鏡映しの双竜 ②
初めに与えられた錠剤で変身して、3回か4回目の時だっただろうか。
あの頃はただ鏡を介して魔法少女同士連絡を取り合えるというだけの魔法だった、携帯電話以下の自分の限界に失望していたことを覚えている。
「―――――相性がいいわね、あなたには特別製を上げるわ」
そう言って、彼女から渡されたのはいつもの錠剤が詰まった黒い小瓶だった。
蓋を開け、中を確かめてみる。 しかしやはり見た目の違いは感じられない。
「……これは? いつものウィッチクラフトと違うのか?」
「ええ、原料に近い力を引き出せるわ。 裏表のない少女の力を鏡映しのあなたが使うなんて、皮肉な物ね」
時おり彼女が喋る言葉が良く分からない、楽しげに笑う所を見ると理解しない方が良い話なのだろう。
ウィッチクラフトの製造方法なんて藪蛇だ、知らない方が良いに決まっている。
「まあいいさ、私は輝鏡の身を守れるなら何だっていい。 悪魔にだって喜んでこの魂を売ろう」
「ふふふ、分かっているわ。 私はいつだって可哀想な子の味方、ああ本当に……私が親なら、あなた達みたいな目には合わせないのに」
どの口でほざくのか。 「ローレル」、全くその名にふさわしい大魔女め。
きっと、あなたの最後はろくなものではないのだろう。
――――――――…………
――――……
――…
――――僅かでも渡り合えると考えたのがバカだった。
「っ……!」
炎が躍る、生きているかのように絡みつく熱波が肌をチリチリ炙る。
何だあれは、話に聞いていない。 ロウゼキの魔法とは四肢に纏う破壊の力ではないのか?
彼女が背におったあの赤い龍は何だ?
あれではまるで、私と同じ魔法――――
「―――よそ見しとる余裕あるん?」
「がっは――――!?」
リーチを見誤った。 竜の息吹によって後押しされたロウゼキの蹴りが腹部へと突き刺さる。
内臓が裏返るような衝撃、しかし鉤爪のように変化した脚が私の腹部を掴んで離さない。
それどころか食い込む爪が私の腹をさらに締め上げる。 万力の如く締め上げる力はそのまま私の意識を刈り取らんとする勢いだ。
「ほら、キリキリ吐いたらどない?」
「ぐ、は……なめるなっ!」
運良く取りこぼさず握りしめていた青龍刀を振りかざすが、それよりも早くロウゼキは拘束を離して離脱する。
速さも膂力も経験も何もかも桁違いだ、馬鹿げている。
「ゲホッ……全く、人の作った結界に閉じこもって調子に乗っていたのが滑稽だな……」
「自己嫌悪は後にしてもらおか、それともその魔法の出所について話す気になった?」
彼女の背では赤い龍が唸りを上げ、私を睨み付けている。
……正確には龍の形をした炎か。 私の魔法で使役した魔物とは根本的な仕組みは異なるのか?
「解せないな、何故この姿に拘る? それにその龍、まるで私と同じ……」
「“逆”やなぁ、あんたがうちの知ってる人と似てるんよ」
「……はっ、なるほどな。 そういう事か」
何が特別製だ、とんでもない地雷品を掴まされた。
確かに前の量産品よりはマシだが最悪の虎の尾を踏んだぞ。
「悪いがこれはローレルからのもらい物だ、私がどうこうして得たものではn」
「ほな、ええわ」
一呼吸の間に眼前まで迫っていた拳を紙一重で避ける。
私の回避に遅れた髪の房に風穴が空いた、正気かこいつ。
「おいおい、状況を分かっているのか? この身体は私だけのものではないんだぞ……!?」
「せやかて、大人しくしといてください言うて聞くわけないやろ? なら丸ごと大人しくさせるしかないなあ」
「ぶっ飛んでるな、思考がさぁ!」
がむしゃらに青龍刀を振るうが、悉くを最低限の動きだけで躱される。 まるで霞か幻だ。
その間にもじりじりと舞い散る火の粉が私の体力を奪っていく。
「私はここで終わるわけにはいかないのさ、輝鏡のためにも! あのイカれた母親の虐待を止めるには私しかいない!!」
「好き勝手言ってくれるなぁ、それをその子が望んだん?」
「……望んでいるはずがない!!」
「虐待されているなら話は簡単や、大人に相談すればええんよ。 そうしなかったって事はその子は分かってたんやろ? 人に話せば母親から引き剥がされるって」
「当たり前だ、あんな親なら……」
「でも、それを拒んだ。 せやからあんたもこないな回りくどい手段を選んだんやろ?」
「っ―――――」
一瞬生まれたすきを突かれ、ロウゼキの細い指先が青龍刀の刃を挟む。
そのまま刀ごと持ち上げられた私の身体は勢いよく地面にたたきつけられた。
魔法少女の魔力に守られた体は地面と衝突してもダメージは薄い、だが人間の本能としてどうしても一瞬身体が硬直してしまう。
ロウゼキも効かない事は分かっているはずなのに、これは力量差を見せつけるための行為だ。 私の戦意を折りに来ている。
「ぐ……絶好の、チャンスを逃したな……!」
「へぇ、そないな口ほざけるなら隠し玉でもありそうやなぁ?」
ああ、あるさ。 とびっきりの隠し玉が一つある。
既に仕込みは終えている、あとは仕掛けるタイミングだ。
チャンスは一瞬だ、あのロウゼキ相手に仕損じればこちらの命が無い。
「一応聞いておくけど、降伏する気は?」
「毛頭ない」
「せやったら残念やねぇ、あとで“治す”から堪忍してな」
次の瞬間、ロウゼキが地を蹴って空を飛ぶ。
その軌跡を追うように、炎の龍が彼女の背後に螺旋を描いて宙を舞う。
避ける気はない、危険だがあれは真っ向から受けなければいけない技だ。
「ああ、まったく……こんなところで博打だなんて、上手く行かないな……!」
「ほな、さようなら」
重力と龍に背を押され、彼女が空から落ちてくる。
炎を纏ったその一撃は先程までの比ではない威力と魔力だ、まともに喰らえば再起不能は間違いない。
「だから……君の技は君自身に受けてもらう!!」
衝突の瞬間、懐から取り出した手鏡をロウゼキに向けて突き出す。
――――次の瞬間、ロウゼキの片足は木っ端みじんに砕け散った。




