鏡映しの双竜 ①
「鬱陶――――しいナぁもう!!」
手を変え品を変え、次から次に襲い掛かって来るパニオットの群れを銃身で薙ぎ払う。
まるでゾンビ映画の様なシチュエーションだが、銃を撃ち放てないのがストレスだ、それに肝心な時にバンクが手元にいない。
弾幕では一般客に飛び火する可能性がある、避難が完了するまで下手に引き金を引けない。
「局長! 避難は!?」
『難航している! どうにか石段からその魔女を剥がせないかね!?』
「無理だ数が多い! 我等2人だけじゃどうやっても全員引っ張り出せない!!」
シルヴァが必死に迫りくるパニオット達を捌きながら悲鳴混じりに叫ぶ。
敵もよく考える、パニックになった一般客が押し寄せるのは唯一の出入り口であるこの石段だ。
藪を切り開いて避難経路を作り出すことも出来ない事はないが、それはそれで時間がかかる。 今すぐに全員を連れ出すという事は無理に近い。
「正義の味方は大変」
「出力では負けていてもハンデがあれば互角以上」
「頼みの綱のあの魔物はいま手元にいない」
「……? お前、なんでバンクの事まで知っているのカナ――――」
「――――ゴルドロス! 危ない!!」
「っ!?」
シルヴァの警告で咄嗟に身体を守るように構えた銃身に何か重たいものがぶつかる。
鉄の銃器が軽くひしゃげるほどの威力に私の身体が丸ごと持って行かれる。
抗いようもなく吹き飛んだからは勢いよくパニオットの群れに突っ込み、その勢いで巻き込まれた数体が沈黙し、消滅する。
『ゴルドロスクン、大丈夫か!?』
「ぐ、はぁ……! 効いたけどなんとかだヨ、今のは……!?」
衝撃の正体を確かめるため、パニオットを蹴散らしながら素早く体を起こす。
その先に立っていたのは、まるで喪に服すかのような黒に身を包んだ長身の人物だった。
顔はヴェールで隠されてはいるが、体のラインから見て女性で間違いないだろう。
「――――随分と手こずっているわね、パニオット」
「……ローレル、何故あなたが?」
「ごめんなさい、あなたの魔法を過小評価している訳ではないわ。 ただ確実性が欲しかったの」
多分、笑ったのだろう。 ローレルと呼ばれた女性の顔に掛かったヴェールが少し揺れる。
魔女ではないはずだ、明らかに成人している。 だというのに、この気配の違和感は何だろう。
だとしたら普通の人間がなぜここに? さっき自分を弾き飛ばした攻撃も彼女が?
『……二人とも、どうした? 状況はどうなっているのかね?』
「局長、まずいヨ。 気味悪い奴が出て来た」
『な、なんだとぉ!? ええい、助っ人は向こうに送ったというのに……!』
「…………助っ人?」
――――――――…………
――――……
――…
天井を突き破り、それはまるで桜の花びらのように優雅に落ちて来た。
その名を体現するか桜色の着物をはためかせ、少女は虫でも払うかのように軽く拳を振るう。
ただその一振りで強固なはずの結界は音を立てて崩れ去る。
「――――酷いなぁ、うちを差し置いてこないことやってるなんて」
「ロウゼキ……さん!? どうしてここに、京都に帰ったのでは!?」
「あらぁ、うちがいつそないな事言った?」
《えぇー……なんですか、京都って暇なんですか?》
「いや、んな事ないと思うけど……」
結界を砕き、そのまま舞台の上に降り立ったのは京都に帰ったはずのロウゼキだ。
彼女が持つ破壊の魔法ならシルヴァが苦労して構築した結界を砕くのも容易いだろう、しかしなぜここに?
「助っ人参上や、何かあったらすぐ助けに入れるようにって頼まれとったからなぁ。 局長さんに感謝しとき」
「局長に……? まさかあの人がこんな手を回していたなんて」
「―――これはこれは、予想外の珍客だな」
もうもうと巻き上がる破壊の余波を振り払い、眉間にしわを寄せたクーロンが現れる。
ロウゼキは確かに結界を砕き、そのまま舞台上に落下した。 しかしその攻撃はいち早く察したクーロンは辛うじてその奇襲を躱していたのだ。
「最強の魔法使いか、まさかこんな所で出会うなんてね……京都から離れたこの地なら安心だと踏んだのだけど」
「あら、それはそれはお気の毒に。 せやけどうちの登場は予想外やったん? それは良いこと聞いたわ」
「ろ、ロウゼキさん! 我々も――――」
ラピリスが共に戦おうと舞台に駆け寄るが、ロウゼキはその動きを掌を突き出して制止する。
何故? しかしその理由はすぐにわかる、先ほどゴルドロスたちが抜けていった方角から“何か”が飛んでくる気配がする。
「ラピリス!!」
「分かってます!!」
≪――――IMPALING BREAK!!≫
俺が投擲した羽箒とラピリスが放つ斬撃波が交錯し、空から急降下してくる黒竜と衝突する。
互いの勢いが相殺され、羽箒は粉々に砕け散るが竜は無傷だ。
黒曜石のようにきらめくあの鱗はどうやら相当堅いらしい。
「そっちのトカゲは任せたわ、お客さん達も広い所に避難しときー」
「ちょっと待て、そっちは一人で大丈夫か!?」
「なんや、ブルームはん。 うちが負けると思う?」
「……思わないな!」
ロウゼキの登場に多少は安堵したのか、避難する客の動きも若干滑らかになった。
今がチャンスだ、さっさとあの魔物を何とかして事態を収拾させる。 俺とラピリスはこの場をロウゼキに任せ、竜と相対するために外へと駆けだした。
――――――――…………
――――……
――…
まずいことになった、想定に無い。
まさかここでロウゼキに出くわすとは、ローレルの情報に間違いがあったのか?
いや、過ぎた事を今蒸し返しても意味がない。 私はいま私にできる事をするだけだ。
「……思ったより余裕やなぁ、何か秘策でもあるん?」
「さてな、ただ自棄になっているだけかもしれない」
不敵に笑う。 少女が笑う。 対峙しているだけで魔力の圧に押し負けてしまいそうだが、策が無いわけではない。
魔法少女ロウゼキを倒すための術ならたった今手に入れた。
「んー、なぁにか企んでいる顔やなぁ……まあええわ」
何もかも見透かしたような笑みを浮かべたまま、ロウゼキはひらひらと振った手のひらを翻す。
……手品、いや何かしらの魔術か。 瞬きの間にその手のひらには数枚の呪符が握られていた。
「魔女には色々聞きたい話があってなぁ、薬の出所とか、黒幕とか、時間なんてなんぼあっても足りないんやけど一つだけ確実に聞いておきたい事があるんよ」
話をつづけながら、彼女はまるでトランプ遊びでもするかの如く広げた札の中から1枚を引き抜く。
……その札の表面には、私が操る竜と同じような模様が刻まれていた。
「――――その力をどこで手に入れたか、舌の根引っこ抜いてでも吐いてもらうわ」
彼女が初めて見せたその冷たい声色と眼差しに、私の脳裏に「死」という文字が浮かんだ。




