一方そのころ ⑫
――――赤い火の粉が舞う。
それは気のせいか、以前よりも力強い明かりをともしたまま。
「よぉ、真打って程じゃないが選手交代だ!」
黒いローブをはためかせ、不敵に笑う少女が刀を蹴り上げる。
いつ振りか、だがその顔を間違えるはずがない。 この街を守る野良の魔法少女の1人。
「ぶ、ブルームスター!?」
「ああ、ついさき帰ってき……たァ!!」
話しながらも刀への警戒は忘れていない、片手に握った箒で振るわれる刀と互角に打ち合っている。
あの馬鹿力をまともに受けて折れないなんて、前より箒の耐久力が上がっているのか。
いや、それ以前に彼女自身の動きもかなり洗練されているような気がする。
「で、この子は!? 幽霊屋敷にいるって話は聞いたが詳しい話はこちとら全然なんだ!」
「分かんないわ! けどその子何かに操られている感じなの、出来ればあまり傷つけないで!」
「難しい注文だなァ! けど分かったよ!! 戻れ!!」
ブルームが声を張ると、刀と鍔ぜりあっていた箒が突然解け、相手の手首に巻き付いた。
それは彼女のチャームポイントでもある白いマフラーだ、そう言えば彼女の首にはいつものマフラーは巻いていなかった。
「あんた良い小技覚えたじゃない……」
「だろ? 魔法少女のマフラーだ、幾ら力が強くてもそう簡単には千切れねえよ」
「「っ……猪口才な」」
得物の自由を奪われた少女の顔が初めて屈辱に歪む、振りほどこうにも切り払おうにも固く巻き付いたマフラーは簡単に剥がれない。
少女が目の前のブルームスターに集中しているからか、周りの武者たちも制御を失ってガシャガシャと崩れ落ちていく。
「ドレッド、今のうちにその子連れて下がってくれ。 こっちは任された」
「へっ? その子って……あ゛」
言われて思い出して足元を見れば、床板に頭を埋めたままぐったりとしているシノバスがいた。
慌てて引っこ抜くと、既に目を回して気絶している様子。 緊急回避だったとはいえ悪い事をした。
「シノバスちゃーんごめーん! しっかりして、ほら逃げるわよ!」
「うーんうーん……ドクロが……ドクロが……」
「ドクロ?」
真っ青な顔で何かにうなされているシノバスは震える指で床下を指さす。
その指先を辿ってみれば、壊れた床下からは人の頭蓋骨のような物がこんにちわしていた。
「……びゃああああああああああああ!!!!?!??!」
「な、なんだ!? どうした!?」
「ぶ、ぶ、ぶ、ぶぶぶブルーム! ドクロ、オバケ、ガイコツ! 床からドクロがこんにちわ!!」
「「っ……触れるな!!」」
私たちがブルームスターの気を奪ってしまった隙に、少女が傍らで倒れる武者の刀の柄をつま先で掴んで引き抜いた。
そのまま自分の腕を縛るマフラーを器用に切り裂いたかと思えば、今度は空いた片手に脚の刀を移して二刀の構えでブルームスターへと襲い掛かる。
「ぶ、ブルームスター殿! あぶないでござ……!」
「……いや、二刀流なら飽きるほど相手にしたさ」
しかし焦る事も無く、ブルームスターは迫りくる刃を軽く身を引くだけで躱す。
そして少女の身の丈に余る長身の刃は両手に振って振り回せば、外した分だけ身体が刀の重みに持って行かれる。
当然のようにその隙に合わせて、無防備な少女の手を掴んだブルームスターはそのまま彼女の身体を組み敷いた。
「「く、おのれ……! もう少し、この身体が馴染んでいれば……!」」
「悪いな、少し痛いが我慢してくれ。 ……ドレッド、その頭蓋骨をこっちにくれ!」
「えっ……へえぇあ!? これを!?」
「いいから、早く!」
「「させ、るかぁ……!!」」
組み伏せられた少女が憎々しげに叫ぶと、倒れていた武者の1体が飛び起き、床下のドクロへと手を伸ばす。
それほどに奪われたくない代物なのか、だが伸ばされたその腕はその上に突き立てられた苦無によって戒められる。
「き、急に動くなでござるー!! こっちはもう恐怖でいっぱいいっぱいでござるがー!?」
「ナイッスよシノバスちゃん! ブルームー! ぱーす!!」
昆虫標本の様に釘づけにされた腕をじたばたと動かす武者を尻目に、床下のドクロをヤケクソで引っこ抜いてブルームスターに投げ渡す。
緩く放物線を描いて飛んで行ったそれを危なげなく片手で受け取るブルームスター、そしてそれを組み伏せられたまま見ていた少女は万策尽きたと語るように、顔を伏せてしまった。
――――――――…………
――――……
――…
《うっへぇ、マスターそれ本物の頭蓋骨じゃないですかぁ?》
「んー……まあ、少なくとも人工物じゃないな」
ドレッドから受け取った頭蓋骨をじろじろ見てみるが、魔法少女の杖やよく似たレプリカと言う感じはしない。
人の骨をそこまで観察した経験はないが、少なくとも土にまみれたこれは偽物と言う気がしない。
「……どうやらこれがお前の急所みたいだが、何か話す気はあるか?」
「「………………」」
「そうか、なら気は引けるけどこの骨は砕く」
「「……! 待て、やめろ、嫌だ! あんな、暗い土の底はもう……」」
「なら、武器を捨てて話してくれ。 少しでも抵抗の意思を見せればこれは握り潰す」
そう言いながら頭蓋骨を握る腕に少し力を込めると、少女は大人しく両手に持った刀を離す。
ガランと床に転がす二振りの刀は主の無常を示すかのようだった。
「「……それは、俺だ。 俺の身体、だったものだ……」」
「………………???」
「「本来俺は語るほどの名も無い剣士だった、死してなお生に執着し、愚かしくも己が亡骸に縋りついてこの世に縛られた亡霊、それがこの童に憑りついたというだけの話だ」」
《マスター、この子は何を言っているんです?》
「黙って聞いてろ、魔力があるなら幽霊だっていてもおかしくないだろ。 だとしてもそんな侍さんがなんでこの屋敷の下に?」
「「俺だけではない、ここは元より無念を持って死んだ者たちの無縁塚。 そこに転がる武者共は全てその魂を再度使っただけの事」」
顎で目の前に転がる武者の1体を指し、少女は自虐的に嗤う。
気付けば、倒れた武者たちは少しずつ透き通っていき空気の中に溶けていくではないか。
「「冷たい土に埋もれ、どれほどの無念や怨みを零したか……いつしか墓は忘れられ、その上には家が建てられ……気づけばこの童と出会った」」
「……それで憑りついたって訳か」
「「ああ、嫌にこの童とは馴染む。 元からの体質か、この童は俺のような悪霊を引き寄せるぞ。 たとえ俺を引き剥がしたとて次から次にだ」」
「………………」
おそらく、この子は魔法少女としての才能があったのだろう。
そしてその質は霊感か、憑依か、とにかく幽霊と言うものに相性が良い、いや“良すぎた”。
身体を奪われてこうして暴走してしまうほどに。
「「……数百年、遅れに遅れたが今宵が往生か。 とどめを刺せ、その頭蓋を砕けば貴様の勝ちだ」」
「いいや、あんたの話を信じるなら1人だけ引き剥がしても意味は殆どないよな」
「「……? それは……そう、だろうが」」
「なら……そうだな、1つ相談がある――――――」