愛 Like チョコレート! ③
「ふぃー……サンキュー、助かったわ」
「ン、どういたしましてだヨ」
魔石を回収し、現場の片づけを変えつけたスタッフに引き継ぐと、ようやく一息ついたブルームが礼の言葉を吐き出した。
相性の悪い魔物を相手に私達が来るまで粘っていたのだ、疲れるのも無理はない。
「あの魔物を相手に被害を出さず持ちこたえたのは素晴らしいですよ、お疲れ様です」
「どーも、偶然出現直後にエンカウントしたから運が良かったよ」
「だネ、お蔭さまで街の損壊もそこまでじゃないヨ」
削れた路面や建物の修理には時間はかかるだろうが、魔物が出現した10年前から急速に発達した工事技術に掛かればこの程度1週間ほどで元通りだ。
「じゃ、私は帰るヨ! まだやる事があるからネ!」
「ああ、気を付けてな。 ……けど何か用事でもあるのか?」
バレンタインを直前にしてまあとぼけた顔をしてこの男は……。
いや本当に分かっていないのか、私がバレンタインデーに無頓着だと嘗められているのだろうか。
「……おにー……ブルームはさ、バレンタインに何か作ったりするのカナ?」
「ん? ああそうだな、今年はそれなりのもの作ろうかなって思ってる」
おにーさんが作る“それなり”とは私にとってかなりの大作とほぼ同じ言葉だ。
つまりその出来に負けない代物となると……
「ふふふ……ブルーム、今年のバレンタインは楽しみにしておいた方が良いヨ……!」
「お、おう?」
――――――――…………
――――……
――…
「と、いうわけで! トリュフチョコは止めだヨ、もっとワーッて凄い奴を作るからネ!!」
「え、ええぇえぇ……」
ビブリオガール宅に戻った矢先、決意を表明する。
おにーさんがクオリティを上げたものを作るならこちらも手間を掛けないと釣り合わない。
ビブリオガールが教えてくれたレシピは確かに私でも作れるが、これではおニーサンは満足しないかもしれない。
「急ですねコルト、詩織さんも困惑してますよ」
「ごめんねビブリオガール、けど私の中の闘志に火が付いたんだヨ……!」
「ば、バレンタインの趣旨とは……違うものが燃えてる……」
「そうですね、何故ブルームと会ってお兄さんへの対抗心が燃えているか分かりませんが……コルト、手間がかかればそれだけ料理人の腕が問われるものです、分かっていますか?」
「もちろんだヨ! けど……」
素人に毛が生えた程度の私とおにーさん、きっと作るものの出来は雲泥の差だろう。
それでもだ、あの顔は私がチョコを作るなんて欠片も考えていなかった。 何となくそれが乙女心にカチンときたのだ。
「分かりました、こちらも言い出した以上はとことん付き合いますよ。 残り二日、できる所まで頑張ってみましょう」
「わ、私も手伝うよ……!」
「2人とも……けど、サムライガールは自分の分はいいの?」
「私の準備は既に終えてますよ、気にしないでください」
「さすがだネ、ちなみに今年は何作ったのカナ?」
「秘密ですよ、まあそうそうレシピがかぶるものでもないですし」
サムライガールは人差し指でバッテンを作り、口を噤む。
秘密ならこちらも無理に聞き出す理由もない、少し気になるが当日に聞けばいいだろう。
「ともかく材料には限りがありますからね、レシピから慎重に吟味しましょう。 コルトは何が作りたいですか?」
「んー、そうだネ……」
――――――――…………
――――……
――…
「よっと……今日はそれなりに売れたな」
《いつもが少な過ぎるだけですけどねー、せっかくのバレンタインにこの売り上げじゃ普通の店は卒倒もんですよ》
本日分の少ない売り上げを纏め、がらんどうの店内を片付ける。
今日はバレンタインデー、毎年チョコレートを使ったメニューを割引するこの日はいつもよりちょっと売り上げが良い。
そのため、今日は早めの店じまいだ。 予定の時刻まで思ったより余裕がない、急いで支度を進めなければ。
《しっかし今回は張り切りましたねマスター、毎年このクオリティでやるつもりですか?》
「いや、今回は折角だからな。 それよりちゃんとメール送ったか?」
《あいあい、ぬかりねえですよ。 全員分招待は終わってます》
「そうか……優子さんは台所に忍び込んでないな?」
《私がバッチリ監視してたのでそちらも保証しておきます》
相棒と駄弁りながら支度を進めていると、やがてからんころんとドアベルを鳴らして招待したお客たちが入ってくる。
「お兄さん、連れてまいりました。 そちらの準備は?」
「ああ、すぐ終わるよ。 手洗って待っていてくれ」
「お、おじゃましまーす……う、うわぁ……!」
「オオウ……おにーさん、なにカナそれは?」
「ふふふ、見て驚け。 優子さんが昔気紛れで購入して埃を被ってたフォンデュファウンテンだ」
切り揃えたイチゴやバナナを並べた皿に囲まれたテーブルの中央、そこには天高く聳え立つチョコフォンデュ用の機械が鎮座している。
なにせ気まぐれで買って2~3回使ったっきり仕舞いっぱなしだったものを今回分解清掃して準備した代物だ、お値段は……思い出したくない。
「果物はもちろんマシュマロ、ウエハース、パンやドーナツ、いろいろ揃えているぞ」
「ちなみにこのドーナツとパンは私が焼きました、自信作です」
「す、すっごい……すっごい……!」
目をキラキラ輝かせてくれる詩織ちゃん、ここまで喜んでくれると用意したこちらも気分が良いものだ。
日頃の労いも兼ねて、皆には貸し切り状態で堪能してもらおう。
「……て、コルト。 もしかしてこういうの苦手だったか?」
「えっ? い、いやその……なんでもないヨ」
喜ぶ詩織ちゃんとは対照的に、コルトはどこか影が差した雰囲気だ。
てっきりいの一番にはしゃいでかぶりつく勢いかと思ったんだが……
「……ち、ちょっと席外すヨ! 先に始めてて!」
「あ、おい! 先にってお前……」
――――――――…………
――――……
――…
かっと顔が赤くなって飛び出してしまった。
あれは……あれは卑怯だ、あんな大掛かりな機械まで出されると私の作ったものなんて霞んでしまう。
つい手に持った紙箱をテディの中に押し込んで隠してしまった。
「……今回は見送り、カナ」
店の外でこっそり押し込んだ紙箱を取り出す。
中には少しいびつな形のチョコケーキが仕舞われている。 ……2日ではこの出来が精いっぱいだった。
「…………はぁーあ」
「へぇ、いい出来だな。 それ誰かにあげるのか?」
心臓が飛び出るかと思った。
慌てて箱を隠し、振り返るとそこにはもちろん私を見下ろすおにーさんの姿がある。
み、見られた。 反射的に隠したがもう遅い。
「こ、こんなの上げられないヨ……形は変だし、ちょっと焦がしちゃったし、甘ったるいし」
「アオから聞いたよ、2日前から没頭してたってな。 初めてにしちゃ十分だろ」
「う、うううぅぅぅ……! 駄目だヨ、こんなじゃおにーさんに……あぁー!?」
隠した箱をヒョイと奪われて、行儀悪く手で掴み取られたケーキの一口齧られる。
きっとおいしくない、満足してもらえない。 恥ずかしい、あんな出来じゃ……
「……うん、美味い。 けど生地がまだパサつくな、スポンジケーキは難しいからしゃーない」
「お、お世辞は良いヨ……やっぱり失敗……」
「あのなぁ、料理始めて2日で満足いく仕上げにされたら俺の立つ瀬がないんだよ。 それに本当に2日の出来かこれ? 昔の俺よりずっと上手いぞ」
大きな腕が私の頭を鷲摑みにし、そのままクシャクシャと撫でられる。
子供扱いしないで、と怒りたいところだが、顔が赤くてまともに上を向けない。
「筋は良いんだ、来年はもっといい出来見せてくれよ。 本命に渡す前の試食なら幾らでも付き合うぜ」
「う、うぅ……バカー! おにーさんのバカ、ろくでなし、顔面お化け屋敷ー!!」
頭を撫でる腕を押しのけ、店内へと逃げ込む。 暑い、暑い、冬の寒さがまだ続くというのに顔がほてって仕方ない。
まったく、なんでここまで苦労したんだろう。 あれは義理なのに、本命じゃないのに、ついついこだわってしまった。
本当にデリカシーのないおにーさんだ。 しかし、まあ……来年も食べてくれるなら。
…………次は、もっと頑張ろう。
間に合ったようだな……!(間に合ってない)