祭囃子は聞こえない ⑤
「だぁーもう! 速い!!」
「こ、これはラピリスに任せた方が良かったのではないかぁ~!?」
「うだうだ言っても仕方ないヨ! さっさと追う!!」
既に肩で息を始めたシルヴァーガールの尻を叩きながら、宙を泳ぐ竜を追いかける。
ぬらぬらと輝く竜の鱗には提灯の明かりが照りつき、黒曜石のような妖しいきらめきを見せている。
速い。 成人女性を抱えてなお引き離されないようにするのがやっとの速度だ、確かにシルヴァーガールの言う通り、これはサムライガールに任せた方が良かったかもしれないが今言ってももう遅い。
『ゴルドロスクン! 状況はどうなっている!?』
ノイズ混じりの通信機から聞き取りにくい局長のヒステリックな声が聞こえてくる。
こちらの速度と魔物から漂う魔力の気配に通信の調子が悪くなってきているのだ。
「魔物が人質を1人抱えて逃走中だヨ! 今追ってる! 縁はどうしたのサ!?」
『彼女は今ラピリスクン達の方に着いている、私じゃ不満かね!』
「不満じゃないけど不安だヨ!!」
『そう言われるとこちらは不服だね! ……待て、今君達は追っていると言ったな? 駄目だ駄目だ、止まりなさい!』
「あぁーん? なんでだヨ!」
『敵も馬鹿じゃない、分断されている可能性が高い! 早く戻りなさい!』
「……待て、ゴルドロスよ。 多分もう遅いぞ」
ふと、竜が中空で旋回して速度を落とす。 まるで目的は果たしたと言わんばかりに。
神社へと続く石段のふもと、そこでは同じ顔をした軍団が待ち受けていた。
「お前たち……どうやってここまで侵入したんだヨ!」
「方法ならいくらでも」
「我々は魔法少女」
「監視の目を掻い潜るなど造作も無い」
魔女・パニオット。 以前にも交戦した厄介な魔法少女だ。
その能力は見ての通り自己の量産化、一体一体の戦闘力はわりかし低いが、それも群れれば多大な脅威だ。
「我々の役目は足止め」
「状況は重畳、ブルームスター達に合流はさせない」
「ハッ! 舐められたもんだネ、お前はさっさとぶっ倒してそのドラゴンの首狩らせて貰うヨ!」
「う、うむ! 我々を侮るなよ!」
「侮ってはいない、十分と判断」
「よーし良い度胸だヨ! 泣かす!!」
――――――――…………
――――……
――…
「……縁さん、彼女のような前例は?」
『ない、わね……シルヴァちゃんのように変身して多少性格が変わる子はいるわ、けど人格が丸ごと入れ替わるなんて初めてよ』
魔法少女の力はその精神性に依存する。
つまりは人格が変われば振るう力も変わる、その理屈を活かして人格をころころ変えるやつを知らない訳じゃないが、ここで悠長にお喋りしている暇はない。
「クーロン、あの魔物はなんだ! どうしてお前のいうことを聞いている!?」
「声を荒げるなよブルームスター、あれは私の杖の延長だ。 倒しても良いけど、その場合魔女がどうなるかは君たちも知っているだろう?」
「お前……!」
いつかの武道館の結末を思い出す。
錠剤で変身した魔法少女の杖が破壊された場合、本体は廃人のようになってしまう。
百歩譲って敵ならまだしも、杖を破壊すれば影響を受けるのはクーロンだけじゃない。
「私は悪い魔女だからね、人質だって使うさ。 まあ君たちが輝鏡ごと私を倒そうというのなら構わないよ?」
《こ、こんのぉー……! マスターが手を出せないのを知ってて! 輝鏡ちゃんとが思えない性格の悪さですよこの子!》
ハクの歯がみする声が頭に響くが、それは俺も同じ気持ちだ。
本体を取り押さえようにもこの結界が邪魔すぎる。
「縁さん、一般客の避難は!?」
『そ、それが表の石段下でゴルドロスちゃんたちが交戦! 下手に外に出ようとすれば巻き込まれるわ!』
「ほかに出入り口は!?」
「あはは、藪道を探せばあるだろうね。 けどこれだけの人数を抱えてすぐに避難できるかな?」
苛立ちから結界の壁を蹴りつけるが、状況は何も好転しない。
クーロンはただここにいるだけなのに事態は悪化する一方だ。
「……ラピリス」
「飛ぶ斬撃は駄目です、あれは制圧には向かない上にリスクが高い」
やはり駄目か、あれは一発撃つとラピリスの魔力の殆どを持って行かれる。
その上斬撃となると、クーロンを無力化するにはどうしても乱暴な手段になってしまう。 それは避けたい。
「そう怖い顔しないでくれよ、どうせお互いに手は出せないんだ。 それにこちらの目的はほぼ達成したようなものだからね」
「目的だと……?」
「ああそうさ、この祭りを滅茶苦茶にしてやりたかったのさ。 そうすればあの馬鹿な母親の間抜け面も拝めるだろう?」
「馬鹿な真似を……家族じゃないのかよ」
「常識的な家族ならそうかもしれないね。 けどあれは駄目だ、あんなもの親じゃないよブルームスター」
クーロンが袖をまくり、その下に隠された二の腕を露わにする。
雪のように白い肌には、痛々しい青あざがくっきりと刻まれていた。
「……床を軋ませて歩けば鞭一つ、祝詞を忘れれば鞭一つ、儀式作法を間違えれば鞭一つ。 私が一番輝鏡に刻まれた痛みを知っている。 親から受けた傷の数を知っている」
言葉に詰まる、彼女が言いたい事は何となく察しが付いてしまう。
肌に浮かぶ青あざはとても一度や二度程度の体罰でつけられたものではない、あまりにも子供には過ぎた叱責だ。
「彼女は救いを求めたんだ、行き場のない感情の出口として私という人格を作り上げた。 だから私には濃墨輝鏡を救うという使命がある」
「違う……そんなの彼女は望んでいません!」
「何故君がそんな事を断言できるんだ? 何一つ輝鏡を助けてくれなかった君が」
「っ……それ、は」
「輝鏡を救えるのは私しかいない、その為になら何を犠牲にしようと構わないさ。 たとえこの場にいる一般人たちだろうともね」
その言葉に未だ逃げ遅れている人々の間にどよめきと小さな悲鳴が広がる。
目の前の魔女もそうだが、石段を塞がれて逃げ場を失った一般客たちも気に掛けないと不味い状況だ。
今こそ見かけ上拮抗状態であるために持っているが、何時パニックになって溢れ出すかも分からない。
「ふふ、そう怖がらなくてもいいさ。 そうだね、まず手始めに――――」
「――――せやなぁ、まず邪魔な魔女をひっ捕まえるってのはどないや?」




