それぞれの戦果:青の場合 ①
「……随分と派手にやりましたね」
「だ、大丈夫か盟友……?」
「これが大丈夫に見えるか……?」
3人揃って黒焦げでホテルまで戻ると呆れた顔のラピリスとシルヴァが迎えてくれた。
「お風呂……お風呂に入りますわ……」
「同意、湯浴みの支度をする……」
肩に担いだコルトの身体をロビーに置かれたソファの上に寝かし、ふらつく足取りでツヴァイ姉妹が去る。
よくまあ至近距離であれ喰らって歩ける気力があるもんだ、俺もだけど。
「その様子ですとコルトの方は上手く行ったようですね、お疲れ様です」
「ああ、なんとかな。 ……そっちは?」
「我の方は何とも……元より特訓というより研究という方が近い形であった」
「未解明部分の多い魔力を詩という法則性で出力する、見る人が見れば生唾ものの能力ですからね」
「そっちはそっちで大変だなぁ」
よく見ればシルヴァの指にはペンだこが出来上がり、薄っすら赤く腫れている。
ラピリスも何ともないような気を見せてはいるが、いつもより疲労の色が濃いように思える。
「そっちもあまり上手く行っていないようだな、良けりゃ相談に乗るぞ」
「余計なお世話です、これは私の問題なので」
そっぽを向いてしまうラピリス、どうもブルームスターの格好だと深い部分で心が許されていない気がする。
あとで七篠陽彩に戻り、もう一度聞いてみるべきかな。
「盟友、ラピリスはな。 あの後またロウゼキさんに挑んで返り討ちにあってから機嫌が……」
「シルヴァ!」
「ぴぃう!?」
耳打ちで情報を提供してくれたシルヴァが一喝で諫められる。
3人がかりで勝てなかった相手にたった一人で再戦とは、この短期間での特訓成果を試すには少々無謀が過ぎる。
「……何ですかその目は、何か言いたいことがあるなら言ったらどうですか」
「いいや、流石にこのダメージで喧嘩売る度胸はねえわ……ただまぁ、無理するなよ?」
「よくもまぁあなたがそのセリフを吐けますね。 ……ちょっと外の空気を吸ってきます」
「ま、まま待ってくれラピリス! 我も、我もついて行く!」
荒い足取りでホテルを後にするラピリスと、そのすぐ後を追っていくシルヴァ。
あれはあれで仲睦まじいのだろうか。
《なんだか、コルトちゃん以上に余裕がないように見えましたが大丈夫ですかね》
「ああ、今回の件はアオには辛いだろうな」
《と、言いますと?》
「昔の話だけどな、まだアオが魔法少女に目覚めて間もないころだ。 力の制御が出来なくて自分の父親を傷つけちまったことあるんだよ」
《……それは》
「事故だったとは聞いている、まだ俺があの店で働く前の事だ。 けどアオはそれで納得できるほど利口でも馬鹿でもなかった、気に病み過ぎて父親が自ら距離を置くぐらいにはな」
思い出すのはアオと初めて出会った時の事、出会った当初が一番ひどい時期だったろうか。
魔法少女の姿も今と似つかぬまるで落ち武者のようなものだった、アオの頭に拳骨を落としたのは後にも先にもあの時ぐらいだろう。
「だから力を制御できないってのは相当なストレスなんだろう、元から溜めこむ性質だ。 どこかでガス抜きしてもらいたいんだけどな……」
《なるほど、似た者同士ですね》
「何か言ったか?」
《いいえ、何も》
……ガス抜きか、言うのは簡単だがそれは俺には出来ない仕事だ。
どうもブルームスターだとやけに敵対心を燃やされてそれどころの話ではない、陽彩のままでは役違いだ。
《大丈夫ですかね、アオちゃん。 溜まりに溜まってどこかで爆発しません?》
「大丈夫だよ、あいつにゃ仲間がいるんだからな……へきっち!」
《あらら、マスターもそろそろお休みになってはどうです?》
――――――――…………
――――……
――…
簡単だ、簡単な事なんだ。
二刀流状態の高速、大太刀を使った膂力、そのどちらにも振り回されない様に魔力を使って抑制。
今のままではだめだ、もっと流麗に動けるようにならねばこの先の戦いにはついていけない。
「……だというのに、なんて体たらくですかね」
「だ、だだ大丈夫かラピリスよ!?」
でんぐり返って逆さまの視界に、慌ててこちらに駆け寄ってくるシルヴァの姿が映る。
これで何度目の失敗だろうか、やはり一定以上の速度を出すと体が追いついてこない。
風で制御を測ろうにも、出力が弱すぎたり強すぎたりで話にならない。
「シルヴァ……私はダメな魔法少女です……」
「そ、そんな事はないぞ!? 我はそんなカッコいい刀もないし、そんなに動くとすぐ息切れする!」
「しかし、あなたには誇れる魔術がある……」
私にはこの刀しかない、シルヴァのような汎用性はない。
この刃が通じない相手が現れたら、その時に私は“詰み”なのだ。 ……それこそ、ドクターのような。
「……離れた方がいいですよ、見ての通り私は自分の魔法が制御できていないので、あなたを傷つけてしまう」
「いや、でもぉ……」
そうだ、鍛えるためのこの合宿だ。 1秒だって無駄には出来ない。
チャンピョンとの鬼ごっこも段々と勝率が下がって来た、機動性で完全に負けている証拠だ。
……だというのに、当の本人は「今日の遊びは終わり」とだけ言い残してどこかに行ってしまった。
あれだけの才能があるというのに何故それを伸ばそうとしないのか。
「……あっ、ラピリス、待たれよ……」
「はい? 何ですかシル」
「―――――イッエーイ!! ライジングジャンパー!!」
シルヴァの呼びかけに足を止めて振り返ると、騒がしい声と共に目の前に何かが着地する。
かなりの高所から落下してきたそれが地面に降り立てば、当然ながら足元の砂は勢いよく巻き上がる事になる。
そしてその全てを私が被ったわけだ。
「ふぃー、中々の大記録……ありゃ、ラピリスおいすー! そんな砂まみれでなにやってるの?」
「……よくもまあぬけぬけと言えますねぇチャンピョン! そこに直れ、あなたには色々といいたい事がある!!」
「ま、待てラピリス! 刀は、刀は駄目だと我思うー!」
目の前に降りたのは、玉のような汗をにじませて笑うチャンピョンだった。




