マジックタイム・ショータイム ②
「はい、オレンジジュース」
「あ、ありがとう……ござい、ます……」
街路樹のそばに設置されたベンチに座り、詩織ちゃんにオレンジジュースを渡して一息つく。
「アオはホットココアだったな、あったかいものどうぞ」
「はい、あったかいものどうもです」
「ひー君、私の分は?」
「自分で買えや大人」
目じりにハンカチを押し当ててすすり泣くおっさんを放って買ってきたコーヒーを啜る。
熱い液体が喉を通って胃の腑へ落ちる、熱に負けて味はよく分からないがどうせ値段以上のものではないだろう。
「そういえばひー君たちは2人揃ってどうしたの? お買い物?」
「デートだよ、せっかくの休みだし美人でも連れ回したくてね」
「ぶほっ!!」
「おっと、大丈夫かアオ?」
咽たのかアオが盛大にホットココアを吹き出す、幸い周囲に被害がなくて助かった、落ち着いてポケットからハンカチを取り出してアオの口元を拭う。
「お、お兄さん。 もう私子供じゃないんですから……もー!」
「わ、わあぁ……」
《マスター、それは罪深いムーヴですよ》
「なにさ」
素直に魔法少女探してますなんて言えるか、適当にはぐらかしただけでこんな惨事になるとは思わなんだ。
「ふーん……どうやら私たちはお邪魔なようねぇん、行きましょ詩織ちゃん」
「は、はい……あの、オレンジジュース、ありがとうございました……!」
「……? おう、またな」
おっさんに手を引かれて二人はそそくさと立ち去る、急用でも思い出したのだろうか。
「デート……お兄さんとデート……えへ、えへへへへ……」
「……アオ? 顔赤いぞ、大丈夫か?」
「ハッ!? い、いえいえ何でもありません! それよりは次にあのお店に行ってみましょう、なんだか魔法少女がいる気配がします!」
そんなことまで分かるとは、流石アオ。 頼りになる。
どうやら彼女の導きについて行けば目当ての魔法少女へ辿り着くのも難しくなさそうだ。
《いや、彼女の中で目的が入れ替わっているような気が……》
――――――――…………
――――……
――…
「すみませんお兄さん、こんな時間まで付き合っていただいて……」
「気にするなって、元から手掛かりの少ない相手だ。 一日二日で見つからなくてもしょうがない」
商店街の大時計に刻まれた針はすでに夕方であることを知らせている。
いろんな店を練り歩いたが結局アオが言う魔法少女は見つからなかった。
「最後にこの前の交差点に寄ってから帰るか、あまり遅くなると優子さんが心配するしな」
「そうですね、現場百篇とも言いますし」
二人で先日の狛犬事件が起きた交差点へと向かう、しかしそこにはすでに先客が居た。
よれよれの白衣に眼鏡、その下には芋ったいジャージを着こんだ人物……
「……縁さん?」
「ふあ……? あっ、葵ちゃん!」
張り巡らされたバリケードテープを乗り越えて、魔力学の才女が横たわっていた。
周囲には腕に特徴的な腕章を帯びた研究員のような人々もいる。
「何をやっているのですか縁さん、死体ごっこなら他所でやってください」
「ち、ちがうの! あのスピネって子の痕跡が無かったかくまなく調べていたの! ……あっ、こんばんは陽彩君」
「こんばんは縁さん、しっかし随分アナログな調べ方っすね」
魔力学の第一人者が地べたに顔をこすり付け目視で証拠を探すとは。
もっと最新の機械を用いて色々数値を見たり聞いたりするものかと思っていたのだけども。
「あはは……魔力って科学的な機構と相性が悪くて、機械を使って調べたりするのは難しいの」
「うーん、聞けば聞くほど面倒だな魔力……」
「そうなのよねぇ。 ああそれと葵ちゃん、ちょっと時間いいかな? 実は新たな魔物の目撃証言があって……」
「分かりました、詳しく聞かせてください」
どうやらまた新たに問題が浮上したらしい、電子パッドを抱えた縁さんはアオと話し込む。
魔物の話は気になるが部外者の俺が口を挟むわけにもいくまい。
「……という訳でハク、ちょっと向こうのパッドに移動して盗み聞きできないか?」
《人を何だと思ってんですかアンタ》
失敬な、ちゃんと便利で変身には欠かせない同居人として評価しているじゃないか。
それに月500円の貸しがあるだろう。
《無理ですよ無理ー、あの端末オフネット状態です。 あれじゃ私は手を出せませんよ》
「そっか、やっぱり無理かー」
流石にネットリテラシーがしっかりしている、どうしようか手をこまねいているとふと一陣の風が吹いた。
急な突風で反射的に目を瞑り……開くと、目の前に独りの少女が佇んでいた。
「――――くく……何か困りごとか、爛傷の男よ」
無理に作った様な低い声、裾が伸びたロングコートの上にマントを羽織り、両手に分厚い皮本と羽ペンを持った少女。
僅かに肩が上下しているのは俺が目を瞑っている間に急いで目の前に躍り出たからだろうか。
周囲には研究員の方々やアオもいる、しかし誰もその少女の登場に気づいていない。
「……君は?」
「ふっ、“宵闇の使者”と言えば伝わるか……分かんない? そっかー……」
《あー……》
その問いに首を振ると露骨に少女が落ち込む、何だ? なにかの暗号か……?
ただハクだけが何かを察したように両手で口を覆って目を逸らした。
「ハク、何か知ってるのか。 “宵闇の使者”について」
《違いますマスター、これあれです、中学二年生が陥る類の病です。 ちょっと早めに発症しただけだと思います》
「病気なのか!?」
《ダメだこの人理解ないタイプだ!》
見たところ健康体に見えるが、片目を抑えているのは痛みの症状が出ているからだろうか。
というよりこの奇抜な衣装はまさか……
「……君、魔法少女か?」
「如何にも! 我は魔道の化身、ありとあらゆる魔の術を収めし大賢者!」
一々身振り手振りが大げさだ、しかしここまでダイナミックな動きと声をしているというのに周囲の人間は誰もこちらを気にしていない。
「―――その名もダークネスシルヴァリアⅲ世! 逢魔が時の境界に導かれこの地に舞い降りた!」
「三世って事は先代がいるのか?」
「えっ、あ、いや、ちが……その、なんというか……」
《マスター、手加減して!》
今一話が噛み合わない、ただ彼女が魔法少女というのなら恐らくアオが言っていたのもこの子の事だ。
だとすれば周囲に気付かれないこの異常も、弾丸を氷漬けにしたのも彼女の魔法ということになる。
「ダークネスシルヴァリアⅲ世、だっけ。 君に幾つか聞きたいことがあるんだけど良いか?」
「ふっ、分かっておるぞ爛傷の男。 皆まで言うな……我の弟子になりたいのだろう?」
「いいえ」
「照れるでない、分かっておるとも。 しかしここでは場所が悪い、舞台を変えよう!」
こちらの話を一切聞かずにダークネスシルヴァリアⅲ世は片手の本を開いてペンを走らせる。
淀みなく滑るペンは紙面上に2行、3行と瞬く間に詩を綴り上げる、それこそまるで魔法の様な……。
「喜べ! 今宵、貴公のための詩を綴ろう!」
「いや、ちょっと待っ……うおお!?」
彼女が書き上げたページを破り捨てる、すると地に触れたページを中心に幾何学的な魔法陣が俺たち二人の足元まで広がった。
そして魔法陣に脚が触れた瞬間、まるで重力が失せたように二人の体が浮かび上がる。
「か、体が浮いて……待て待て待て待ってええええぇぇぇぇぇ……」
そのまま、2人の体は空の彼方へと消えて行った――――……
――――――――…………
――――……
――…
「……ということで、ちょっと確認してもらえる?」
「ええ、けどその前にちょっと失礼。 お兄さん、少し時間がかかりそうなので先にお店へ戻っ……」
鳴神 葵は一度目の前の女性との会話を打ち切って振り返る。
話が長引きそうなので同行者へ先に帰っていてほしいと、伝えようとするがその視線の先に愛する彼は居なかった。
「……お兄さん?」
夕焼けが照らす見通しのいい交差点、周囲には人の目がある。
だというのに……すぐそばで一人の人間が消え失せた。