あとの祭り ③
長い石段を登り切った先に待つ境内には、すでに屋台の骨組みたちが立ち並んでいる。
忙しなく動く大人たちは額に汗を浮かべながら着々と準備を進めている、ここが明日の舞台となる会場だ。
「広さ十分、屋台も種類もたっくさん。 んふふ、これは今から楽しみだヨ!」
「浮かれてないでさっさと荷物を運んでくださいよ。 完成しなければ元も子もないんですからね」
「分かってるヨ! おっと向こうは焼きとうもろこし屋カナ?」
「さっそく浮かれてんじゃねえか、ったく……」
ここでの魔法少女の仕事は、侵入が面倒臭い機材の代わりに重い荷物を搬入する事と、何か怪しいものが持ち込まれないか監視する意味もある。
魔法局が目を光らせている現状、魔女も容易くは介入できないはずだ。
「監視カメラは?」
「順次設置中です。 見えるところに置いたカメラの半分はダミーですよ、本命は釣り提灯の中などに隠してあります」
「なるほど……言われないと分からないな」
ラピリスが手に持って見せてきた提灯には、確かに小さな穴が開けられて、そこから覗く黒いレンズに反射した自分の瞳と目があった。
「これであからさまに怪しい人間は弾けますが……まあ、気休めのようなものですね」
「流石に子供を全員ってのはなぁ……」
変身前の魔法少女が紛れ込むとなると見分ける方法は殆どない、変身するその瞬間を捉えるまでは一般的な少女と何も変わりはないのだから。
だからといって入場を制限してしまえば祭りの趣旨を損なってしまう、大人ばかり集まっても意味がない。
「それでも見張っているという拘束力は高いはずです、まさかカメラの前で変身するわけにもいかないでしょうし」
「ああ、向こうも正体に関しては慎重になるだろうな。 姿を捉えられれば御の字って所か……」
もしカメラに錠剤を服用する姿が映れば決定的だ、事態さえ収集してしまえば個人を特定するなど容易いだろう。
だからといって変身したままやって来るなら、それはそれでこちらも迎撃の準備も出来るからまあよし。
魔法少女の目立つ格好なら会場にたどり着く前に見張りのスタッフが見つけてくれるだろう。
「何度も言いますが、何も起きないのが一番なんですけどね」
「俺もそれは願ってるけどなぁ」
警戒こそ重ねているが、こちらはどうしたって後手に回ってしまう。
神出鬼没な魔女を相手にこの程度の準備で足りるものか、どうしたって不安が募る。
考えこむと嫌な予感ばかりが脳裏をよぎってしまう……そして、額に皴が寄った俺の頬に何か冷たいものが押し当てられた。
「ひゃっわぁ!?」
「AHAHA! そんな仏頂面してたら折角の顔が台無しだヨ、ブルーム! ほらほら、甘いものでも飲んで元気だすと良いヨ!」
思わぬ不意打ちに素っ頓狂な声が飛び出すと、犯人であるゴルドロスがケタケタと笑い、再度手に持ったそれを落ち着けてくる。
詰めたい結露を滴らせるそれは青い硝子の瓶と透き通った中にふつふつと沸き立つ清涼感がある炭酸、夏祭りの定番であるラムネだ。
「ゴルドロス! あなたって人はまーたそうやってサボっ……」
「おおっとサムライガール、これは手伝ったお礼にって屋台の人から貰ったものだヨ! 私悪くないヨ!」
「む、ぐ……それならまあ……」
善意で提供されたものを無碍に断るわけにもいかないといった様子で、渋々ゴルドロスが差し出した瓶を受け取るラピリス。
続けて俺も放り投げられた瓶を受け取るが、夏の日射によく映える青い瓶はキリキリに冷えている。
夏祭りの屋台にこれが並ぶなら思わず手に取る客も多いはずだ。
「シルヴァーガールも呼んでくるヨ、温くなる前にちょっとそこの木陰で休んだってバチは当たらないよネ!」
「休むために使うあのやる気を仕事に向けて欲しいのですが……」
「そりゃ魔女問題より難しい話だなぁ」
――――――――…………
――――……
――…
「あぁ゛ー……生き返るヨ」
「おっさんかお前は……」
「んくっ……んくっ……! けほっけほっ!?」
「シルヴァ、そんなに急いで飲まなくてもラムネは逃げませんよ。 ほら、口拭いて」
降り注ぐ日射を遮る木陰の下、四人が並んでありがたきシュワシュワを飲み干す。
ラムネなんていつぶりに飲んだだろうか、喉を通り抜ける炭酸の清涼感が心地いい。
シルヴァが焦って飲み干す気持ちも分からないでもないが、一気に飲み干そうとすると中のビー玉が億劫だ。
「んー、これ取り出せないカナ……割るしかない?」
「って、もう空かよお前……そら、ちょっと貸してみ」
乱暴にビー玉を取り出そうとするゴルドロスから瓶を受け取り、外側のガラス瓶のみを箒に変える。
器を失ったビー玉は宙に放り出され、そのまま重力に従って俺の掌へと収まった。
「ほらよ、ラムネでべたべただから洗っておけよ」
「わっはー! サンキューブルーム、やっぱり便利だネその魔法!」
「ビー玉取り出すためのものではないんですけどね、相変わらず妙な魔法です」
「それは俺が一番思ってるよ……」
箒に乗った魔法少女とは、なんというか“らしい”イメージだが実際に箒を振り回す身になるとたまったものじゃない。
「せめてもうちょっとマシな武器になってくれればな」
「魔法少女の杖は心の形、あなたにはそれがお似合いという事では―――――誰ですッ!?」
突然、ラピリスが弾かれたように立ち上がり、腰の刀を引き抜いて身構える。
その視線の先には生い茂った雑木林だ、そしてラピリスの殺気に当てられ動揺したのか、茂みの一つががさりと揺れた。
「わ、わ、わ! すみませんすみません、魔法少女がこんなに間近にいるなんて初めてで、つい……!」
たまらず林の中から飛び出してきたのは、白と赤の組み合わせが生える巫女衣装の少女だった。
綺麗に切り揃えられた濡れ羽色の髪を左右でまとめたツインテール、魔法少女を生で見て興奮したのか頬を紅潮させ、じっとりと濡れた汗のせいで折角の衣装や髪の毛が体に張り付いてしまっている。
「わ、私……濃墨 輝鏡といいます! あの、その……サインください!」
ビシッと礼儀正しく90度のお辞儀を見せた少女は、そのまま両手に握りしめた4枚のサイン色紙を俺たちへと差し出してきたのだった。
 




