祭囃子は聞こえない ①
思えば、偶像崇拝である魔法少女と神様信仰は似ている面がある。
魔力という訳の分からない力に対抗するために祈るならどちらがいいか、その点を考えるなら需要を取り合ういわばライバルだ。
だからこそ、彼女が俺たちに対して敵意を向けていることは何となく理解はできる。
「……すみませんね、最後にちょっとだけ結界の調子確かめたらすぐに出て行くんで」
「ふん、本殿の警護をするというのはありがたい話ですが……あまり妙な真似はしないように、その結界とやらも終わったらすぐに消してくださいよ」
「わ、分かっている! い、います!」
無理に背筋をピンと伸ばしたシルヴァがはきはきと答える、完全に濃墨母に委縮しているようだ。
あの目つきで見下ろされると確かに威圧感はあるが、たまに店にやって来る飲んだくれた客の方がずっと厄介だ。
「シルヴァ、あまり気にするな。 さっさと終わらせて戻ろうぜ」
「う、うむ……盟友は強いな……」
むしろ敵愾心を剥き出しにしてくれるだけわかりやすい。
濃墨母は両手を組んで後ろからバッチリ俺たちの動向を監視するらしいが、気にするだけ損だ。
相手から何か仕掛けてくるわけでもない。
「それで、この結界ってのはどんな仕組みなんだ?」
「うむ! 仕掛け自体は昨日も見せたが、トリガーはこの四方の柱に張り付けた札にある。 景観を損なわないようにデザインも考えたぞ!」
シルヴァが指を指した柱には、なるほど確かにそれらしい紙が張り付けてある。
短冊形に切り取った和紙の上に走らせた墨字、さながら陰陽師が扱う呪符のような仕上がりだ。
「……って、この字もシルヴァが?」
「う、うむ。 そういった依頼を受けてな……我すごく頑張った」
シルヴァが後ろを気にするようにチラチラ意識を向けると、「ふん」と濃墨母が鼻を鳴らす。
なるほど、シルヴァの羽ペンじゃ難しいだろうに見事な仕上がりだ。
「一度起動すればこの札を起点に舞台を囲む結界を構築する、内部からの出入りは自由だが外からはいかなる妨害も受け付けぬぞ!」
「……お待ちなさい、それは空気の循環などは行えるものなのですか?」
「う、うむ? えっと、空気くらいなら問題なく通過できる……はず、です」
「はず?」
「できます!!」
「くれぐれも不備があった、という事だけは無い様にお願いします。 私たちはこんなわけも分からないものに命を預けているわけですから」
「う、うぅ……はいぃ」
まさか昨日からこんな調子だったのだろうか、だとすればついてきて正解だったな。
シルヴァ1人で対応するにはこれはちょっと辛い。
「シルヴァ、気にするな。 一回動かしてみて確かめるか?」
「そ、そうだな……では盟友、一度中に入ってみてくれ」
「おう、分かった。 ……良いですかね?」
「必要ならば仕方ありませんが、舞台上の仕掛けには触れない、動かさない、汚さないように」
「ええ、もちろん分かってますよっと……」
一応、濃墨母の許可を貰ってから壇上に上がる。
僅かに軋む木製のステップを踏み、壇上に登ると下から眺めていた感覚とだいぶ違った広さがある。
そして床から生えた照明、奈落、スピーカーと案外現代的な仕掛けも見える。 観客目線からは見えないように工夫されているが、これは確かに触れるなと注意する気持ちもわかる。
「よし、こっちは準備いいぞ。 シルヴァ、頼んだ!」
「よし来た、いくぞ盟友!」
シルヴァが本を開き、ペンをスラスラ走らせる。
そして紙面に書かれた文章が完成すると、それに呼応して柱に貼り付けられた呪符が淡い光を帯び始めた。
パンと軽い音を立てて風が吹く、ふと目の前の空間に目を凝らすと、一瞬だが薄いガラスのような光沢が見えたような気がした。
「……どうだ盟友? こちらの声は聞こえるか?」
「ああ、バッチリだよ。 特に問題なさそうだな」
シルヴァが舞台前の何もない空間をノックすると、見えない壁にぶつかったコンコンという硬質な音が立つ。
起動、硬度、範囲、どれも問題はない。 特に声がくぐもって聞こえる感じも無い、空気の循環も問題はないだろう。
「よし、これぐらいでいいだろ。 シルヴァ、解除してくれ」
「解除するには中から壁に触れるだけでよいぞ、盟友。 外からは解除できぬのだ」
「ああ、そうなの? でもなんでそんな仕様に……」
「クライアントからの要望で……」
「ああ……そういう事ね」
心なしか後ろで睨む濃墨母の視線が心なしがさらに吊り上がった気がする。
万が一にでも娘が閉じ込められる可能性を嫌ったのだろうか、にしても外部から解除できない仕様というのはやり過ぎな気もするが。
だがそれはいまとやかく言うような問題でもない、壇上から降りて見えない壁に触れるとガラスが割れるような音を立てて結界は解除された。
「……これで万が一に本殿が襲われても、娘には危害は及ばないという事でよろしいですね?」
「は、はい! 見ての通り、完璧な守りだ……です!」
「完璧かどうかはさておき、まあ良いでしょう。 本日の祭儀が無事に終わるならそれに越したことはありません」
一通り経過を見て満足したのか、それ以上は特に俺たちを気に掛けるでもなく、濃墨母は渡り廊下に出て去っていった。
「……ぷはぁ、我緊張したぁ……」
「お疲れさん、気使う相手だなありゃ……“本日の祭儀が無事なら”、か」
娘の身が無事なら、ではなくその言葉が先に出るとなると……ラピリスの懸念は当たっているのかもしれない。
それに僅かに会話を交わしただけの印象だが、彼女は今回の祭儀……もとい、神社の運営にやけに神経質になっているように感じた。
「だからっつって俺が説教できる立場じゃないんだけどな……どうするか」
「あのぉー……ブルームさぁーん……シルヴァさぁーん……」
「……ところで盟友、我の気のせいでなければ何か聞こえないか?」
「ん? この声は……」
声の出所を探して周囲を見渡すと、濃墨母が去って行った方とは真逆の方向にある襖からチラチラ覗く巫女服を見つけた。
「……ごめんなさぁい、うちのお母さまが迷惑をかけてしまったみたいで」
そして襖からひょっこり申し訳なさそうな顔を覗かせたのは、渦中の人物である濃墨輝鏡その人だった。
 




