それぞれの戦果:青の場合 ⑥
「ようはな、アオは色々考えすぎるんだよ……」
ホテルの自室にて、充電ケーブルに接続されたスマホを前に一人呟く。
額に当てた氷の感触が心地いい、熱を持った体にひんやりと染みる。
本格的に風邪をこじらせる前に少し休んだ方が良い、こういった不調も魔石で回復出来れば一番なんだが。
《色々考える、とは?》
「斬撃を躱されたら一歩踏み込んで横一閃、次に二歩下がって風で牽制……ってな具合にな、一考えて行動するから上手く行かないとどんどんズレる」
《なーる、処理落ちしちゃうって事ですね》
「言い得て妙だな。 いつもの速さならそれでも困る事は無いんだろうけど、流石に二刀流の格好だとどんどんズレが酷くなる」
5m先に着地する、というタスクだけでもかなり精度が落ちるはずだ。
そして動けば動くだけずれが積み重なり、最後には制御しきれなくなったツケで自爆、それがラピリスがあの姿を持の出来ていない理由だ。
《うーん、それなら外付けのパーツで更に精度を上げるとか?》
「いや、逆効果だろ。 そもそも電子機器じゃない現実じゃちょっとのイレギュラーで誤差なんて重なるもんだ」
《むむむ、だったらマスターはどうしろって言うんです?》
「そうだなぁ……」
その時、窓の外に見える森の方でヤシの木が一本へし折れるのが見えた。
聞けばロウゼキから与えられたトレーニングの内容はひたすらな鬼ごっこ、今回はそこに森の中という条件を加えただけだ。
だがそれだけでも今のアオには情報量が多すぎて苦労するだろう、さて上手く行くかどうか……
「……まあ、余裕があれば上手くは行くさ」
――――――――…………
――――……
――…
「――――おわったったぁ! ラピラピ、環境破壊はダメだぜぃ!!」
「ご容赦を、まだ要領が掴めていないもので……!」
これで7本目か、なぎ倒した木に突き刺さった左腕を抜き、彼方でこちらを見下ろすチャンピョンを視線で追う。
違う、これではない。 ただ最高速で突っ込むような真似じゃやはり見切られるだけだ。
先ほどとは何が違う、これが髪の毛の先も掠められない。
「チャンピョン、さっきの私って何が違かったのでしょうかね!」
「うーん、それ素直に聞いちゃうのはラピラピだね! でもうちも分からーん! あと3分!」
「そうですか、ありがとうございます!」
分からなかったら聞けばいい、勝負ではあるが特訓なのだから分からないなら互いに高め合える。
しかしチャンピョンも分からない、ならば原因は相手にあるものではないはずだ。
「考えろ考えろ私、何か違ったはずだあの時何かが……!」
「ラピラピ、上見て上!」
「へっ……? うわったった!」
顔を上げると、腕を引き抜いた木がメリメリと音を立てて私の方へ倒れてくるところだった。
反射的に飛び退いて倒れ来る幹を回避、効かないと分かっていても体が動いてしまう。
「そうだよラピラピ、その動き! 上手いじゃん!」
「……あれ?」
確かに、今のは何も考えずに咄嗟に跳んだだけだ。
しかし過剰に吹っ飛ぶことも、逆にまるで跳べない事も無く丁度の塩梅の出力を出せた。
そう、まただ。 何も考えずに……
「色々考えすぎなんだよラピラピは! 出来るんだよ、頑張った練習した分は裏切らない、出来るんだから自分を信じて良いんだよ!」
「チャンピョン……」
「それとあと1分切ったよ!」
「チャンピョン!!」
にこやかに制限時間を宣言するチャンピョン、折角の雰囲気が台無しだ。
だがお蔭で大体わかった。 そうか、大体で良いんだ。
体は成功体験を覚えている、何度も繰り返した練習は感覚を忘れない。
そもそも、だ。
「“できる”と強く思い込んでこそ魔法少女……思いつめてそんなことも忘れていましたね」
「へっへー、けどあと40秒ぐらいでうちを――――」
私が伸ばした腕を仰け反って躱し、そのままバク転して距離を取るチャンピョン。
流石の反射神経、一息の間に距離を詰めたがまだ反応が間に合うか。
「――――っぶねー! まだうちが話している最中でしょーが!」
そのまま彼女の頭上をすり抜けた私は、目の前に伸びる枝を掴み身体を反転。
刀から発生させた風を推進力に変え、再度チャンピョンの身体目掛けて飛びついた。
「タッ―――――チィ!!」
「んにゃー!?」
通算で何度目の勝負だったか、本日のみのカウントならこれで5戦目。
ようやく、彼女の身体へまともに触れる事が出来た。
「うへー……油断したぁ、やるじゃんラピラピ」
「ええ、お蔭さまで。 ご協力ありがとうございます」
「大体」で良かったんだ、細かく着地や姿勢を意識するあまりに動きが凝り固まっていた。
おおよその目測と感覚で動き、失敗したらその都度対応するような柔軟性のある余裕があればよかった。
「おいおい、まだ勝った気になっちゃ困るぜぃ……ラピラピはやっと一勝掴んだばっかだかんな!」
「大きな一勝ですよ、さあ感覚を忘れないうちに続きをお願いします」
「まっかせらぁ! 最後に勝つのはうちだもんね!」
――――――――…………
――――……
――…
「「引き分けました!!」」
「そーかい、お帰り」
微熱と体の気怠さも抜けて来たころ、憑き物が落ちたような顔をした2人が戻って来た。
その顔を見る限り、どうやら特訓の方は上手く行ったらしい。
「10本勝負だからまあ……その可能性は考慮すべきでしたね……」
「ごめんね……うち馬鹿だから……」
「ま、時間はあるんだ。 決着は後でつければいいさ、それより2人とも一回シャワー浴びてこい、泥だらけだぞ」
2人の身体は土にまみれ、髪の毛は艶を失い葉っぱや枝が絡みついている。
日が暮れるまで森の中で追いかけっこを繰り返せばそうもなる、理解はできるがその格好のまま夕食は食べさせられないな。
「うぅー……うちお腹空いたぁ」
「じゃあさっさと浴びて来な、アオもだぞ。 夕食は何が良い?」
「あえて言うなら魚料理、ですかね……」
「了解、フロントに頼んでおくよ。 ちゃんとシャンプーもするんだぞー」
空腹を抑え、足早に去る2人を見送る。
潮風を運ぶ海に沈む夕日は実に絵になるものだ、そんな景色を眺めているとふと海の方から誰かが歩いてくることに気付く。
「……あら、ラピリスはんとこの店員はん。 こないなところでどうしはったの?」
「ああ、こんばんは。 いや、アオたちが戻ってきたところで出迎えを……」
ころころとした笑みを転がしながら現れたのは、毎度おなじみロウゼキその人。
その肩には3人の魔法少女らしき亡骸を抱えている、今回の被害者たちか。
……だが、ロウゼキの頬には僅かながら擦り傷が出来ていた。
「えっと、そのケガは……?」
「あら、心配してくれてるん? けど恥ずかしいなぁ、一発貰ってしもたんよ」
「へー、それは……へぇ!?」
ロウゼキに1発与えた、それは初めに彼女が掲示した合格条件のはずだ。
つまり、この短期間でその条件をクリアした魔法少女がいると言う事になる。
「そ、それは誰なんだ? まさか肩に担いでいる……」
「いいや、この子たちも筋は良かったんやけどまだまだやなぁ。 まさかシルヴァはんがここまでやるなんてなぁ」
「……えっ?」
「ふふ、気ぃつけてた方がええで。 ほなうちはこの子たち寝かせてくるわー」
そう言い残し、俺の横を通り過ぎてロウゼキの姿がホテルの中へと消えていく。
俺たちの間に、大きな疑問を残して。