一方そのころ ⑬
「あー、なんだよもう片付いてンのかよ……早かったなオイ」
「おお、セキ……だったっけ? ああ、こっちは何とかなったよ」
投げ出された刀を鞘に仕舞い、埃まみれのシノバスの顔を拭っていると、肩に電気を纏う剣を担いだセキたちが現れる。
その後ろから恐る恐ると言った様子で現れた2人の魔法少女は、電話で話していたレトロとアンサーだろう。
……そしてレトロの方にはぐったりとした作務衣姿の男性が担がれていた。
「で、どういう状況だ?」
「いやこっちが聞きたいんだけど誰だその男!?」
「ああ、ここの屋敷の主だってよ。 ここに来る途中で箒振りかぶって襲ってきたからこう……グっと」
「グっとてお前……」
握りこぶしを作って見せるセキの言わんとしている所は大体わかる、向こうから襲ってきたのなら多少手荒くなっても仕方ない。
魔法少女の力を一般人に振るうのはちょっと問題だが、魔法も使わずに拳だけで制圧したならとやかくは言うまい。
「しっかし結局こいつ一体何だったんだ? 屋敷に入る時も邪魔してきたし……」
「多分この子の父親だろ、向こうの事情は大体聞いたからな」
束ねたマフラーを枕に寝かしつけた少女の方へ視線を向ける。
先ほどまで刀を振り回していた少女は、今となっては濃いクマが刻まれた瞳を閉じてすやすやと寝息を立てている。
文字通り憑き物が落ちた寝顔だ、周囲に散らばっていた鎧武者たちの残骸ももうどこにもない。
「聞いたって……その寝てんのが話したのか?」
「いいや、話を聞いたのはこっちさ」
セキの疑問に答えるべき、傍らに置いてあった頭蓋骨を軽く叩く。
それは先程よりも小さく縮み、見た目も水晶のような光沢を放つつるりとしたものになっている。
何も言わなけばオカルト系の置物にしか見えない、少なくとも元が人骨だとは思えないだろう。
『……然り、我こそは契約を持って我が主の身を守るもの』
「うおわぁ!? しゃれこうべが喋べこうべ!?」
「ああ、互いに話し合ったら分かってもらえたよ」
頭蓋骨曰く、この子は霊に取りつかれやすい体質らしい。
だから彼女を守る、いわば守護霊の役目を成すなら見逃すという取引を持ち掛けたのだ。
いや、片手に頭がい骨を掴んだ取引は半ば脅迫と言うものか。
ともかく承諾した霊が少女の身体を離れた途端、頭蓋骨はこの水晶に変わった。
「ふーむ、私はよく分からないけどこれってどういうことかしら。 ねえロイ?」
≪私に振られても何も、それこそ専門家に聞いてみなければ何とも言えませんね≫
「俺の相棒曰く、杖に近い状態になったらしいよ。 だからって手放しに安全とは言い切れないが……」
『分かっている、俺が何かをしでかせばすぐにお主に首を落とされるだろう』
「……今のは、笑うべきところでござるか?」
カタカタと喋る不気味な水晶ドクロのジョークは威力も半減だ。
だがその通り、次にこの子の身体を奪うような事があればその時は手荒い火葬をしなければならない。
「む、ぐ……」
「……む、起きた」
そうこうしていると、レトロが肩に掛けていた男の身体がピクリと動く。
それに気づいたレトロが肩から男の身体を降ろし、身近な柱にもたれ掛かるように置くと、ゆっくりと男の瞼が開き始める。
「ぐ、ここは……っ!」
「おっと、下手な動きはしないでもらえる? “問題:あなたは何者?”」
「私は……私はそこの、その子の父親だ! 退けろ、娘は……愛衣は無事なのか!?」
「この通り無事だよ、お父さん。 だが親子の再会前に色々聞きたい事がある、まずこの子は魔法少女か?」
「ち、違う! 愛衣は魔法少女なんかじゃない、私の娘だ!!」
「あー……ごめん、アンサーちゃん。 もう一回そのメガホン使ってくれるか?」
「うっひゃあ、あのブルームスターにお願いされちゃった! オッケー任せていくらでも使ってください!」
勢いよくメガホンを振り回す彼女に頼み、男に幾つかの質問を投げかける。
彼女の魔法はある種恐ろしい、魔力のない人間なら理解してしまった質問にはほぼほぼ抗えず回答してしまう事になる。
魔力を持つ魔法少女ならある程度抵抗も可能だが、それでも初見か不意打ちなら何でも答えてしまうだろう。 もし彼女の魔法を知らずに自分の正体について聞かれていたらと思うとゾっとする。
「……けど子供に尋問紛いの事をさせてるって考えると、酷い奴だなぁ俺は」
《マスターは色々ネガティブに考え過ぎじゃないですかねー、こうでもしなきゃ口も割りそうにないですよあの親御さん》
そのままアンサーが何度か質問を繰り返すと、抗えないと悟った男はがくりと項垂れ、とうとう全ての謎を自白した。
……やっぱり恐ろしい能力だ、使い方を間違えればいくらだって悪用できる。
「……愛衣は、数か月前から魔法少女に目覚めた。 けど私は……その事実をずっと隠してきた」
「それはどうして?」
「自分の娘を、好き好んで化け物と戦わせたい親がいるとでも?」
「…………」
新たに魔力が覚醒した少女が発見された場合、確かに政府によって魔物と戦う魔法少女への登録を要請される。
だがそれはあくまで任意だ、本人の了承が無ければ然るべき対処の後に解放される。
安全確保のために住居の移転や学校の転入などはあるが、それでも魔物との闘いが強制されるものではないという理解は少ない。
この父親もその一人だろう、魔法少女である事実を隠して娘を魔物との闘いから遠ざけようとした人の親だ。
「……だが、愛衣は日に日に心が不安定になってきたんだ。 まるで別人が乗り移ったかのように振る舞う事が多くなった」
《あー、お侍さんが憑依してたんですね》
『我だけではないぞ、先ほども言ったようにこの娘を狙う霊はいくらでもいる』
「それで、隠しきれなくなった娘さんを連れてこの幽霊屋敷に身を潜めようと?」
「ああ、そうだ……愛衣は、妻が残したたった一人の娘なんだ。 私が守らねば……なのに……なのに……っ!」
「……ドレッド、魔法局に連絡を頼む。 この子も大分衰弱しているしお父さんも……」
「ええ、お話が必要ね。 大丈夫よお父さん、彼女を無理矢理命懸けの戦場に駆り立てるような真似はしないわ、私が誓う。 だから、ね? 署までご同行願えるかしら?」
≪署、ではなく局ですがね≫
マフラーを枕にして寝かせた少女をそっと抱きかかえ、父親を連れて歩くドレッドのあとを付いて行く。
あとは手続きを踏めば問題なくこの子は解放され、本人次第だが父親と日常に戻る事も出来るだろう。
「あと、そこの5人組も一緒にご同行願えるかしら? 全員未登録の野良よねぇ?」
「「「「ひ、ひえー!!?」」」」
「……あれぇ、俺も!?」
「当然よブルームスター! あっ、コラ待て逃げるなぁ!!」
……まあ、その後のひと悶着については別の話としておこう。