これがラピリスだ! ⑥
3時限目の終わりを知らせる鐘が鳴る。
丁度キリの良い所で授業を終えた教師が手早く黒板を白紙に戻して早足で立ち去っていく。
次は移動教室か、理科の教科書を用意してふと窓の外を見るとどこからか狼の遠吠えのような声が聞こえた気がした。
「やだこわーい、野良犬かな? 校庭に入って来たの?」
「先生が何とかしてくれるでしょ、葵ちゃんも早く行こ」
「……ええ、今行きます」
違う、今のは野良犬の鳴き声なんかじゃない。 だとすれば何か?
……心当たりなんて一つしかない、私は胸ポケットにしまってある“杖”をグッと握りしめた。
「……すみません、先に行ってください。 先ほど先生に呼ばれたもので、ちょっと職員室に行ってきます」
「そっかー、じゃあ理科の先生にはそう言っておくねー」
「ありがとうございます、ではまた後で」
我ながらいい友人を持ったものだ、だからこそ守らなければならない。
廊下を抜け、職員室……前の教職員用トイレへ駆け込む。
中には誰も無い、窓の外にも誰もいないことを確認し個室へ入り鍵を閉める。
胸ポケットから取り出すのはメタリックな青に輝く刀型のストラップ。
旅先の土産屋で見かけるようなそれはもちろんただのストラップではない。
鳴神 葵は一呼吸置いてから、ゆっくりとその刀身を引き抜き呟く。
「――――転刃」
個室の外に青い閃光が溢れる、その光を伴って鳴神 葵の変身は完了するのだ。
――――――――…………
――――……
――…
「……じゃ、そういうわけで行くぞハク」
《ええ、失敗しないでくださいよマスター……!》
2人だけの脳内会議を短く切り上げ、再度意識を目の前の魔女へと向ける。
距離はおよそ3mあるかないか。 向こうの得物は右手の拳銃、トリガーに指をかけクルクルと回すそのアクションは完全にこちらを嘗めている。
だがその油断が今は助かる、こうして作戦を練る時間を取れたのだから。
「いーいーのーかーなー? そんなゆっくりまったりのんべんだらりとしちゃってさーぁ? ガッコの方、危ないんじゃないの?」
「ああ、だからさっさと決着を付けさせてもらうよ」
ゴルドロスから受け取った箒を構える、それを見て向こうも曲芸じみたガンスピンをピタリと止めた。
向こうの方も心配だが振り返る余裕はない、まずは目の前のこいつを何とかしてからだ。
「――――決めたよ、お前はゲンコツじゃ済まねえぞ」
「キヒッ! 優しいねぇ、頭にナマが付く方の優しさだ!」
張り詰めた空気を断ち切り、弾かれたように両者が動く。
向こうには神業めいた射撃技術があるとはいえ得物はリボルバー式のハンドガン。
その装弾数は6発、撃ち切ってしまえばそこに必ず隙はあるはずだ。
まず一発、眉間を狙うその射線を箒で防ぐ。
次に二発目、三発と足に向かって飛んで来たそれを跳んで躱す。
高い、高い跳躍は太陽を背にしてスピネの頭上を取った。
「キヒッ! 馬鹿だねぇ跳んだら逃げられないよ!!」
≪―――BURNING STAKE!!≫
高らかな電子音声の宣言に覚悟を決める。
クモの時と同じく全身に熱が迸る、ここから先は逃げる気はない、真っ向勝負だ。
「喰らい――――やがれッ!!」
「キヒッ! ばぁか……っ!?」
滾る熱に身を任せ、箒を投げつける。
当然向こうも迎撃しようとするが、その腕を強かに銃弾が打ち付けた。
箒の元となった素材の正体、それはコルトから投げ渡されたハンドガン。
投擲と同時に、穂先の中で隠れた銃口から放たれた弾丸が相手の狙いをわずかにずらしたのだ。
投げつけた箒はフェイク、本命はこの後だ。
「こんの……やぁってくれるねぇ!!」
しかしやはりというか一発の弾丸だけじゃ向こうも怯まない、太陽の眩しさに目を細めながらも矢継ぎ早な連射が襲い掛かる。
だががむしゃらなその連射には先ほどまでの正確さは無い、急所を外れた弾丸が肩や腹を抉るが致命傷には程遠い、まだ動ける。
重量に引かれて落ちる身体はその程度の障害じゃ止まるはずもなく、炎を纏った左足を突き出してスピネ目掛けて落下する。
「んなふざけた蹴りが――――!」
「ああ、当たらないだろうな」
ろくな隙を作らずこんな技が当たるはずもない、そんな事は言われなくとも分かっている。
大振りの蹴りを飛び退いて躱すスピネ……の後を地を蹴って追う。
一足で彼女へ追いついた俺はそのがら空きの腹部へと掌を当てた。
箒も蹴りもこのための布石だ、最初から狙いはこの一撃。 名付けて――――
「な、に、を……!?」
「――――“ブルームバンカー”」
瞬間、掌から生み出された箒がスピネの腹に叩きつけられた。
「ガハッ―――――!?」
悶絶の声を洩らしたスピネの体がくの字に曲がり、吹き飛んでブロック塀へと叩きつけられる。
予想以上の威力だ、穂先をクッションがわりに相手側へ向けていて良かった。
《……蹴りが外れた時のサブプランってこれの事ですか、何したんです》
「ああ、掌に隠した石ころを箒に変えた」
前のコルト戦で箒を踏み台にした時に思いついた技。
踏みつけた石を箒に変えると俺の体を跳ね上げるほどのエネルギーを生んだ、それならこれを攻撃に転用できるんじゃないか、と。
密着状態で小石を箒に変える事で伸びる際のエネルギーをぶつける、名付けてブルームバンカー。
結果は御覧の有り様だ、素材にもよるが下手をすれば貫通するんじゃなかろうか。
「イテテ、ただこれ俺の手も痛めるな……」
「おにーs……ブルーム、そっちも終わっタ?」
振り返ると瞼からだくだくと血を流すゴルドロスが笑顔で駆け寄って来た、怖い。
「ゴルドロス! どうしたその怪我!?」
「ン、かすり傷だヨ。 だいじょぶだいじょぶ」
「女の子が顔に怪我負って大丈夫なわけあるか! 止血止血!」
折角整った顔立ちなんだからもっと自分を大事にしろと。
ポケットから取り出したハンカチで止血を試みるが全然止まらない。
「ガフッ! 私の前でイチャつくとか……度胸あるなーお前ら……?」
「……無茶するなよ、今のは内臓まで響いたはずだぞ」
息も絶え絶えといった様子でスピネが立ち上がる、その所作から見てバンカーの一撃はかなり効いたはずだ。
こちらも無傷ではないとはいえ2vs1、形勢は先程から逆転してこちらが有利と言って良い状況だ。
「諦めて投降を勧めるヨ、それでも抵抗するっていうなら手足をへし折って簀巻きにして持って行くカナ」
「ははは、こわぁいこわい……泣く子も黙る地獄の猟犬は流石だねぇ、保険を用意して良かった」
すると嗤う彼女の足元がぱっくりと割け、広がる穴の中へスピネの体が呑み込まれた。
「なっ……!? まずい、逃げる気か!」
「キヒッ! じゃーねー二人とも、今回は負けだ。 他所の魔法少女も中々やるって分かったよー」
慌てて呑み込まれるスピネを追う、だが穴へ手を突っ込む寸前に閉じられてしまった。
穴が閉じた後のアスファルトには傷一つ付いていない、魔法か……?
「知りたければ“東京”までおいで、まあ無理だろうけどさァ! キヒッ、キヒヒヒヒハハハ!!」
どこからかスピネの憎たらしい笑い声が響く。
やはり魔法の力か、だとしたらもはや追跡は難しい。
「東京だと……?」
「そうそう、あとこのまま逃げるのは癪だから……負け惜しみの一発」
――――閉じたはずのアスファルトに切れ目が入り、その隙間からリボルバーが顔を覗かせた。
《マスター! 避けて!》
「っ……!!」
ハクの忠告も空しく、その凶弾を避ける猶予は俺には無かった。