茹だるような暑い日の話 ⑤
「ただいま到着したヨー、用事は何カナぁ」
「コルト、何ですかその態度は。 シャキッとしなさいシャキッと」
「でもぉ……この暑さはちょっと、堪えるよねぇ……」
「ごめんねー、急に呼び出しちゃって」
コルトたちと共に魔法局にやってくると、既に作戦室では縁さんが待っていた。
外とは違い、作戦室内には心地のいい冷気と程よい湿度が保たれている。 空調設備が生きていたのは幸いだった。
……まあ、その分他の部署では蒸し地獄を見ているのかと思うと素直に喜べないが。
「さっそくだけど3人とも、近日開かれるお祭りについては知っているかしら?」
「ええ、先ほどお兄さんから聞きました」
「お祭りの警備……ですか?」
「ええ、話が早くて助かるわ。 近々開催夏祭り、こんな大きなイベントを魔女の方々が見逃してくれると思う?」
「可能性は低……くないにしても、警戒して損は無いって話だよネ」
縁さんが取り出したのは、花火を背景にした浴衣美人がカメラに向かってほほ笑んでいるポスターだ。
共に書かれているのは夏祭りの開催日時と詳細な場所情報、魔法局に来る途中でも何回か見かけた宣伝張り紙だろう。
「どーも魔女っていうのは現代社会に対して強い恨みを持っているように思えるわ、だから今回の祭りにノーリアクションはあり得ないと考えているの」
「私もその意見には同意ですね」
「祭りを中止……てのは難しいのカナ、今は確証もないしネ」
コルトの言う通り、ポスターまで張り出して状態が進んでいる。
今から中止と言うのは不満の声も募るだろう、何も起きなければそれでよし、何かが起きたら私たちで対処すればいい。
「あーぁ、でも私もお祭り楽しみたかったヨー。 ヤキソバもタコヤキも食べたことないんだよネ」
「あら、それはもったいない。 魔法少女は出店も優遇されるから、食べたいものがあるなら遠慮せず食べてみるといいわ」
「わーお、それは太っ腹だネ! でもいいのカナ?」
「うふふ……まあ、今回は魔法少女のイメージアップキャンペーンみたいな節もあるのだけれど」
「急に大人の事情噛み込んで来たネ……」
縁さんが光のない瞳で虚空を見つめる。
一般の方々からすれば、魔法局も魔女も大した違いはない。
どちらも同じような力を振るう超常の存在だ。 だからこそ魔女の脅威が大きくなるほどに私たち魔法局の立場も悪くなる。
「こっちはいつも後手後手やさかい、ほんま嫌になるなぁ」
「ええ、全くその通りで……ん?」
自然と割り込んで来たその声につい相槌を打ってしまった。
ふと振り返る、するとそこにはわずかに開いた扉の隙間から半身を覗かせて微笑むロウゼキさんの姿があった。
「……何故見てるんです!?」
「なんや、うちがいたら悪い?」
「悪い……のでは……?」
「ビブリオガールの言う通りだヨ、帰ったはずじゃなかったのカナ?」
「ふふ、うちがいつそないな事言ったん? 後ろからこっそりつけはったんやけど誰も気づかないなんてなぁ。 まだまだ修行が足りんなぁ」
半身だけ覗かせた体を全て室内に滑り込ませ、ロウゼキさんが笑う。
昨日のへこたれた姿はどこへやら、意地悪そうな笑みを浮かべている彼女はいつもと変わらない魔法少女・ロウゼキだ。 こういう切り替えは見習いたい。
「は、はわわわわ……ななな何で京都の大重鎮がこんなところに……?」
「桂木さん、やったっけ? そないに怯えんでも取って食ったりはせえへんよ、合宿の時は互いに顔合わせる暇も無かったからなぁ」
「ひえぇ! そそそそんな私なんてただの心理学者ですよ本日はどんなご用件でしょうかふへへへへ……」
「縁さんが、今まで見た事ないくらいへりくだってる……」
「過去一番胃が痛い相手でしょうからね」
縁さんも肩書では負けず劣らずのはずなのだが、彼女はそういったものを鼻に掛ける事はない。
現場の指示こそ的確だが、縁さんはあまり目立ちたがらない人だ。 いつも局長の傍からアドバイスをしてばかりで自分から前に出る事は殆どない。
「そんな硬くならんといてなぁ、ただ本部に連絡するために秘密無線借りとったんよ。 あと実際にどれだけ壊されたか見ておきたくてなぁ」
「で、実際見た感想はどうカナ?」
「予想より酷かったわ、あとで直せる魔法少女派遣しとくさかい。 夏場にこれはちと酷やもの」
「助かります、こうも猛暑続きではいよいよ死人も出かねませんから」
「あーあ、こういう時ドクターがいればよかったのにナ……と、sorry、sorry」
コルトがしまった、という顔で口を塞ぐ。
確かに、魔物との戦闘で街が壊れた時にはいつもドクターが直してくれていた。
魔法局の崩壊も、彼女がいればきっとすぐに元通りだったはずだ。
「……無いものねだりはしても仕方ない話です、修復が出来る魔法少女の派遣をお願いします」
……無意識のうちに首元で揺れるペンダントを指先で弄っていた。
貴重な魔石を加工して作り上げたという、ドクターからの贈り物。
思えばこのペンダントに何度命を救われただろうか、ドクターがいなければ私はあの東京で朽ち果てていたかもしれない。
「コルトちゃん……デリカシー……」
「ご、ごめんってばサムライガールぅー! あっ、出店奢るよ! 一緒に焼きそば食べようヨー!」
「いえ、気にしていませんよ。 それはそれとして奢っては貰いますけど」
「ホワーッツ!?」
何を違えてしまったのだろうか、ドクターはいつから私達を裏切るつもりだったのだろうか。
……ドクターがいつも籠っていたゲーム部屋も、ギャラクシオンの襲撃で破壊されてしまったのだろうか。
その事を考えると何故か胸がきゅうと詰まった。 駄目だ、迷うな、もし次にドクターと相まみえた時に私は……
「……斬らなければいけない、ですからね」
「…………や、やっぱり怒ってるよネ、サムライガール……?」
「コルトちゃん……あとできちんと謝ろう……?」
 




