフォローしてくれたなら酷いことにはなっていないと思うが気がかりだ、今の彼女は変身も出来ない。
「気持ちは分かるわ、けど今は我慢して! とにかく後ろの爆弾っ娘を振り切らないと!」
≪大まかな座標は記録してる、撒きさえすればすぐに拾いに戻れるぜ!≫
「それに狙いはこっちのはずよ、ねえ日向さん! ………………あれ?」
ドレッドハートが声をかけるが、返事がない。
着地のショックで気を失ったのだろうか? いや、そんな柔な精神の人ではない。
「ゴルドロス、返事がないようですが日向さんの様子はどうです?」
「………………ないヨ」
「はい?」
「……居ないヨあの人! たぶん箒と一緒に落ちちゃったのカナ!?」
「「「…………な、なんですとォー!?」」」
――――――――…………
――――……
――…
《……マスター、無事ですか? 心と体が》
「あっててて……なんとか、なぁ。 シルヴァの助けがなかったら危なかったな」
地面と衝突する寸前、シルヴァに渡された紙きれのおかげで何とか大怪我だけは免れた。
だがしかし、シルヴァの魔法の特性上、短い文章で発揮する効果は低くなる。 実際は全身をクッションに包まれたまま落車したようなもんだ。
「ぺっぺっ! 土噛んだ……どこだここは?」
《周りには田んぼが多いですね、やたらめったら走っているうちに都心部からは大分離れたみたいですが》
土手を転がった体を起こし、身体にまみれた土を払い落して改めて周囲を確認する。
姪っ子魔女とのチェイスに必死で現在位置を気にする余裕が無かったが、改めて見渡すとハクの言う通りかなり牧歌的な雰囲気だ。
だけどなんでだろう、この景色に見覚えがあるような……
「どうやら無事で何よりだ、問題があるとすれば先を急いだ車があの子を撒いて戻って来るまで私達はこの場で待ちぼうけという所だろう」
「ああ、そうなるな……って、うんっ!?」
「なに、裏を返せばキミは一人ではないという事だ。 安心して良い、日の出ずる所に私が在る」
《……い、一番いちゃいけない人がいるー!!》
「どうして……」
「君を掴もうとしたら一緒に窓から飛び出しただけだ」
「だけって……だけってあんた……!」
こちとらあんたを京都に送り届けるためにいろいろ苦労しているというのに、これでは元の木阿弥だ。
「……キミは変身が出来ないのか?」
「ん? ああ、ちょっと色々あったんだよ……まあ、今は見た目通りの子供と変わりないさ」
そういえばこの人は事情も知らないままだった……というよりもこの状況は不味い。
命を狙われている状況でこの場に有力な戦力が整っていないのだから。
《マスター、とりあえず町に入りましょう! 周辺のマップデータをダウンロード……ってあれ、ここって》
「ん、どうしたハク……って」
地図データが表示された画面に目を落とし、ハクと同じく言葉を失う。
なるほど、そりゃ見覚えがあるはず。
「……キミ、どうかしたか?」
「ああ、いや……とりあえず町に行くのはどうかなって。 ここじゃ隠れる場所なんてないでしょう」
「一理ある、しかし土地勘がない場所であの子に見つかればそれこそ一巻の終わりだな」
「ああ、大丈夫ですよその辺りは。 ……あの街なら土地勘はバリバリあるんで」
確か最後に訪れたのは東京事変前だったか、“あの事件”が起きてからもう二度と来ることはないと思っていた。
田んぼが並ぶ道の向こうに見える閑散としたシャッター街はマン太郎を追いかけるドレッドハートと初めて出会った場所だ。
ハクが開いた地図アプリを見て確信する―――――ここは、俺が生まれ育った街だと。