氷漬けのヒーロー ②
「ブルームスターの連絡があったのはこの辺りですが……酷い有様ですね」
祭り会場の後処理が終わり、やってきた港は酷い有様だった。
コンクリートは捲れ上がり、並び立っていたであろう倉庫街は1つ残らず倒壊。
波止場に停められていた船は、戦いの余波で何隻かひっくり返っている始末だ。
「これって修繕費いくらになるのカナー……」
「馬鹿な事言っていないで探しますよ、どこですかブルーム!」
「め、盟友ー! どこだー!?」
ブルームスターから「ヴィーラたちと交戦した」と連絡があったのがつい先ほどの話。
戦闘の激しさはこの惨状を見れば分かる、問題は彼女が無事かどうかだ。
幸い(?)なことに遮蔽物は軒並み潰れた更地だというのに、周囲を見渡してもそれらしい人影はない、まさかやられてしまったわけではないだろうが……
「なんだヨこれ、やけに魔力が濃くて全然気配が嗅ぎ取れない!」
「へぶしっ! そ、それになんだか我寒い……」
「確かに、海風にしてはやけに気温が低いですね……?」
時刻は既に深夜近い、海風が吹きつける事を差し引いてもこの気温は氷点下に近いのではなかろうか。
胸の奥がざわつく、早くブルームスターを見つけないとなんだか大変な事になるような気がしてならない。
「……ブルームスター! どこですか! いたら返事をしてください!」
「―――――へっきちっ!」
私の呼びかけに答えてか、崩れた倉庫の近くで可愛らしいくしゃみが聞こえた。
そちらの方を振り返ってみれば、どこからか引っ張り出した毛布を被って仲良く3人で固まって震えるブルームスターたちの姿があった。
「お、おおおおお遅かったたたなぁ……そそそそっちは大丈夫だったか……?」
「シルヴァー! 火を!!」
「ま、任せよぉ!!」
この寒さの中待ちぼうけだったブルームスターたちは全員顔面蒼白、歯の根が合わず幽鬼のような状態だった。
――――――――…………
――――……
――…
「はぁー……助かった、真夏に凍死するところだったよ」
「笑えない冗談ですね、一体何があったんですか」
遅れてやって来た装甲車の中、贅沢に暖房を焚いた車内でコーヒーを啜り、ブルームスターはようやく人心地ついた様子だ。
擦り傷がついた顔にも血の気が戻ってきている、あのままなら低体温症は免れなかっただろう。 本当に間一髪だ。
「2人は別の車両で現在バイタルチェック中です、あなたも落ち着いたらしっかり受けてくださいよ。 その後は説教です」
「ははは、お手柔らかに……あの2人の事は頼むよ」
言葉も少なく肩をすくめるブルームスターの姿は彼女らしくない、相当に消耗してしまったのだろう。
無理もない、ヴィーラとトワイライトだけでなくドクターまでもが相手だったのだから。
「しかし気が抜けてますね、あなたなら火の一つぐらい焚いて寒さもしのげたでしょうに」
「…………いや、それがな? ゴニョゴニョ……」
「はい? なんですか、ふむ……ふむ……はぁ!? 変身できない!?」
「うん……たぶん、トワイライトの魔法のせいだ」
――――――――…………
――――……
――…
ヴィーラたちの姿がないことを確認した後、何度か試してみたがブルームスターに変身することは出来なかった。
俺の姿は七篠陽彩にも戻れず、ブルームスターにも変身できない、「箒」と名乗る日常形態に固定されてしまった。
力も体力も見た目通りまで落ちている、今の俺はただの小学生と何ら変わらない存在だ。
《……駄目です、マスター。 やっぱり復旧できないです。 してやられましたね》
「ああ……停止の魔法、か」
トワイライトは言っていた、この魔法は魔法少女の魔力すらも停止すると。
おそらくそれが関係しているのだろう、もとからブルームスターの変身はハクから供給された魔力を使う変則的なものだ。
そこにトワイライトの魔法が加わり、通常ではありえないバグが起きているのかもしれない。
《考察は良いですけど一番の問題はこの状態がいつまで続くかって事ですよ、トワイライトは永遠にって言ってましたけど……》
「一番の方法はやっぱり、本体を倒すことだな」
《まあそうなりますよねぇ》
魔法の掛けられているなら本人に解除させるしかない、本人の発言と花子ちゃんの傷の治りから見てトワイライトの魔法はかなり長期的に続く。
時間経過による解決は現実的ではない、だが倒すにしても俺は変身が出来ないというジレンマだ。
「……これ、もしかして割とまずい状況じゃ?」
《もしかしなくてもそうです、このままじゃマスターは一生女の子ですよ》
「それは困る!!」
「なに一人でブツブツ言っているんですか、入りますよ」
車両の扉をノックしてから、外に出ていたラピリスが戻って来る。 その背中からはゴルドロスとシルヴァも一緒だ。
たぶん、2人と話し合って戻って来たところなのだろう。
「うわ、本当に変身してないヨ。 大丈夫?」
「ああ、何とかな。 酷いのはこの寒さだよ、なんだこれ?」
「盟友にも分からぬのなら我等にも何とも、ともかく無事で何よりだ」
俺の状態を確認して早々、シルヴァがペンを走らせて治癒魔法を行使する。
本職でない彼女の治癒は多少の傷を塞ぐ程度だが、それでも十分だ。 心なしか体も軽くなる。
「さて、変身できないというのは芳しくない状況ですが1つ良い知らせがありますよ」
「花子ちゃんの傷が塞がった、とか?」
「……むぅ、分かっていましたか」
「なんとなく、なぁ」
トワイライトの魔法は体感して分かったが、持続はかなり強力だ。 だがそんな魔法をポンポンと使えるとは思えない。
おそらく長期的に固定できるのは1つか2つが限界じゃないかという予想は立てていた。
「気絶していますが、外傷も幸いそこまでのものではありません。 2人とも明日にはきっと目を覚ましますよ」
「ああ、それと2人への説教は多少手心加えてほしいな……」
「言いわけの内容次第ですね、それとあなたは自分の身をもっと心配した方が良いですよ」
「うむ、盟友はこれからどうするつもりだ?」
「それは……」
出来るだけ考えたくはなかったが、目を逸らせない問題だ。
まさかこのままの格好で店に戻るわけにもいかない、戸籍も何もない1人ぼっちの少女が1人。
現代社会で生き延びるにはあまりにも過酷すぎる条件だ。
「しょうがないですね、この加入書類に判を押せば魔法局で寝泊まりが可能になりますよ」
「断る、というか魔法局も今半壊してるじゃねえか!」
「チッ、ばれましたか……では仕方ないですね、ここは非常事態ですし特別に私の家で……」
「それじゃうちに泊まるってのはどうカナ?」
「「…………えっ?」」