祭囃子は聞こえない ②
「ほんっとうにごめんなさい! お母様がまた無茶を言って……!」
「いやいや、輝鏡ちゃんが気にすることじゃないって」
去っていった母親に変わり、ふすまの後ろから恐る恐る現れた輝鏡ちゃんが深々と頭を下げる。
この年で洗練されたお辞儀の鋭さと芸術的な角度だ、苦労しているのだろう。
「で、でも……」
「別になにかされたわけでもないし気にしないよ、なあシルヴァ?」
「うむ、それより結界はバッチリだぞ。 気負わず存分に舞うと良い! 我楽しみ!」
「あはは……ありがとうございます」
愛想笑いこそ浮かべてくれているが、やはりどこか浮かない顔色をしている。
輝鏡ちゃん本人も、実の母親の行動については思う所があるのだろうか。
「輝鏡ちゃん、何か思ってる事があるなら遠慮なく言った方が良いと思うよ」
「うぇ、顔に出てました!? すみません……でも、お母様もこの家を考えての事なので、あまりでしゃばる真似は出来ないんです」
「家を、とな?」
「ええ、この家……というより神社は10年前までかなり傾いていたんです」
「10年前か、その時期なら言っちゃ悪いけど納得は出来るな」
災厄の日から参拝客が増えて立ち直りましたという神社やお寺の話は珍しくも無い。
魔法なんて言うオカルトが世界に溢れた以上、神様に頼りたい気持ちも分かる。
「そして……私が物心つく前に、お父様が魔物に食べられちゃって、それからお母様は魔法少女にピリピリしてるんです」
「…………」
そして、魔物に殺されるという話も珍しくはない。
この10年で人的被害は減りはしたが、それでも0ではない。 水を掬う手をいくら重ねても必ず零れる水滴はある。
魔法少女が戦う裏で、間に合わずに救えない人命も存在してしまう。
「……ごめんな」
「いえいえ、ブルームさんが謝る事ではないですよ! と、当時の魔法少女を恨む気持ちも毛頭ありません! ……ただ、その時にもう一度神社の経営が傾いて」
「お母上が建て直したと、そういうわけだな?」
シルヴァの問いに輝鏡ちゃんが頷く。 本殿もそうだが、この神社は全体的にかなり立派な造りをしている。
女手一つでここまでのし上がったのなら相当な努力と才気があったに違いない。
「そっか、凄いんだなぁ輝鏡ちゃんのお母さん」
「そうです、そうなんです! お母様はとてもすごいんです!」
「……ただ。教育に関してはちょっと厳しいように見えたけど、当たってるかな?」
「…………え、えへへぇ……の、ノーコメントでお願いします」
輝鏡ちゃんが視線を逸らして言葉を濁す。 冷や汗を垂らすその反応だけでほとんど答えているようなものだが。
父親を亡くし、一人残された跡取りに掛けられた負担は相当大きいはずだ。 その重みが彼女に小さな体に果たして釣り合うものだろうか。
「……ところで、頬が腫れているけどどこか打ったのか?」
「えっ!? うそっ……あ!」
咄嗟に頬を隠し、俺の嘘を察した輝鏡ちゃんの顔からさぁっと血の気が引いて行った。
分かりやすい子だ、騙してしまった事に罪悪感すら覚える。
「ああ、嘘だよ。 怪我をしただけならそれで良かったんだけどな。 その痕を隠すとなると無視できないかな」
「め、盟友……?」
何かに打ちつけただけならここまで過剰に反応する必要はない。 隠すのはそれなりの理由があるからだ。
……子供が馬鹿な真似をしてゲンコツを喰らう、という話なら分かる。
だが、輝鏡ちゃんのような子が、自分の落ち度で頬を張られるというのはどうも想像がつかない。
「……な、なんでもないですよこんなの! ちょっと私、ポカやっちゃっただけで……」
「嘘だな、それぐらい分かるよ。 ……深くは聞かないけどさ」
輝鏡ちゃんの手に重ねる様にしてそっとその頬に触れる、軽く指を滑らせたところで腫れも何もない、見事なタマゴ肌だ。
ラピリスの話からすれば昨日は赤く腫れていたはずだ、1日できっかり治るように手加減したのなら相当腕が良い。 それだけ“叩きなれている”という事だ。
「親子問題に口出す資格は俺には無いけどさ、辛くなったらいつでも言ってくれよ」
「ひゃ、ひゃい!! わわわわ、わぁ……もうほっぺた洗えない……!」
「盟友はそういうところ本当盟友だな」
「あれ、シルヴァはなんでそんな目で俺を見てるの?」
――――――――…………
――――……
――…
「……盟友、輝鏡はもしや何かを隠しているのか?」
「ん……あー、そうだな」
折角腫れが引いた頬を赤くした輝鏡ちゃんが去った後、頃合いを見てシルヴァが口を開く。
そういえばゴルドロスとシルヴァの2人はまだ詳しい事情を知らなかったか、となれば今のやり取りは置いてけぼりだっただろう。
「ちょっと複雑な事情があるみたいなんだよ、魔法じゃ解決できない問題がな」
「そうか、それは我々も頑張って何とかしないといかぬな、盟友!」
「……シルヴァってさ、案外度胸座ってるというか図太いよな。 悪いことじゃないけど」
「わ、我はいつも勇気凛々だぞ!?」
いつも他の二人の影に隠れてはいるが、今の話を自信満々で「何とかしよう」と言い切れるシルヴァも相当だ。
そうだそうだ、考えてみれば俺が出てくるまでこっそり野良やってたようなやつだ。 少しぐらい図太くなければやっていけない。
「悪い悪い、馬鹿にしたわけじゃないさ。 それじゃここからはしっかり気を引き締めて行こうぜ」
「う、うむ。 ……出来ればこのまま何も起きねば最良なのだが」
「だからって油断できる気分じゃねえな」
始めにこの祭りの予定を聞いた時、襲撃があると予想していたポイントは「2つ」ある。
1つは先程の魔法少女交流イベント、そしてもう1つが今から行われる本堂でのイベントだ。
どちらも多くの観客が1か所に集まる、そこをちょっと悪意で突けばたちまちパニックが広がっていくはずだ。
「今の所局長さん達からも特に怪しい連絡はないよな、結界の方は任せたぞシルヴァ」
「任せよ! このシルヴァリアⅢ世に不可能はない!」
そろそろラピリス達も人ごみを抜けて合流するだろう。 本堂が解放されるまで残りはおよそ30分。
さて、鬼が出るか蛇が出るか、だ。
 




