ドクター・ストップ ②
「…………チッ、そこら辺に適当に腰かけてろ」
「お、お邪魔しまーす」
さて病院の中はと言うと、おどろおどろしい外見の割には案外整っていた。
照明こそ少なく、長い廊下の先は闇に埋もれていたりとやはり雰囲気こそあるが不潔さはない。
少なくとも患者を預けることが出来る程度には整頓されている。
「…………なんだ、中までこぎたねえ廃屋だとでも思ってたか?」
「い、いいやぁ全然! コルトが頼るぐらいだから信用してたよ、なぁ!?」
「HAHAHAあとで着せ替え人形にしてやるヨ、ブルーム」
鋭い指摘にしどろもどろで答えるとコルトからじっとりした視線が返される。
そういえばコルトの自室には1人分にしてはやけに大きい衣装棚が置いてあったな、よしこの用事が済んだらすぐさま逃げる準備だけはしておこう。
「……まずはCTだ、服を着替えたら向こうの部屋までこい。 床に書いてある青い矢印を辿ればすぐに着く」
「な、なんでCTまであるんすか……?」
「用意したからだ、隣の部屋にある病衣に着替えてから来い。 ……それとそっちのガキ」
「えっ、俺?」
「……お前もだ、ついでに見てやる。 CTもただじゃねえんだ、患者1人のために動かすのも馬鹿らしい」
それだけ告げた彼は先に、青い矢印を辿って長い廊下の闇へと消えていった。
姿が見えなくなった後には廊下に反響する靴音だけが残される、しかしどういう事だろうか。
「コルト、お前あの先生に何か言ってたのか?」
「いいや、私はハナコガールの治療を頼んだだけだヨ。 どういう気紛れカナ?」
《どうするんです、マスター?》
「うーん……まあ、断るのもな」
善意の申し出なら無下にするのも悪い、それに俺も病院に掛かれない事情があるのは同じことだ。
度重なる戦闘でガタが来ているかもしれない体を診てもらえるというのなら悪い話ではない。
「ま、本人が良いなら良いと思うヨ。 私は適当なソファにビブリオガール寝かせとくネー」
「おう、そっちは任せた。 行こうか花子ちゃん」
「は、はいっす……」
まだ少し調子が悪そうな花子ちゃんを連れ、指定された部屋の扉を潜る。
軽快な音を立てて開いた扉の先には医療用ベッドの上に畳まれた2人分の病衣が置かれていた。
「大丈夫か? 一人で着替えられるか?」
「こ、これくらい平気っすよ! それに流石にこの年で着替えさせてもらうのはちょっと」
「分かった、けどもし傷が痛むようなら……」
「大丈夫、大丈夫っすから! 一人で着替えられるっすー!」
シャッと閉められたカーテン、そしてすぐにその向こうからバサバサと乱暴に服を脱ぐ音が聞こえてくる。
少し余計な世話を焼きすぎただろうか。
《今のはマスターが悪いと思いますよ私ー》
「何が悪かったんだ……ハク、頼む」
《あいあいー》
こちらもカーテンを閉めて、ハクに頼んでブルームスターの装備であるマフラーを召喚する。
そしてそれを目隠しがわりに巻き付け、俺はぷちぷちとシャツのボタンを外す。
《器用なものですねー、気にしなくていいとは思いますけど》
「目隠しでもこれぐらいできるさ、あと馬鹿言うな馬鹿」
《ちょっとー、バカって何ですかバカって!》
スマホ内でさわぐ馬鹿は無視して手元の作業に集中する。
この身体は自分であって自分ではない、いくらなんでも裸を見るというのは気まずいものがある。
それにこれくらいの作業なら目を瞑っていてもできる。
しゅる、ぱさ、しゅる……さて、着替えは……あれ?
確かにベッドの上にあったはず、しかし手を伸ばしてシーツの手触りばかりで目的のものが掴めない。
目測を誤っただろうか? 掌の捜索範囲を広げてみるがやはりそれらしいものは見つからない。
……ふと、そんな自分の後ろから微かな笑い声が聞こえて来た。
「…………コォルト、ちょっとおいたが過ぎるんじゃないかァ?」
「へぁ!? な、なんでバレ――――あふんっ!?」
箒化用にクセで袖口に仕込んでいた小石を1つ取り出し、背後に向けてはじき出すと間抜けな声が聞こえて来た。
こいつ、素直に詩織ちゃんの面倒を見ていると思ったら……
「あだだだだ……み、見事だヨブルームゥ……けど味気ないパンツ履いてるネ……」
「うっさい馬鹿! 良いから服寄越せ!」
《惜しかったですよコルトちゃん、ただ今回はマスターの方が上手でした》
「あのー、さっきから何を……ってなんでブルームさんは目隠ししてるんすか?」
――――――――…………
――――……
――…
「…………思ったより時間がかかったな。 待ってろ、結果の解析にも時間がかかる」
「ご面倒をおかけしますねぇ誰かさんのせいで」
「いやー、ブルームの着替えと聞いたら悪戯しないわけにもいかないよネ?」
《気持ちは分かります》
「分かるな」
着替えも済み、今度は無事にCT検査も終えると今度は全員揃って診察室のような部屋まで連れていかれた。
中は空調も効き、案外快適な空間だ。 デスクの上に置かれたノートパソコンには株価のようなグラフが絶えず変動している様子が映し出されている。
「待っている間それ書いてろ、体温計はそこだ。 トイレは部屋を出て右の突き当りだ、分かったか?」
「わ、分かったっす!」
「カルテか、まああるわな……」
渡されたのは身長、体重、血液型などを事細かに聴取するカルテとボールペンだ。
病院だから当たり前だが、この身体の情報を書き残すのはなんだか後ろめたいものがある。
「体重……体重……? あれ、俺いくらだ?」
「体重計はそこにあるヨ、身長も測れる奴」
「血液型は……変身前と同じ、だよな?」
「うーん、多分そうじゃないカナ?」
途中で体重や身長を測りながら記入を進めていく、1ページ、2ページとめくって行くと……最後のページにはよく分からない黒いシミのような絵と解答欄だけが載っていた。
「っと、なんだこれ?」
《んー、ロールシャッハテストって奴ですかね? 有名な心理テストですよ》
「あー、聞いた事あるな。 こんなことまで聞くのか……?」
疑問に思いながらもすべての記入を終えると、ほぼ同時にCTの結果を携えた先生が戻って来る。
……その表情は先程よりも眉間の皴が多いものに見えた。
 




