闇の力、悪い奴ら ①
「……酷い所ね」
さび付いて楯突けの悪い鉄扉を押し開き、隙間から覗く惨状に眉をひそめる。
そこら中に転がったスナック菓子のゴミ、空き缶で作られたタワーは半ばから崩れて半端に残った中身が溢れている。
壁にはスプレー缶で吹き付けられた下手くそな落書きに、やつあたりを受けてベコベコにへこんだコンテナが倉庫の端に転がっている。
「遊び場を提供したつもりはないんだけどね……ここも放棄しなきゃいけないぞ、嗅ぎ付けられるのも時間の問題だ」
「キャッハ! 別にいーじゃんローレルさーん、あたしら魔法しょーじょなんでしょ?」
だだっ広い空間に広げられたクッションの上に寝転がってスマートフォンを弄る少女が笑う。
あれもどこから盗んできたのやら、誤魔化すのだって楽ではないのに。
「好き勝手暴れてもだぁれも止めらんない、まほー局にさえ捕まんなきゃどうとでもなるってー」
「……余計な事をすると見つかるリスクが高まるという話をしているのだけど」
「…………んぁ、ほんとだ。 やっばアタシ頭悪っ」
その通りだ、と思わず口から出かけた言葉を飲み込む。 同意すると露骨に機嫌が悪くなるから面倒だ。
頭が緩いわりに扱いにくい、その分歪んだ強い心が無ければすぐに捨てていた。
「てかそろそろお薬切れそうなんだよねー、メンバーも増えて来たからさぁ、追加無い?」
「あらそう、丁度その話で来たのよ」
懐から取り出した手のひら大のプラスチック瓶を投げ渡す。
緩い放物を描いて飛んで行った瓶にはたっぷりの錠剤が詰まっている、受取中身を空けて確認した少女もその充実した数量に八重歯を覗かせて笑った。
「さっすが~~~♪ あっ、ハッカ飴ならあるけどいる?」
「お代は結構、いつも通りそれは好きに使ってちょうだい、けど……」
「ん? どったの?」
「……拠点は移すけど、これまでのような行動は控えなさい。 魔法局もそろそろ本腰を入れて動き出すわ、派手な行動を起こせば捕まるのも時間の問題でしょう」
「えぇー、なにそれ萎えんだけどー」
クッションに身体を投げ出し、足をバタバタさせる少女。 スカートが捲れ上がってまったくはしたない。
「……でもまぁいっか、多分次のイベントじゃどの道バレるっしょ」
「あら、次は何をしてくれるのかしら?」
「へっへへ~、そうだぁねぇ……」
ヘラヘラと笑う彼女の瞳は壁に貼り付けられた一枚の写真へと止まる。
コンクリの壁に無理やり釘で縫い付けられた写真に写るのは白いマフラーを巻きつけ、火の粉とともに宙を舞う少女の写真。
週刊誌の切り抜きだろうか、どこのパパラッチか知らないが綺麗に撮ったものだ。
「おんなじ野良なのにさぁ~……正義の味方気取りとかマジうっざいじゃん? そろそろ潰した方が良いかなぁって」
――――――――…………
――――……
――…
「……おのれブルームスター!!」
いつもの作戦室に入って来るなり地団太を踏んで歯ぎしりをするサムライガールを横目にバンクのブラッシングを続ける。
この時期は梳いても梳いても毛が抜ける、魔物の癖に換毛期があるとは生意気なやつだ。
『もっきゅうきゅー』
「あいあい分かってるヨー、サムライガールはあんまり暴れすぎて備品を壊さないようにネ」
「というかまーだブルームスタークンとの確執が続いているのかね……?」
「こ、こわい……」
本に目を落としていたビブリオガールと、机にたんと積まれた書類の隙間から顔を覗かせた局長が恐る恐る尋ねる。
まあわざわざ合宿まで引っ張り出して仲良しこよしで帰還したのだ、自然と和解したと思うのが筋だ。
「どうもこうもありませんよ! 見てくださいよこれ、これ!!」
「そうカッカしなくても見えるってばー、えーとなにカナなにカナ……」
サムライガールが突きつけて来たのはSNSのやり取りが映るスマホの画面だ。
合宿中に無理矢理ブルームも引きこんで作った東北魔法少女専用グループ、過去のやり取りを辿るととんでもない長文でブルームを衣服店に誘うサムライガールのコメントと、端的に「いけたらいくわ」とだけ返すブルームの素っ気ない返事が載っている。
「何でですか、何故ですか! 似合いそうな服もたくさん見繕ってきたんですよ、いっぱいお金卸してきたんですよ!!」
「いや重い重い重い、そりゃブルームも引くヨ」
「うーむ気がはやった男子高校生を思わせる無駄に長い文章と見え隠れする下心……これは駄目だね、100点満点中5点あげちゃう」
「……誤字もちらほら、重複表現もある……ね。 目が滑る、かな……」
「あはは、読み物の話になると辛口だネー、ビブリオガールも」
「何故ですかぁ!!」
涙目で抗議を続けるサムライガールだが、原因がどちらにあるかははっきりしているから誰も何も言わない。
そっけないブルームも確かに悪いがこの内容じゃ断るのも無理はない話だ、次は私がもっと上手く誘って連れ出そう。
「……もしかして、葵ちゃんって……距離の詰め方、苦手?」
「下手くそだヨ、こいつ好意持った相手なら距離感1か100しかないヨ」
「うーむ、ヤンデr……」
「何か言いました?」
「イイエナニモ」
人を殺す眼光を受けた局長が高速で視線を逸らす。
サムライガールは友達相手だと平気な顔をしてグイグイ距離を詰めてくる、命を預ける戦友なら尚更だ。
そして何より……同性から見てもかなり整った大和なでしこなタイプだ。
「……同じクラスの男子が勘違いしちゃうネ、罪深いよサムライガール」
「はっ? 何がですか? それより手伝ってくださいよ、今から客が来ますから」
「む? 今から誰か来るのかね、局長の私何も聞いてないのだけど?」
「あっ、冷蔵庫の大福お茶うけに使いますね。 明日同じの買ってきますので」
「聞いて???」
「局長は自分の仕事に専念してなヨ、それで客って誰が来るのカナ?」
「それは……おっと、やって来たようですね」
部屋にある扉上部に取り付けられたランプが緑色に点灯する。
これは事前に許可を受けた外部の人間が入って来た時の合図だ、たまにやってくるテレビ局のお蔭で覚えがある。
扉越しにつかつかと聞こえる足音は軽い、やって来たのは私たちと同じぐらいの子供1人のようだが……
「―――――こんにちはー! 魔法少女アンサー、お呼び出しを受けてはせ参じましたー!!」